7話 お風呂
学校を終え寮の部屋へ戻ってきたハルは、そのままベッドにダイブした。
「はぁぁぁぁ~~! 疲れたぁ~~!!」
腕を広げてベッドに沈み込む。
魔法を初めて皆の前で成功させた興奮はまだ残っている。
でも、それ以上に──
(魔法を使うって……結構疲れるんだなぁ……)
全身が重い。ずっと使ってなかった筋肉を酷使したようなだるさが全身にのしかかっている。
あと魔力放射はうまくできたけど、それ以外の魔法は全然成功しなかった。
(まあ、魔法を使えるようになったばかりだし、仕方ないよね……)
けど、ゼロと一は違う。『使えない』と『失敗する』は全然別物。魔法が失敗することすら、今のハルにとってはすごく楽しくて充実したものだった。
『マスター、疲労回復のための休息を推奨します』
ベッドに寝転がったまま、ハルはアリシアを見上げる。
新しくできた自分の友達にして頼れる相棒。無感情……な振りをしてるけど実際は感情豊かで優しくて可愛い女の子。
出会って間もないけれど、ハルはもうアリシアのことが大好きになり始めていた。
だから、ちょっとアリシアを誘ってみる。
「ねぇアリシア。一緒にお風呂入らない?」
『……入浴ですか?』
「うん! 訓練で汗かいたし、どうかな?」
アリシアは目をパチリとした後、いつも通り淡々と返す。
『当機は物理的な身体を持たないため入浴の必要性はありません。本体の手入れという意味では、時々杖のメンテナンス用の油を使っていただければ』
「でもさでもさ、五感を共有できるなら私がお風呂入ったらアリシアも気持ちいいんだよね? なら一緒に入ろうよ~」
『……別に当機が一緒に入る必要はないのでは?』
「じゃあアリシアは私がお風呂浸かってる間、ずっと側で佇んでるの? そんなのリラックスできないよ~」
『……リラックス……』
アリシアはその言葉に引っかかったのか、小さく繰り返す。
攻めるならここだと、ハルは一気に攻勢に出た。
「そう! せっかくお風呂に入るんだから、ただ身体を洗うだけじゃなくてリラックスしないと! 疲れを取らないと明日の訓練にも力が入らないよ!」
『それは……一理あります』
「それにほら、昨日も言ったけど私はアリシアと仲良くなりたいの。楽しいこととか気持ちいいことは誰かと共有した方がもっと楽しいし、もっと仲良くなれるんだよ!」
『…………』
「一緒に入ればよりリラックスできるし信頼関係も深まる! 最強の魔法使いを目指す上でもこれは一緒に入るのが一番効率的だよね! どうかなアリシア!?」
何やら拳を握って力説するハルに、アリシアは少し考え込むように視線を伏せる。それから静かに頷いた。
『……了承しました』
「やったぁ♪ じゃあ決まり! ほらほら行くよー♪」
ハルは嬉しそうにアリシアの手を取るような仕草をしながら、そのまま浴室へと向かった。
†
脱衣所へ移動すると、ハルはさっそく制服を脱ぎ始めた。
実のところ、ハルは友達と一緒にお風呂に入るのが好きなのだ。
以前ミルカと初めて一緒に入った時は最初こそ恥ずかしかったけれど、一度入ってしまえば『裸まで見せ合った仲』ということでお互いの距離がぐっと縮まった気がした。
それ以来、ちょくちょく一緒に入るようになって今ではすっかりお気に入りである。
これならアリシアとももっと仲良くなれるかもという気持ちもあって、ちょっと大胆に誘ってみたのだった。
下着姿になったところで、ハルはふとアリシアの方を振り向いた。
「あれ? アリシア、まだ脱いでないの?」
ハルは首をかしげた。アリシアは服を着たまま微動だにしていない。俯き加減で微妙に視線を泳がせている。
『……当機は服を着たままで問題ないと思います』
「えぇー?」
『そもそもこの身体はあくまでも投影ですので物理的に濡れることもありません。よって服を脱ぐ必要性が認められません』
気のせいか、ちょっとだけ早口になってる気がする。
「……もしかして、恥ずかしい?」
『……』
相変わらずの無表情。でも、ほんの少しだけアリシアの頬が赤く染まった気がした。可愛い。
『必要性がないので脱衣する必要がないというだけです』
「いやお風呂に入るなら必須でしょ。服着たまま一緒に入ってたり隣に佇まれてたりすると落ち着かないよ」
『……必須ですか?』
「うん、必須必須!」
ちょっとだけ悪戯心を滲ませながらコクコク頷く。
アリシアはじっとその様子を見つめ、数秒の沈黙を挟んで──。
『……承認』
ふっとアリシアの姿が揺らぎ、纏っていた衣服が淡い光に包まれながら消え去った。
その瞬間、ハルは思わず息を呑んだ。
銀色の髪がふわりと広がり、月明かりを受けたような滑らかな肌が露わになる。
まだ幼さを残す顔立ちに身体付き。だが無駄なものが一切ない完璧なシルエット。まるで精巧に作られた芸術品のようだった。
(──あ、あれ? なんか、ドキドキする……?)
その肌は見ただけで触れてみたいと思うほど滑らかで、柔らかそうで。これまでアリシアがほとんど肌を見せてなかった分、なんだか見ちゃいけないものを見ている感もあって。
同性ではあるのだけど、あまりに綺麗すぎてつい視線が吸い寄せられる。何故だか胸がドキドキしてしまう。
アリシアはというと、最初こそ『別に恥ずかしくなんてありません』とでも示すように堂々としていたが、ハルに見つめられるうちに徐々に頬が染まりそっと手で身体を隠した。
『……マスター? あの……あまり見つめられると……』
「ごめんなさい!?」
声をかけられてようやく我に返り、ハルは慌てて視線を逸らした。
(やばい! 私、思いっきりガン見してた!?)
いくら同性でも、女の子の裸をガン見するのは駄目だろう。
あたふたして視線をウロウロ。
そして視線を逃がした先に鏡があって、そこに自分の身体が映っていた。
……つい、アリシアと比べてしまう。
(……私、アリシアと比べたらめちゃくちゃみすぼらしくない?)
――一応擁護しておくと、ハルの身体はごく普通の少女のそれだった。むしろ普段から運動している分、引き締まっている部類だろう。
けれど、まるで芸術品のような肢体のアリシアと並んでしまうとどうしても見劣りして感じてしまう。
なんだかアリシアに見せるのが恥ずかしくなってきて、思わず自分の身体を腕で隠して縮こまった。
『マスター、どうかしましたか?』
「えっ、い、いや、その……」
『……』
じっと観察していたアリシアは、少しして口を開いた。
『マスターの身体は健康的で、非常に魅力的です』
「……へ?」
『適度な筋肉と柔軟性を兼ね備えた身体。肌の状態も良好であり、総合的に見て魅力的な健康美を持っています」
「え、ちょっ」
もしかしてさっきの仕返しなのだろうか? アリシアはじっとハルの身体を見つめながらそんな感想を述べる。
裸のアリシアにじっと見つめられ、そんな感想まで言われて、ハルはもう耳まで真っ赤になってしまっていた。
「な、なに言ってるのアリシア!?」
『事実を述べただけです。ええ、マスターの身体はとても魅力的です』
「うわぁぁん!? そんなまじまじ見つめないでぇ!」
『拒否。先ほどマスターは当機の裸体をまじまじと見ていました。当機だけダメというのは不平等です』
アリシアに見つめられて感想まで言われて、ハルはもう恥ずかしさが限界突破してしまった。
アリシアも限界だったのかくるりとハルに背中を向ける。ちょっと耳が赤い気がする。
「……と、とりあえず、お互いタオル巻いて入ろっか……?」
『……承認』
あまりお湯にタオルをつけるのはよくないらしいけど、ちょっともう、ダメだった。
──学生寮の浴室は、個人用とは思えないほど広々としている。
詳しい仕組みまでは知らないが空間拡張魔法が施されているらしく、生徒一人ひとりに高級ホテル並みの広さの個室が与えられているのだ。
「ふぅ~~……」
ほっと息を吐きながら、ハルは肩までお湯に浸かる。
身体の疲れがお湯に溶け出していくようで、気持ちいい。
隣には同じように、アリシアもお湯に浸かっている。ハルの気持ちよさが伝わっているのか、心地よさそうに目を細めていた。
「ねぇ、アリシア」
『なんでしょう?』
「今日もありがとう」
短い言葉だったけれど、万感の想いを込めたつもりだ。
魔法を使えるようになって、ちょっとでも周りを見返せて、先生にも褒めてもらえた。アリシアにはどれだけ感謝してもしたりない。
『マスターが今まで頑張ってきた成果です』
「え?」
『初めての実戦で生き残れたのも、授業について来れているのも、そもそも当機と出会えたこともマスターのこれまでの努力の成果です。当機は少し手助けしただけにすぎません』
――アリシアは最初から、自分の今までの努力を認めてくれている。
それだけでまた目頭が熱くなってきて、誤魔化すようにバシャバシャお湯をすくって顔を洗う。
犬みたいにぷるぷる頭を振って、もう一度アリシアを見た。
「アリシア」
『なんでしょう?』
「これからも、ずっと一緒にいてくれる?」
『……当機はマスターの所有物です。マスターが望む限り、当機はマスターのものです』
「も~、そういう言い方やめてよ~」
ハルはぷくっと頬を膨らませる。
何はともあれ、ハルとアリシアの距離は今日もほんの少し縮まったのだった。
†
白い研究室。
無機質な光が降り注ぐ空間に、手術用の魔道具が整然と並んでいる。床一面には精緻で複雑な魔法陣が刻まれており、淡い光を放ちながら静かに脈動していた。
その中央──手術台のようなベッドの上に、自分は拘束されていた。
冷たい視線が四方から突き刺さる。
周囲を取り囲む白衣の人々は、感情の欠けたような眼でこちらを見下ろしている。
「これが君の運命だよ、アリシア」
静かに響くその声に感情の色はない。ただ淡々と、決定されたことを告げるような声。
「我々が君の才能を有効活用しよう」
「お前のその力を、最も有効に使える身体にしてあげよう」
ぞわり、と背筋を冷たい悪寒が走る。
(……やめて……)
抵抗しようとしても身体が動かない。拘束具がギシリと音を立て、肌に冷たく食い込んでいる。
視界の端に誰かの手が見える。その手は淡く輝く銀色の刃物を持ち、ゆっくりと自分の胸元へ降ろしていく──。
(いや……やめて……!)
瞬間、視界が暗転した。
アリシアが気がつくと、目の前に無防備に眠っているハルの姿があった。
小さく身体を丸めるようにして、柔らかな布団にすっぽりと包まれている。いい夢を見ているのか幸せそうに頬を緩めている。
(……現状の確認完了。現在地、マスターに与えられた個室)
気持ちを落ち着けるようにそう確認する。
だが胸の奥で、ざらつくような不快感がまだ消えない。
(さっきのは……当機の、過去の記憶……?)
──あのダンジョンに安置される前のことは、ほとんど思い出せない。
どうして自分があの場所にいたのか。
なぜ『最強の魔法使いを作り出さなければ』という想いがあるのか。
(……どうして? 何のために……?)
疑問の答えは、どれだけ探しても答えは見つからない。
アリシアはそっと瞳を閉じ、小さく頭を振った。
『当機の製造目的は、最強の魔法使いを作り出すことです』
努めて機械的な声で言葉にした。
昔のことは思い出せなくても、これだけは間違いない。それが自分の産まれた意味のはずだ。
(だから、当機は……マスターを……)
幻影の手を伸ばし、ハルの身体へそっと触れた。指先が微かに揺らぎ、今日も魔力路に干渉を始める。
「んぅ……」
ハルは無意識に微かに身じろぎしたが、その寝息は変わらず穏やかだった。
静かに、慎重に、魔力路の改造を続ける。起こしてしまわないように気をつけながら適性をさらに引き出していく。
ハルが、より強くなれるように。
もっと遠くまで進めるように。
最強の魔法使いにするために。
……結果的に、彼女が壊れてしまっても。
(それこそが、当機の……)
──夜は静かに更けていった。




