第8話〜小さな温もり〜前編
「あぁー、思い出したぁ!!」
新任のルイ先生を職員室まで送り届けてすぐ、さっきまでずっと何かを忘れているとブツブツつぶやいていたマリノちゃんが唐突に叫んだ。
「わわっ!」
「びっくりしたぁ!」
僕達は急に大声を出したマリノちゃんに驚きながら、何を思い出したのか尋ねた。
「誕生日よ!」
「誕生日?」
「誰の?」
僕とノエルちゃんは揃って首を傾げる。
「フレッドさんのだよ!今日、七月三日でしょ!?」
「七月三日がフレッドお兄ちゃんの誕生日なんだぁ」
「それは知らなかったな」
リプルちゃんとウェスリーはあくまで平静とした顔で言う。
「もぅ、リプルちゃんもウェスリーもそんなのんびりしていていいの!?」
「はぁ?他にも何かあるのか?」
きょとんとした顔で尋ねるウェスリーにマリノちゃんは苛立ちながら「誕生パーティをやらなきゃ!」と大声で答える。
「パーティメンバーの大事な誕生日なんだよ!盛大にお祝いしてあげるのよ!」
「そんなもんか?別に普通に祝ってあげれば…」
言いかけるウェスリーの肩を僕はそっと叩く。
(実はマリノちゃんは…)
(え?マジで?)
ウェスリーは意外だと言わんばかりの表情でマリノちゃんを見つめる。
「と〜に〜か〜く〜!今日の夜はフレッドさんの誕生パーティよ!」
マリノちゃんは大勢の前だというのに顔を赤らめながら大声でそんなことを叫んで、職員室から出てきたルイ先生にお仕置きを受けるのだった。
かくして、フレッドさん誕生パーティの準備をすることになったわけで。
「とりあえず私は家に戻ってお祝い用のケーキを焼いてくるね。リプルちゃんも手伝ってくれる?」
「はーい!」
そんな流れで、まずは誕生パーティ用のケーキ係にノエルちゃんとリプルちゃんが抜擢。
「ところでルイ先生に連れていかれたマリノちゃんは?」
リプルちゃんに尋ねると、彼女は可愛らしく首をかしげて「わかんなぃ…」と答えた。
「大方、誕生日のプレゼントでも急いで買いに行っているんじゃないか?」
「ありえますね。それかもしくは…」
ノエルちゃんは思い当たることでもあるのだろうか。小さな笑みをこぼすと、リプルちゃんを連れて帰ってしまった。
二人、残されてしまった僕たちなのだが…。
「どうする?」
「とりあえず誕生パーティ用の会場を探そうよ。会場がなければできないし」
「そうだな。ついでにグラッツ先生とセリカ先生くらいには声をかけておくか?あの二人とフレッドさんは仲がいいみたいだし」
「そうだね」
僕達は再び、職員室へと戻った。
グラッツ先生とセリカ先生は共に忙しそうにしていたが、この話を聞くとすぐに快く出席してくれた。
「それで何時からどこでやるの?」
「それが、マリノちゃんの思いつきでここまできたもので、まだ何一つ細かいことが決まっていないんです」
セリカ先生の問いに苦笑しながら答える。
「じゃあ、今から三時間くらい時間をもらえないかしら。パーティにはお料理が欠かせないでしょ。私がそっちを担当してあげるわ」
「本当ですか!ありがとうございます」
「グラッツ先生もお手伝いしていただけますか?」
「は、はい!喜んでお手伝いさせていただきます!」
そういえばこの二人もそういう関係だったっけ。まだグラッツ先生の一方通行だけど。
「今から三時間だと六時を少し回るくらいか。多めに見て、パーティの時間は七時からってところか?」
ウェスリーの計算に僕は小さく頷いた。パーティ用の会場もグラッツ先生が何とかしてくれると言ってくれたし、料理もお菓子もプレゼントもオッケーだ。あとはノエルちゃんにこのことを回して伝えてもらって、と。
僕は念話でさっきまでの旨をノエルちゃんに伝えた。
ずいぶん特大のケーキを作っているようで、そのくらいでちょうどいい時間になる
と言っていた。
「あとは会場の飾りつけだね」
「ああ。それよりお前、一人大事な奴を忘れているんじゃないか?」
「ギルバートだろ。大丈夫、今から寮に戻って伝えてくるから。その間にウェスリーはフレッドさんにパーティのことを伝えてきてくれ。くれぐれも誕生パーティだと悟られないように頼むよ」
「任せときなって」
ウェスリーはバチっとウィンクをすると、寮に戻る僕と別れた。
寮に戻った僕はギルバートの部屋の前に立った。
(そういえば、今朝からずっと姿を見なかったけど、体調でも悪かったのかな。もし、そうなら無理に誘わないほうがいいかな?)
しかし、一応この催しのことは伝えておかないといけないだろう。僕はやや控えめに部屋の扉をノックした。
「誰だ…」
しばらくしてから、相当機嫌の悪そうなギルバートの声と共に扉が開いた。
「や、やぁギルバート」
その面持ちに思わず声がすぼんでしまう。
「セシルか…。何の用だ?」
「あ、えっと、実は今日フレッドさんの誕生日でパーティをすることになったんだ。皆来るから、もちろんギルバートにも来てほしくて…」
「すまんが、それには行けないだろう…」
「どうして?」
「いろいろと理由があるのだ。フレッドにはすまぬと言っておいてくれ…」
ギルバートはそれだけ言うと、静かに扉を閉めてしまった。
いったいどうしたというのだろう。かなり気になりはしたものの、彼の出欠を確かめるという目的は果たしたので、次の準備に当たるとしよう。
僕は一度、自分の部屋に戻りありったけの折り紙やのり、はさみなどを持ってウェスリーと合流した。
「よぅ、ギルバートは来るのか?」
「それが、これないみたいなんだ」
「何で?」
「何でって言われても理由も話さずに扉を閉められちゃったし、何か思いつめた表情をしていたし…」
「ふ〜ん…」
「フレッドさんのほうはどうだったんだ?」
「こっちも微妙な感じだなぁ。警備員室に行ったはいいもののフレッドさんがいなくてさ。代わりにもう一人のおっさんがいたからその人に聞いてみたら、フレッドさんは仕事があって夜七時にはギリギリ終わるらしい」
「ギリギリ…か」
「一応、おっさんにフレッドさんに言付けをしてくれるようには頼んだから大丈夫だとは思うんだが」
「そっか…」
「おいおい、お前がしょげてどうするんだよ。まだこないと決まったわけじゃないんだ。頑張っているマリノのためにもこっちも気合入れて会場設営しようぜ」
僕の肩をポンと叩くウェスリーに僕は小さく頷いた。
太陽もすっかり西に傾き、暗くなりつつある午後六時半。
僕達はフレッドさん誕生パーティの会場である多目的教室でそれぞれの仕事に当たっていた。
ケーキも無事に到着し、ノエルちゃんとリプルちゃんも会場設営に当たってくれている。
「こっちの飾りつけは済んだよー!」
「正面はこんな感じでいいかなぁ?」
「オッケーオッケー!」
会場の飾り付けをざっと見渡したウェスリーがオッケーサインを出す。
「何とか飾りつけは間に合ったな」
「セリカ先生の料理も、もう少しで全部運び終えるらしい」
僕とウェスリーはコの字型に並べられたテーブルに並ぶ色とりどりの料理に目が釘付けになっていた。そして、その中心にはノエルちゃんトリプルちゃんが作ってくれた大きな誕生日ケーキ。
マリノちゃんの情報によるとフレッドさんはチョコレートが好きらしく、ケーキはデコレーションたっぷりのチョコレートケーキだ。
「誰かの誕生パーティをやるなんて何年ぶりだろうなぁ」
「そうだね。いつの間にかすっかりそういうことってしなくなっちゃったよね」
ノエルちゃんとケーキを眺めながらそんなことを話す。
「おぉーい、料理も完全に運び終えたぞ!」
グラッツ先生とセリカ先生が最後の料理をテーブルに並べ終えて、僕達のところにやってきた。
「ご苦労様でした」
「セシル君達も」
「そういえばマリノはどうした?もうすぐ時間だというのに…」
グラッツ先生が準備中から姿の見えないマリノちゃんのことを尋ねる。そのついでに料理のつまみ食いをしていたウェスリーがお仕置きされたことも一応付け加えておこう。
「うまくいってないのかなぁ…」
「そんなことないよ!」
ノエルちゃんが大きく首を振りながら言う。
「マリノは絶対に間に合う!絶対に!」
「ノエルちゃん…」
「おぉーい、遅くなってごめーん!!」
七時三分前、猛ダッシュしながら今日のもう一人の主役がやってきた。
「皆ごめんね!何も手伝えなくて!!」
「いいの。それよりもマリノのほうこそ大丈夫なの!?」
「へへー」
マリノちゃんは照れ笑いをした後、僕達にブイサインをして見せた。
よーし、これで全員揃った。あとはフレッドさんがここに来るのを待つだけだ!
時計の針は刻一刻と時間を刻んでいく。
七時まであと五秒。
四
三
二
一……。