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第8話〜小さな温もり〜後編

『………』

 僕達は黙ったまま教室の入り口を見つめていた。

 七時は過ぎたというのにフレッドさんがやってくる気配はない。

「アハハ、しょうがないよ!フレッドさん、仕事があるんでしょ?もう少ししたら来るよ」

 マリノちゃんは笑いながら、じっと時計を見続けていた。しかし、八時になってもフレッドさんがくる気配はなかった。

 僕はウェスリーの元に歩み寄った。

(本当にフレッドさんにこの話が伝わっているのかな?)

(な、何だよ!俺のせいだって言うのかよ!?)

(そうは言ってないだろ!ただ、あまりにも遅すぎるからさ…)

 僕は心配になってマリノちゃんのほうに目をやった。

 まだ彼女は黙って教室の入り口を見続けている。

「………」

 八時五十五分。

 もうすぐ九時になる。

 僕達の心も料理もすっかり冷えきっていた。

「みんな…」

 ずっと入り口で待っていたマリノちゃんが僕達のほうを向いて口を開いた。

「今日はあたしの無理矢理な提案に付き合ってくれてありがとね。でも、今日はフレッドさん来れなさそうだし、もう終わりにしよう」

「マリノ、まだ、まだ待とうよ…」

「フレッドお兄ちゃん、絶対来るよ!」

 ノエルちゃんとリプルちゃんが必死にマリノちゃんを説得するが、彼女は小さく首を横に振るだけだった。

「いいんだ、もう…」

 そうつぶやくマリノちゃんの笑顔はとっても悲しかった。

 本当に、本当にこのまま終わっていいの?

「さぁ、片付け……」

「おぉーい!!」

『!?』

 マリノちゃんがパーティの終わりを宣言しようとした瞬間に聞こえた誰かの声。

 僕達が全員知っている声。

 いつも僕達を笑顔で見守ってくれている暖かい人……。

「はぁ、はぁ……。間に合った…」

『フレッドさん!!』

 教室の中に再び光が灯った。

「こんなに遅れてしまって本当にごめん!今、仕事が片付いて警備室から飛んできたんだ」

 それを証明するように、フレッドさんの腰にはまだ剣と槍が装備されていた。

「大事なパーティと聞いたんだ。俺に是非来てほしいものだって…」

 フレッドさんは乱れた息使いを何とか整えながらそれだけ言った。

 僕達はうれしさのあまり、しばらく頭がフリーズして何も言えなかったが、やがて我に返ると――

『ハッピーバースデー、フレッドさん!!』

 リプルちゃんを筆頭に全員が持っていたクラッカーを盛大に鳴らした。

「え、ええ!?み、皆どうして今日が俺の誕生日だと知っていたんだ?」

 呆気にとられた顔でフレッドさんがつぶやく。

「フレッドさんも隅におけないよな。誕生日を覚えてくれていた女の子がいるなんてさ」

 ウェスリーが早速茶化しに入る。その目線の先は――

「マリノ?まさかお前が…?」

「フレッドさんがいつか他の女の子達と話しているのを聞いて…その」

 マリノちゃんはすっかり小さくなってフレッドさんと話している。

「そうだったのか。嬉しいよ、マリノ。俺の誕生日を覚えていてくれただけでなく、こんなことまでしてくれるなんて。今日は最高の誕生日だよ!」

「いぃや、まだだね」

 ウェスリーが指をふりながらニッと笑う。ノエルちゃんとリプルちゃんもクスクスと笑う。

「実はマリノはフレッドさんのためにとっておきの手品を用意してあるんですよ」

 ね?と、ノエルちゃんは微笑みながらマリノちゃんに言う。

「それじゃセシル君、音楽をお願いします」

「了解」

 僕は教壇の下に隠してあった魔動レコーダーのスイッチを入れた。

 


踏会などで聞くようなワルツが流れ、あらかじめ決めておいた魔法の照明に切り替わる。

 マリノちゃんが両手をふっと持ち上げると、彼女の手のひらの上から小さな男の子と女の子の人形が現れる。二人の人形はそのまま空中でワルツに合わせたダンスを踊り、とっても優雅な時間を過ごしていた。

 二回目のターンを決めたとき、ふと女の子が指にしていた指輪が音を立てて床に落ちてしまった。女の子は慌ててそれを拾いに向かい、男の子はそれを追いかける。

 指輪はちょうどフレッドさんの足元に落ちてきた。

 フレッドさんはそっと、その指輪を拾う。目の前には落とした指輪を拾ってくれたフレッドさんを見上げる女の子の人形。

「はい、落し物」

 フレッドさんは女の子に優しく指輪を返した。

「……」

 女の子はしばらく返してもらった指輪を見下ろしていたが、やがてその指輪をフレッドさんの手の上にそっと乗せた。女の子は一歩、後ろに下がり、男の子と一緒に笑いながら虚空へと去っていった。

 ワルツが終わり、照明ももとの物へと切り替わった。

 フレッドさんは手品を終えたマリノちゃんに最後まで温かい拍手を送った。

「すごいよマリノ。俺、すごく感動したよ」

「その指輪はこの手品を見てくれた貴方へのささやかなプレゼントです。貴方にこれからも幸運が舞い降りますよぅ…」

 マリノちゃんは言い終わり、丁寧に頭を下げる。今度は僕やグラッツ先生達、皆から拍手を受けた。

 マリノちゃんのフレッドさんへの誕生日プレゼントは、無事に終了したのだった。




 誕生パーティが終わり、片付けはセシルたちに任せて二人は校舎の外にいた。

「いやぁー楽しかったなぁ。セリカ先生のお料理もノエルたちのケーキも最高だったよ。お前の手品もな」

 フレッドは優しく微笑み、マリノの頭をそっと撫でる。

「レアードにきてから自分の誕生日なんて祝ったことなかったけど、こうしていろいろしてもらえると、やっぱ嬉しいものだな」

「本当にそう思ってくれました?迷惑だ何て思いませんでした?」

「おいおい何を言うんだよ。嬉しかったぜ、本当に。」

「……ありがとう」

 フレッドの目に嘘はなかった。

 彼は二十六回目の誕生日を心から楽しんだ。

「いい星空だなぁ。明日も綺麗に晴れるぞぉ」

 フレッドは星空を見上げながら大きく伸びをする。

「あの、フレッドさん!」

 マリノはやっとの想いで声を絞り出した。

「うん?」とフレッドがマリノのほうを振り返る。

「あたし、今日の手品がちゃんと成功したらフレッドさんに言おうと思っていたことがあるの…」

「俺に?何だい?」

 フレッドはまだ気づいていない。

 この少女がこれから何を言おうとしているのか。

 自分の気持ちに決着をつけなければいけないときがきていることに、まったく気づかずマリノの言葉を待っていた。

「あたしは……フレッドさんのことが――」

「フハハハハ!どけどけーい!!」

 ドガッ!

 音で言うとちょうどこんな感じだろうか。

 マリノは後ろから走ってきた物体に思いきり弾き飛ばされた。

「フレッド!セシルから聞いたぞ!今日は貴様の誕生日だそうだな」

「あ、ああ…」

「ならば貴様にこれをやろう。使い古しの品だが、まだまだ使い勝手はいいはずだ」

 ギルバートが渡したのは両端のたまがやたらとボロボロなダンベルだった。

「騎士の貴様には手ぬるいかもしれないが、意外と侮れないものだぞ!」

「は、はぁ……そりゃどーも」

「何だ?反応が悪いな。気に入らなかったか?」

「い、いや、そうじゃなくて…」

 フレッドが何か言おうとすると、弾き飛ばされたマリノが怒りをあらわにして立ち上がった。

「しえぇーい!!」

「ふぐぅ!?」

 マリノの不意打ちアッパーを受け、地面に倒れるギルバート。

「もう!あんたのせいで気分が台無しじゃないのよ!」

「な、何のことであるか!?」

「問答無用!こうなったらケツ魔法百発当てるまで逃がさないわよ!」

「ぬぉぉ!それだけは勘弁してほしいのである!」

「待たんかワリャー!」

 マリノはそのままギルバートにケツ魔法百発を実行するためにフレッドを置いて走り去ってしまった。

 フレッドはその様子を唖然とした表情で見ていたが、やがてフッと口元を緩めてつぶやいた。

「ありがとうマリノ。お前の気持ちは、すごく嬉しいよ」


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