第4話〜幸せのカタチ〜後編
教会では僕の顔を久しぶりに見た子供達がはしゃいだり、しがみついたり、もう大騒ぎだった。神父様もバイトを休んだことを咎めることはせず、温かな笑顔で僕を歓迎してくれた。
「そうだ、今日は知り合いの店で買ってきたお菓子があるからみんなで食べましょう」
僕は袋の中に入った数個の箱を取り出した。
「うわぁ、クッキーだ!」
「この砂糖菓子すごくきれー」
いくつもあった箱の中身は食欲旺盛の子供達によって、ものの十数分で空っぽになってしまった。
「これはもしかして、ハミルトンさんの店のお菓子ですか?」
「神父様は知っておられたんですか?」
「ええ。お茶に合うよいお菓子を捜し求めていたときに偶然見つけたんですよ。その時にセシル君の友人のノエルさんに会ったので驚きましたよ」
「彼女の実家がお菓子屋さんだったことは僕も最近知ったんです」
「そうなのですか?しかし、君とノエルさんはもう長い付き合いになるでしょう?」
「ええ。でも、彼女は滅多に家のことを話してくれませんでした。逆に僕たちのことも家でもほとんど話していなかったみたいなんです」
「何か事情があるのでしょうかね?」
神父様は真剣な眼差しで僕に尋ねた。
あまりにも真剣な眼差しに、僕は思わず彼女の家が家計に苦しいことを話してしまった。
「そうだったのですか。いや、私もあれだけ美味しいお菓子屋さんなのに立地条件があれではお客さんも入りにくいとは思っていました」
「資金不足で中心街に引っ越すことも無理なんです。でも、引越しでもしない限りは今のままでは…」
クイクイ。
不意に服の裾を引っ張られ、僕はいったん話すことをやめる。
「どうしたの?」
引っ張っていたのは教会の孤児院の中では最も小さいキユリーだった。彼女は心配そうな瞳で僕を見上げる。
「お兄ちゃん、もうお菓子を食べられなくなっちゃうの?」
「え?」
「キユリー、そんなの嫌だよぉ。お兄ちゃんが持ってきた『かすてら』もっと食べたい…」
「そうだよね。お兄ちゃんも、カステラ大好きだからもっといっぱい食べたいな」
泣きそうな顔のキユリーの背中を優しくさすりながら僕は自分に言い聞かせた。
このままでいいのか、と。
僕は数時間前に約束したばかりじゃないか。
できる限りのことはやると。
「神父様、僕やってみます!」
「セシル君?」
「このまま何もしないでいるより何か行動を起こしたほうがいいと思うんです。立地条件が悪くたって、それ以上のものでいくらでもお客さんは呼べますよ」
「そうですね。何事もまずやってみることが大事です。私もなるべく街の人に声をかけてみますよ」
神父様もにっこりと笑って協力の姿勢を示してくれた。
そうと決まったら僕も早速、学校に戻っていろいろ口コミをしてまわろう。ファトシュレーンの生徒全員に知ってもらえればかなりの売り上げアップに繋がるはずだ。
僕はバイトを終え、急いでファトシュレーンの寮に帰った。
「と、いうわけでまずはファトシュレーン内にビラでも配ろうかと思うんだけど」
寮に帰った僕はいつものメンバーを呼び出し、ノエルちゃんの店のことに対する案の一つを皆に聞かせた。
「ふむ。ビラ配りとは地味な作業だが、このファトシュレーン内なら期待はできるであろうな」
まずはギルバートが賛同する。
「ノエルちゃんの家がお菓子屋さんだなんてちっとも知らなかったよ。ねぇねぇ、今度皆でいってみようよ」
「うむ。大切な仲間の家がやっている店だ。贔屓にしてやらねばな」
「………」
リプルちゃんとギルバートが盛り上がっている横で、珍しくマリノちゃんが渋い顔をしている。
「どうかしたのかい、マリノちゃん?」
「何だ、マリノはセシルの提案には反対なのか?」
ギルバートが訝しげな顔で尋ねると、マリノちゃんは「反対ってわけじゃあないけどさ」とやはり言い出すのを渋っている。
「マリノちゃん、何かいい案があるなら言ってみてよ。別に一つの案に固執しなくてもいいわけだし」
「じゃあ言うけど、セシルはノエルが本気でそんなやり方で客が増えるのを喜ぶと思う?」
「え?」
「ノエルの実家の話はあたしも知ってたよ。でも、ノエルはそのことを別に辛いとは言っていなかったの。たとえ貧乏でも両親と一緒にお菓子を作ることができるならそれでいいって、あの子は言ってた」
「あ…」
昼間、言っていたノエルちゃんの言葉がふっと頭に浮かんだ。
「ノエルから少し前にあんたが来て以来、ことあるごとに訪れていることも聞いているよ。その度にいっぱい買って言ってくれて嬉しいって。それでいいんじゃないの?あの子もあんたに喜んでもらえて充分満足しているはずだよ」
「でも、このままじゃお店は潰れちゃうよ。ノエルちゃんは、僕に僕のパーティに入ることで協力してくれているのに、僕は彼女のために何もできないなんて辛いよ」
「だったら、あんたが毎日お菓子を買いにいってあげればいいでしょ?」
「え?」
「バイト二つも掛け持ちしているんだから、お金は余っているはずよね?故郷に仕送りする分を省いてもさ」
「う、うん…」
「なら、そのお金で毎日お菓子を買ってあげなよ。あの子、きっと喜ぶよ」
「そ、そうかな」
「なに自身なさそうな顔をしてんのよ!あんたが言い出したことでしょうが。最後まで責任もって協力してあげなさいよ!」
マリノちゃんは笑いながら僕の背中を思いきり叩く。
すごく痛かったけど、さっきまで頭の中でもやもやしていたものが晴れたような気がした。
「ありがとう、マリノちゃん」
「まったく、少しは仲間の気持ちも汲んであげなさいよね。これからしばらくはずっと一緒なんだから」
「うん」
「どうやら、自然にけりがついたようだな」
「そうだね。ねぇギルちゃん?」
「うん?」
「今度、皆で一緒にノエルちゃんのおうちに行こうね」
「うむ、そうだな。皆でな」
「はいはーい、提案!」
マリノちゃんが元気よく手をあげる。
「その時はぁ、毎回セシルのおごりってことにしない?」
「へ!?マリノちゃん、勝手に何てこと言うんだよ!」
「だって、さっきお金余ってるんでしょって聞いたらうんって頷いたじゃない」
「いや、そうだけど、それでも限度ってものが…」
「はぁ〜?聞こえないなぁ?」
「くっそ〜、マリノちゃんには適わないなぁ…」
ギルバートとリプルちゃんが僕たちの様子をおかしそうに笑う。
マリノちゃんも笑っている。
この場にノエルちゃんがいたならきっとノエルちゃんも――
そうだよな。
幸せの形は何も経済的に豊かになることだけじゃない。
好きなことを好きな人達とやっていられることこそ、ノエルちゃんにとって何よりも幸せだったのかもしれない。