第10話〜冷めたホットミルク〜後編〜
「隠れて!」
僕は無理矢理リプルちゃんの頭を椅子の陰に押し込めた。
(いったいこんな時間に誰だ?)
僕は椅子の陰から教会に入ってきた二つの黒い影の動きを観察した。
「おい、どういうことだ?街も教会も学校もすっかり元通りじゃないか」
「ファトシュレーンの教師連中は動きが早いからな。材料さえあればパパっとなんでも魔法で作っちまう」
「いろんな意味で俺達を超えている連中だよな」
「まったくだ。だが、いくら街は修復できても、こう度々襲撃されれば街の連中の心はズタズタになる。その隙にファトシュレーンを叩くぜ」
「だな。街の連中を人質にすれば、さすがの奴らも抵抗できなくなるだろう」
あいつら、いったい何を話しているんだ?
ファトシュレーンを叩くだって?
それってもしかして今までの襲撃は全部奴らによるものだったってことなのか?だとしたら、ここで見過ごすわけには行かない。
ガタン!
僕はわざと椅子を揺らして音を出した。
「やべ、誰かいたぞ!」
「チッ、出直しだ!」
「待て!」
僕は椅子の陰から出ると、謎の二人組を追いかけた。
二人組の足は意外と速く、中央通りを抜けても速度を緩める気配がない。
(こうなったら…)
街中での必要外の魔法使用は禁止されているけど、今はしょうがない。
「ライトニングアロー!!」
僕の指から発射された五本の雷の矢が謎の二人を追いかける。
「ぐあ!」
「いてぇ!」
男達はそれぞれ悲鳴をあげながら前のめりに倒れる。
「そこまでだ」
僕は剣を抜き、その切っ先を謎の男達に突きつける。
「くっそぅ〜」
「その制服は……こいつ、ファトシュレーンの生徒か!?」
「そうだ!今までの襲撃は全てお前たちの仕業なのか!?」
「………」
「答えろ!」
「ふふ、探偵ごっこはそこまでにしときな、坊や!」
「危ない、セシル君!」
ようやく追いついたリプルちゃんが後ろから叫ぶ。
「至近距離でのソードだ!かわしきれねぇよ!」
男の手の中には既に炎でできた剣が収まっている。
「死んじまいな!」
「うわぁ!」
確実に死んだ。
せっかく事件の糸口を掴んだと思ったのに、こんなところで死ぬなんて!
炎の剣が僕の体を腹から焼き尽くしていく――
「あ……れ?」
そういえばさっきから全然熱くないんだけど。
「セシルさん、大丈夫ですか?」
「え、エリスさん…!?」
僕の顔の上には心配そうなエリスさんの顔があった。
(いったい何がどうなったんだ?)
「まったく、世話の焼ける小僧じゃの」
「ドクター!?どうしてここに?」
「話は後じゃ。事件の糸口を逃がすでない!エリス、お前も小僧のサポートに回るのじゃ!」
「はい、ドクター!」
「く、くそ!」
「やすやすと捕まるかよぉ!」
予想通り、謎の男達は僕達に立ち向かってきた。
「くらいな!スパークバースト!」
男の片方が放ったのは一定距離進んだあと突然、爆発する形の魔法だ。
「エリスさん、そのタイプは一定距離進んだあとに突然爆発する。バックステップでかわすんだ!」
僕の忠告どおり、エリスさんは彼女の間合いまで近づいてきた電機の塊が爆発するのをバックステップでよける。
「チィ!」
「これならどうだ。ロックニードル!」
ロックニードルは岩の粒子を針状にして打ち出す魔法。範囲は広いが上空なら射程範囲外だ!
「!?」
「さっきはよくもやってくれたな。ゼロ距離でお返しだ!」
僕が唱えたのは相手を完全に麻痺させる魔法、スタンだ。ある一定以上の強さの敵には聞きにくいが、こうして相手と完全密着していれば確実に効果が現れる。
「ぐぁ!」
よし、一人倒した。
「てめぇ、よくも!」
もう一人の男が杖を振り上げて反撃しようとする。
「後ろにはもっと注意したほうがいいですよ?」
エリスさんの拳がメリメリと音を立てながら男の背中にめり込んでいる。あえなく二人とも地面に倒れ伏した。
「エリスさん、ナイスバックアタック」
「えへへ、ほめられちゃいました」
エリスさんは可愛らしく微笑んだ。
「ドクター、この人達は…」
「うむ、おそらく外道魔術士じゃな。何でこんなところにおるんじゃ?」
「実は…」
僕とリプルちゃんは今までの経緯を話した。
「ファトシュレーンを叩く……か」
「どうしてそんなことを?」
「何かファトシュレーンに恨みでもあるのかもしれんのぉ。我が校も他の魔法学校と同じく優秀な生徒の裏にはこやつらのように何らかの恨みを持って卒業した生徒もおるからのぉ」
「そんな悠長に構えていていいんですか?」
「確信はないが、しばらくは大丈夫じゃろ。その間に教職員総出でこやつらのデータを割り出す」
ドクターエックスは持っていた杖を二人の男にかざした。刹那、男達の体が石のように固まってしまった。
「ドクター!?」
「麻痺が解けて逃げられると困るのでな。こうして石にしておけば、まず自分達で解くことはできん」
「殺したわけじゃなかったんだ…」
「ばっかもん!それよりお前達は寮の門限を破ってこんなところで何をしておったのじゃ?」
「えっとぉ…」
「実は…」
僕達は教会での出来事をドクターとエリスさんに話した。
「ふむ、外に恐怖心を持った子供達か」
「私、早く元通りになるようにと思って…」
「事情はわかった。しかし、門限は門限じゃ。寮に帰ったら担当の先生にきつ〜くお仕置きされることじゃな」
ああ、やっぱり…。
「エリスさんとドクターはどうしてこんな時間まで?」
「二人で森に設置した魔物の保管所の見回りに行ってたんです」
「これこれエリス、もっとマシな言い方はできんのか?せめて住まいと言え、住まいと」
魔物の住まい……ねぇ。何かいまいちピンとこない。
「その帰りにセシルさんたちと会ったわけですぅ」
「そうだったんだぁ。お疲れ様!」
リプルちゃんが元気よくねぎらいの言葉をかける。
「わしらはこのまま学校に帰るがお前たちはどうするんじゃ?」
『………』
「まぁ、ここまでやってしもうたらどの道お仕置きは避けられん。ならば、今のうちにその子供達の様子でも見てきてやるがよかろう。きっと、リプルのことも心配しておるはずじゃ」
「え?」
「それじゃ失礼しますね」
エリスさんは丁寧に頭を下げて、ドクターと共に去っていった。
再び教会に戻ると、ドクターの言ったとおりレシオ君はリプルちゃんのことをずっと待っていたようだ。
起きてきた神父様に後押しされながら、無事に仲直りをすることができた。
「では、せっかく仲直りもできたことですし、リプルさんの持ってきてくれたホットミルクを飲みましょうか」
「はーい!」
「さんせーい!」
魔法瓶の出納に入っていたため、中のホットミルクはリプルちゃんが寮を出てから何時間もたっていたというのに温かかった。