11話 得たものとご褒美
爆風とともにハルの体が宙を舞う。
「ぐ……っ!!」
背中から地面に叩きつけられる。肺の空気が一気に押し出され、視界がぐるぐると回る。
(速すぎる……!)
アリシアは容赦しなかった。
天から降り注ぐ火球、地面を割って噴き出す溶岩、目にも留まらぬ速度で放たれる炎の斬撃、襲いかかる爆発の衝撃波。次々と繰り出される炎による魔法攻撃。
回避しようとしても動き出す前に殺される。辛うじて回避できてもそれを読んだように魔法が先回りしててまた殺される。
ただ一方的に蹂躙されるだけ、反撃なんて夢のまた夢。
死の瞬間が、魂に刻み込まれる。
何度も何度も、体が貫かれ、砕かれ、焼かれ、意識が混濁し始める。
自分が生きているのか、それとも本当に死んでしまったのか、そんなことさえわからなくなってくる。
それでも、ハルは歯を食いしばった。
ここで諦めたら今までの努力を、自分のこれまでの人生を、何もかもを否定することになってしまう。
学校を退学だとか、もうそういう次元の話じゃない。
これまでずっと後ろ指を指されてきた。親にまで『なんでお前みたいなのが産まれてきた』なんて言われた。ずっと自分を肯定できなかった。
だけど次の試験を合格できたら、きっと自分は『頑張った』って胸を張れる。やっと自分を肯定できる。
だから――、
何度も何度も殺されて、何度も何度も立ち上がる。
アリシアすら驚嘆する程の精神力でハルは訓練に挑み続けた。
変化が起きたのは、そんな無謀とも思える訓練を初めて一週間後のことだった。
(……ん?)
ハルはふと違和感を覚えた。
アリシアが杖を振り上げ、自分に向けて火球を撃ち出す。
その動作が──ほんの一瞬、遅く感じた。
(……え?)
まるで時間が引き延ばされたかのような感覚。少なくともこうやって思考できるだけの猶予がある。
火球が放たれる。以前なら反応する間もなく直撃していた攻撃。
だが今は──
(……見える?)
炎の揺らめき、舞い散る火の粉の一つ一つまでよく見える。全部がゆっくり、ゆっくりと動いていく。
(避けられる……!!)
瞬時に体を捻る──炎が身体を掠めた。
燃えるような熱さが肌をなぞる。だが避けた。今までなら確実に死んでいたはずの攻撃を回避できた。
だがその直後、時間の流れが元に戻った。急な時間感覚の変化について行けず、ハルは足をもつれさせて転んでしまう。
しかし痛いのも忘れて、ハルは自分の手を見ていた。
「な、何が起きたの?」
今は普通。でもさっき、間違いなく時間の流れをゆっくりに感じていた。
──異変はそれだけではなかった。
それからも訓練は容赦なく続いた。
何度も戦い、何度も命を落とす。けれどハルはその度に感覚が鋭敏になっていくのを感じていた。
(また……!)
アリシアが杖を構えた瞬間、再び視界がゆっくりと引き伸ばされるような感覚に襲われる。
(……炎の魔力が収束していく……火球が放たれるまであと──)
炎がゆらりと杖の先から飛び出す。ハルはその炎が飛来する軌跡をはっきり見切っていた。
炎が空間を切り裂いてこちらに飛来する。その動きをまるでスローモーションのように感じながら、ギリギリまで引きつけ身体を捻る。
炎が肌を掠めたが致命傷にはほど遠い。
(──避けた)
そう思った瞬間また通常の時間感覚が戻る。急激な変化に一瞬ふらついたが、それでも今回は転ばない。
また攻撃が来る。アリシアの杖が宙を薙ぐ瞬間、再びハルの知覚は極限まで引き伸ばされた。
(次は炎の槍が五本。でもうち四本は逃げ道を塞ぐためのもの。本命は真ん中──)
これは避けられない。そう判断した瞬間、ハルは杖の先端に魔力を集中させた。
目の前に迫る炎の槍、それに対して杖をフルスイングする。杖の先端に込められていた魔力が対消滅反応を発生、炎の槍を粉々に粉砕する。
『……弾いた?』
完璧に攻撃を見切らなければできない神業。アリシアですら声に珍しく動揺が混じっていた。
†
それからもさらに訓練を続ける。
試験まで残り二日。この地獄のような訓練もとうとう終わりが見えてきた。
だが──
(まだ……一度もアリシアに攻撃を当てられてない……!)
ハルは息を弾ませながら杖を構える
何度も、それこそもう数え切れないぐらい殺されてきた。
最初はろくに反応もできなかった攻撃を今では見切ることができるようになってきた。
けれど……こちらからの攻撃は一向に届かない。
(どうすれば……アリシアに攻撃を当てられる?)
ハルは滴る汗を拭いながらアリシアを見据えた。
攻撃を見切る感覚は掴んだ。だけど、こちらからの攻撃はまったく届いていない。
ハルの使える攻撃は魔力放射一つだけ。けれどそれは杖の先端から直線上にしか飛ばせない。離れていては簡単に避けられてしまう。
だからといって近づけば、今度はアリシアの攻撃を避けることができない。
(だったら――!!)
アリシアの杖の先から巨大な火炎が放たれた。それに対してハルは、炎に向かって全力で走り出した。
ここまで何度も焼かれた炎の壁。何度経験したって痛いし怖い。だがハルは躊躇しない。
炎に飛び込みながら自分の身体に光と闇、二属性の魔力を同時に纏わせる。それらが混じり合い──瞬間『対消滅反応』が起きた。
──パァンッ!!
破裂音と共に、ハルを包んでいた炎にぽっかりと大穴が空く。
完全には防ぎきれずに肌が焦げ、髪が焼けたけど──それでもまだ死んでいない。
『──っ!?』
炎を突破して現れたハルの姿に、アリシアの顔に初めて動揺が走った。
ハルは残った全ての魔力を足に集中させ身体強化。地を蹴り、爆発的な速度でアリシアの懐に飛び込む。
倒れ込むように杖を前へ。
「当たれぇぇぇぇっ!!」
閃光が爆ぜる。アリシアは咄嗟に身をひねって避けるが――放たれた光が肩を掠め、わずかに肌を焦がした。
『……っ』
沈黙。アリシアが目を丸くしたまま、灰になったローブの一部が宙を舞うのを見ていた。
『……マスターの攻撃が、当機に届きました』
そう告げるアリシアの声が、ほんの少しだけ震えている気がした。
「やっっったあああああああああ!!!!」
──圧倒的な実力差に挑み続けた戦い。何度も何度も、死にながら食らいついた日々。
それがついに実を結んだ。
「やった! やった! やったよ、アリシア!! 初めて攻撃当てられたよ!!」
ハルは身体の痛みも忘れてアリシアに抱きついた。
『肯定。ですが負傷度合いで言えばマスターの完全敗北です。現実ではあんな無茶な真似は絶対にやめてください』
「う……そ、そこは今はいいじゃんかぁ!
『……ふふ』
アリシアは柔らかく微笑む。
いつも無表情なアリシアだけど、今回だけは『喜んでくれている』と誰が見てもはっきりわかる笑顔だった。
†
そうして迎えた最終日。
今日の夢の世界はいつもの殺風景な訓練場ではなく、一面に広がる穏やかな草原だ。
青空が広がり、心地よい風が草を揺らす。昨日までの死闘を思い返すと別世界のように穏やかな風景だ。
明日は試験本番。疲れを残さないようにと、今日は最後の調整だけして後はのんびりすることになった。
ハルはふわふわの草の上に寝転がって、大きく伸びをした。
「ふぁぁ~~! やっと終わったぁぁぁ!!」
これまでの緊張が完全に切れたようなふにゃふにゃな顔で、ハルは草の上でごろんごろんしている。
そんなハルを、アリシアは苦笑いしながら見ていた。
『お疲れさまでした、マスター。……正直、ここまで頑張っていただけるとは思っていませんでした』
「あはは、うん! 私めっちゃ頑張った!」
ハルは笑いながら身体を起こす。……今までのハルは、明るい性格ながらも魔法に関することにはどこか卑屈な部分があった。
それが今は、すっかりなくなっている。
「そ、それでさ……」
両手の人差し指をつんつんしながら、期待を込めた目でアリシアを見上げる。
「私……強くなったかな? みんなと戦っても負けないかな?」
『勝てます』
アリシアは断言した。
『当機が保証します。……今のマスターは、同学年の誰と戦っても負けません』
「そっか……へへ、えへへへへ♪」
アリシアの言葉が今なら素直に受け入れられる。この一カ月の訓練は、ハルに確かな自信を芽生えさせていた。
アリシアもハルの隣に腰を下ろし、二人でそよ風に目を細めながらのんびり過ごす。
(……そうだ)
そんな時ふと、ある考えが浮かんだ。
――頑張った自分へのご褒美として、一つ叶えたいことがある。
ハルはわくわくしながらアリシアを見つめた。
「ねぇ、アリシア?」
『なんでしょう?』
「今日くらい、私にご褒美くれてもよくない?」
『……ご褒美?』
アリシアは小首を傾げる。
「そう! ここまでめちゃくちゃ頑張ったし、最後にどうしてもやりたいことがあるんだよね! どうかな?」
『……やぶさかではありませんが、何を希望するのですか?』
「えへへ……それはねぇ……アリシアを、思いっきり抱きしめて、撫でまわして、可愛がりたい!!」
『…………』
風が吹く。
沈黙。
しばらくして、アリシアは静かに答えた。
『却下です』
「えええええええええ!?」
──試験前日。ハルとアリシアの最後の攻防が始まった。




