第6話〜流れ込む暗雲〜後編〜
僕はまず教会に向かった。あそこにもだいぶ魔獣が入り込んでいたから子供達も不安になっていることだろう。僕が行って勇気付けてあげなくちゃ。
「あれ?」
街の中央通に差し掛かったところで、僕は見覚えのある女の子達と遭遇する。
「ラウナちゃん、ノエルちゃん」
「あ、セシル君」
「こんにちは、セシルさん」
二人は丁寧な挨拶を返す。
「こんなところで何やっているの?」
「レアードの人達に元気を分けてあげたくて、クッキーを配っているのよ」
「クッキーを?」
「これなら作業しながらとか寝ながらでも食べられるでしょう。早く元の活気ある街に戻したいですから」
「そうだね…」
「セシル君は、これからどこへ行くの?」
「教会に行くんだ。子供達を元気付けにね」
「それならこのクッキーをもっていってあげたらどうですか?」
「ありがとう。子供達、きっと喜んでくれるよ」
「小分けにしちゃってるからたくさん持っていかないといけないけど、持てそう?」
「大丈夫。魔法で浮かせながら行くから」
「そう。じゃ、これ」
ノエルちゃんとラウナちゃんが差し出したのは十袋以上にもなるクッキーの入った透明な袋。
「落とさないように気をつけてね」
「浮遊の魔法は集中力が大事ですからね」
「ハハハ、気をつけます」
僕は袋を見つめながら、力の言葉をかけて頭上に浮かせるとノエルちゃん達の露店を後にした。
窓ガラスがほとんど壊れされて、吹きさらし状態の教会。
学校を修復するのに手一杯で街のほうにはまだ先生達が派遣されていないようだった。
「お客さんはセシル君でしたか」
僕の気配に気づいたのだろう。
神父様が思い扉の隙間から顔だけ出して言った。
「挨拶もなしにすみません。子供達の様子を見に来たんです」
「それは喜んでくれますよ。ただね…」
神父様は急に険しい表情になる。
「以前からの襲撃のこともあってか、二人ほど外に出られなくなってしまって…」
やはり恐れていたことが起きてしまった。
しかし、無理もない。
今回の襲撃はずいぶん計画的に行われていたようで、襲われた箇所は中央通りとファトシュレーンの主に二箇所と限定されていた。そして、外れとはいうもののこの教会も中央通の一角にあるため、今回の襲撃を受けてしまった。
(あんな怖い思いをして平然としていられないのが普通の反応だものな)
それともただ単に子供達にはこの襲撃の事の重大さがわかっていないだけだろうか。
「またクッキーを持ってきたんです。少しでも元気付けようと思って」
僕は魔法で浮かせているクッキーの袋を扉の隙間ごしに神父様に見せた。教会の扉がゆっくりと開かれる。
「変な警戒をしてすみませんでした。さぁ、どうぞ」
神父様はにっこりと微笑み、僕を中に入れる。
「実は少し前にリプルさんが来てくれましてね」
「リプルちゃんが?」
「ええ。彼女も、ここでよく子供達と遊んでくれていましたから」
考えてみれば、この教会で最年長の孤児達はリプルちゃんと年が近かった。
「リプルちゃんは今、どこに?」
「例の二人が寝ている部屋にいます」
「そこに僕を案内してください」
僕の言葉に神父様は小さく頷いた。
こんなクッキーで何とかなるとは思えないけど、このクッキーで少しでも元気を出してもらいたいから。
「あ、セシル君」
部屋に入るなり、リプルちゃんは僕のほうに歩み寄ってきた。
「二人の様子はどう?」
「だいぶ落ち着いているけど、外に連れて行こうとすると暴れだして、この部屋からも出ようとしないの」
「そっか…」
僕はリプルちゃんの頭を撫でると、二人のベッドの前に歩み寄った。
「お兄ちゃん…」
一人が恐怖に怯えた目で僕を見上げる。
「大丈夫、君達を外へ連れ出したりはしないよ。ただ僕は君たちにクッキーを持ってきたんだよ。この間、皆に好評だったお店のクッキーだ」
僕の言葉に彼らを囲んでいたほかの子供達が次々と僕の周りに集まる。
「今、ちゃんとあげるから仲良く座って待っていなさい」
そう言って、僕はクッキーが入った袋の紐を解く。
ちょうど良いタイミングで神父様がティーセットを持ってきてくれて教会の中は少しだけだが、元の明るさを取り戻したようだった。
「じゃ、僕はそろそろ行きます」
時計の短針は既に五を指していた。
「これからどこへ?」
「もう少し街の様子を見てきます。僕のような子供では何もできないかもしれないけど、現状だけは知っておきたいから」
「気をつけて…」
「はい」
僕は神父様とリプルちゃん、それに子供達に別れを告げて、今度は町の入り口を調べてみることにした。
やはり最初から中央通りと学校が狙いだったのだろう。町の入り口はほとんど建物の損壊がなかった。
(どうしてまた中央通りと学校だけ狙ったんだろう?中央通りは町の中心地だから狙うのはわかるとしても学校って…?)
僕にはそこがずっと引っかかっていた。
学校を狙う意味は何なのだ?
他の魔法学校のヤラセ?
それはないか。そんなことをしたら直ちに魔法協会からその学校が抹消されるだろうし。でも、ほかに考えられる可能性って何だろう。
う〜ん…。
ウ〜ン…。
Umm。
「駄目だぁ!」
いくら考えてもわからない。
結局、あいつらは無差別に攻撃をしてきているだけなのだろうか。でも、無差別だったらレアードだけが襲われるなんてことはないだろうし…。
「こらセシル!」
やたらと野太い大声に僕は思わず肩を震わせた。
「ダ、ダイゴ先生!」
やばい人に見つかったなぁ。
「今は何時だ?言ってみろ!」
「六時十五分……です」
「門限の時刻は!?」
「六時……です」
「わかっているならさっさと寮に戻らんかぁー!!」
「は、はいー!!」
僕はまるで鬼から逃げるように全力ダッシュでダイゴ先生から離れた。先生のお仕置きを食らう前に…。
ドーン!
「みぎゃあー!」
はい、逃げ切れませんでした。
僕は痺れをこらえながら何とか立ち上がろうとするが、それよりもダイゴ先生が追いつくのが早かった。
「久しぶりに受けたお仕置きの感想はどうだ!?」
「い、いたひです…」
「まったく、たいした洞察力もないくせに現場あさりとは十年早いわ!」
ダイゴ先生は持っていた竹刀で僕の尻を思い切り叩く。
「!!!」
声にならない痛みが僕を襲う。
そこはまだ痺れが残っている場所なのにぃー。
「事件が気になるのはわかる。ことお前やギルバート達に関しては何度も大きな戦いに巻き込まれているからな。だが、門限を過ぎていいことにはならないぞ」
「はい、注意しますぅ…」
「わかればよろしい。ほら、とっとと寮へ戻れ」
ダイゴ先生から解放され、僕はふらついた足で走る。走りながらダイゴ先生の顔色が気になった。
目は充血していたし、クマだらけ。
ろくに寝ていないのだろう。
あんなになってもちゃんと寮の仕事もこなすんだからやっぱり尊敬してしまう。でも、僕達にだって手伝えることくらいあるはずだ。
生徒会の人達も先生達も皆、頭が固すぎるんだよ。学校を守りたいのは僕たちも同じなのだ。どうして同じ志を持つもの同士協力し合えないんだろうな。
つくづく大人の考えることというのは理解ができない。