#8
バランスを崩したら受け止めてくれる掌。でも全体重をかけたら、どうなってしまうんだろう。
「知ってると思いますけど、俺って頑固だし、負けず嫌いだから……自分より凄い人を見るとすぐ妬ましくなります」
自嘲的に零し、由貴は司の唇に触れた。
「実は会う前から貴方の噂を聞いてたんです。下から頼られて、上から期待されて、何でも完璧にこなす。人生イージーモードで羨ましい。四つしか違わないのに何でこんな凄い人がいるんだろうって、不思議で不思議で……才能だけ綺麗に切り取って、後はゴミ箱に捨ててやりたいとすら思った」
「熱烈な告白だね」
「いえ、まだまだ……驚くと思いますよ。俺が貴方に近付いた、本当の理由を言ったら」
「うん、そんな気がする。でももういいよ。……うん」
真後ろにあるテレビから物悲しいメロディが流れていた。何かのドキュメンタリーだろうが、言葉まで拾いとる気はしない。目の前の彼を見つめることに全力だからだ。
司は切れ長の眼をさらに細めた。一度だけ窓の外を見ると、力尽きたように両手を放り出した。完全に上向きに倒れ、瞼を伏せる。
「司さん? 大丈夫ですか、もしかしてまた……」
「大丈夫。でも、やっぱり持病あったの思い出した」
「え!?」
「不幸になりたい病」
彼の白い歯が覗いて見えてホッとする。しかし、その“病”も困ったものだ。
衝動的に訪れるとしたら、最悪自殺行為に走ることもあるかもしれない。ふとした時に線路に入ったり、車道に飛び出したり。
「あの、死なないでくださいね」
「善処する」
「お願いします。まだ……早いでしょ。本当に死にたくなった時は、俺も付き合いますから」
有り得ない台詞がぽんぽん出てくる。
今は自分の思考回路も普通じゃない。司の病が伝染ったんだろうか。元恋人の為に付き合っただけの人と、死んでもいいなんて。
不幸になりたい、か……。
彼は何かに囚われている。自由を失っている。
「由貴君。俺のこと好き?」
そして俺は、謎めいた彼に囚われている。時間を捧げ、よって自由を失っている。でも何故か不幸だとは思わない。
本当はずっと前から誰かに繋ぎ止めてほしかった。いつもは温厚なのに、ふとした時に動く凶暴な右手。自分じゃどうにもできないこの手を踏みつけて欲しかった。
それは彼でないと駄目だ。




