9話 ハルの武器
──翌朝、学園の食堂。
広々とした食堂は活気に満ちていた。生徒たちがテーブルを囲み、思い思いの食事を楽しんでいる。
しかしその賑やかな食堂の片隅でハルはテーブルに突っ伏していた。まるで魂が抜けたような姿。口からは小さくうめき声が漏れている。
「……ハ、ハル? 大丈夫?」
「だめぇ……」
ハルは机にべったり顔を押し付けたまま、力なく返事をした。
「全身がバキバキで……腕も足もプルプルする……もう動きたくない……」
「ほ、ほんとに大丈夫? 何かの病気かな……医務室行く?」
「病気じゃない……アリシアの……スパルタ特訓のせい……」
「スパルタ特訓……?」
「もうね……朝から晩まで……走って、飛んで、吹っ飛ばされて……夢の中でもボッコボコにされて……ほんとに……大変なの……」
「な、なんだかよくわからないけど大変そうね……?」
ミルカは引きつった笑顔を浮かべながら、持ってきたトレイをそっと置いた。
「ほ、ほら、ご飯持ってきてあげたから食べよ? オニオンスープ好きだったでしょ?」
「だめぇ……もうむりぃ……食べさせてぇ」
「ええ……」
ミルカは仕方なく、スプーンを手に取り、そっとオニオンスープをすくった。
ふーふーと息を吹きかけて、ハルの口元へ運ぶ。
「はい、あーん」
「……あーん」
口に差し入れるとハルはもぐもぐ口を動かし、ごくんと飲み込む。
「……もっと~」
そう言って口を開けるハル。
(可愛い……)
なんだか小鳥の雛みたいで、ミルカは一瞬キュンとしてしまった。
だがすぐにハッとして、ふるふる頭を振る。
「えっと、なんだかよくわからないけどトレーニングしててそうなったのよね? 大丈夫? 無理しすぎると身体壊すよ?」
「……大丈夫」
「見た目全然大丈夫そうじゃないけど……」
ミルカが心配していると、ハルはゆっくり顔を上げてへにゃりと笑った。
「だってね、ミルカ……魔法が、使えるんだよ……?」
その言葉を聞いた瞬間、ミルカは言葉を詰まらせた。
「今までどれだけ頑張っても使えなかったのに……魔法が使えるの。魔力を込めれば、ちゃんと魔法が発動するの。まあ、難しいやつは全然だけど、それでも、ちゃんと使える」
万感の想いがこもった言葉。何故だか、聞いているミルカの方が泣きそうになってしまった。
「だから……大変だけど……ほんっっっっとに大変だけど……楽しいんだ」
――そんな充実した顔で言われたら何も言えない。
「もう、ほんとハルってば……。しょうがないなぁ。ほら、次はパンね?」
「……あーん」
──ミルカはクスクスと笑いながら、ハルに朝食を食べさせるのだった。
†
朝食の後は魔法薬で無理矢理体力を回復させてまた訓練場にこもる。
そんなハルに、アリシアは今後の方針を伝えた。
『マスター、訓練で鍛えるのは『肉体強化』と『魔力放射』の二つのみに絞ります』
淡々と放たれたその言葉にハルは目をぱちくりさせる。
「え、待って。他の魔法の練習は?」
『不要です』
「いやいやいや、だって他の人たちはいろんな魔法をバンバン使ってくるんだよ? 私なんて魔力放射しかできないのに……」
『だからこそです』
アリシアの断定的な口調に、ハルはぐっと息を詰まらせる。
『他の生徒は何年もかけて魔法の技術を磨いてきました。一カ月で追いつき、追い越すことは不可能です』
「……っ」
それはハルもわかっていた。
アリシアを手に入れて魔法が使えるようになったものの、自分には特に才能があるわけではない。
他のみんなだって今まで頑張ってきたのだ。自分がいくら頑張っても一カ月では到底みんなに追いつけない。
わかっていたけど……やっぱりこうもはっきり言われると少し落ち込む。
「じゃあ、私はどうすればいいの?」
不安げに問いかけると、アリシアは淡々と答えた。
『マスターには二つの武器があります。一つは『回避能力』です』
「回避……?」
アリシアは静かに頷く。
『昨日の訓練を見ていましたが、マスターの被弾率は想定の二割以下。魔法攻撃に対しては一割を切っていました。マスターの回避能力は極めて優秀です』
急に褒められて驚いたけれど、言われて納得もした。
なにせ自分はずっと魔法が使えないまま他の魔法使いに挑んできたのだ。
魔法を喰らったら当然痛いし、小試験では制限時間いっぱいまでしのげば多少は加点してもらえる。
そんなわけでひたすら避けるのに集中するようになっていたから、確かに人より避けるのは得意だろう(そのせいでいい的扱いされてた気もするけど)。
『元々の回避能力に現在練習している肉体強化が加わればさらに回避力は上がるはずです』
「なるほど……で、もう一つの武器って?」
『マスターが『光と闇の二重属性』だということです』
「……へ?」
つい聞き返してしまった。それは自分が今まで魔法をまったく使えなかった原因ではなかったか?
「ちょっと待って、それって……どちらかという欠点じゃないの?」
『否定します。欠点になってしまっていたのは誰もそれを知らなかったことと当機がいなかったからです』
アリシアはそこで一度言葉を切って、どう説明すべきかと少し考える。
『マスターは『魔力の対消滅反応』をご存知ですか?』
「えっと……何かの本で見た気が……でもごめん、あんまり詳しいことは……」
『問題ありません。学生が学んだり実践したりするようなレベルの話ではありませんので』
さらりとすごいことを言われて、ハルは目をぱちくりさせた。
アリシアは淡々と説明を続ける。
『正反対の属性の魔力がぶつかり合うとそれぞれの魔力が打ち消し合います。これが『魔力の対消滅反応』。マスターが魔法を使えなかった原因がこれです』
胸がキュッと痛むのを感じた。
いくら努力しても魔法が発動しなくて、何度も笑われて、馬鹿にされて、泣いてきた記憶が脳裏に蘇る。
「……でも、それが武器になるって?」
『魔力の対消滅が起きた際、その周囲の魔力や魔法までもが一緒に消滅します。こちらは魔力の共振現象というのですが、今は詳細は省きましょう』
「う、うん?」
まだ話をあまり飲み込めていないハルに、アリシアはわかりやすい言葉を選ぶ。
『つまり、対消滅反応を意図的に使えれば、敵の防御魔法を無効化したり。魔法攻撃を消し去ったりすることができます』
その言葉にハルは目を見開いた。
防御魔法や攻撃魔法の無効化。そんなことが本当にできるなら魔法使いとの戦いにおいて無敵だ。
「そ、それってそんな簡単にできるものなの?」
『不可能です。対消滅反応を起こすには正反対の属性を持つ二人の魔法使いが完璧な強さとタイミングで魔力を重ねる必要があります。当機の知る限り実戦でできる魔法使いはいません』
即答だった。ハルの肩がガクッと落ちる。
『ですが……当機とマスターのみ例外です』
「……え?」
『マスターは一人で光と闇の属性を持ち、無意識下ですら対消滅反応を起こしてしまうほどに二つの属性の強さが揃っています。そこに当機の補助も加わるなら自在に対消滅を操るのは難しいことではありません』
ハルはぽかんと口を開いたままアリシアを見つめた。
『敵の攻撃を避けつつ接近し、避けられない攻撃は無効化。そして防御不能の一撃をたたき込む。これが当機の提示する戦闘スタイルであり、マスターにしかできない戦い方です』
――自分にしかできない。
その言葉が静かに胸に染み込んでいく。
ハルは自分の手を見つめた。
ずっと何も掴めなかった。頑張っても頑張っても、ずっと空振りばかりだったこの手が──。
「へへ……」
ハルは自然と笑みをこぼした。心臓がドキドキして、身体が熱い。
まだ不安はある。でも、今はそれ以上に早く訓練を再開したい。もっといろいろ試してみたい。
『方針はこちらでよろしいでしょうか、マスター』
「うん! 私、もっともっと頑張るね!」
ハルの言葉にアリシアが静かに微笑む。
『マスターの『もっと頑張る』という宣言を確認。本日の訓練の強度を五割引き上げます』
「……えっ。いや待って五割って……きゃああああああ!?」
ハルの悲鳴が訓練場にこだました。




