#4
一体いつからこんなに壊れてしまったのか。
この街に来る前から片鱗はあった。でも以前は明るく、皆と同じタイミングで笑って、同じタイミングで泣くことができた。
今は違う。この街には自分の過去を知る人間がひとりもいないということ。
良くも悪くも、ここで会った人は俺の表面しか見えてない。俺のことを深くまで知ろうとする人間はいない。切ろうと思えばいつでも切れる、細くて柔らかい糸で繋がれている。だから他人と合わせようという気持ちが薄れてしまった。それはなんて幸せで、孤独なことだろう。
ホテルに一泊し、手脚を切り落とされたダルマのように寝ていた。
朝、司はいつの間にかスーツを着ていた。シャワー室を出てから、由貴だけが着の身着のままベッドに倒れた。
鳥の囀りが聞こえた。もう朝日が昇っている。
「由貴君、俺は仕事行かなきゃいけないから……。まだいるなら延長料払っとくね」
ここへ来たときと同じ恰好をして、司は部屋を出て行った。ドアの閉まる音が聞こえた瞬間、パタッと憑き物がとれたような錯覚に陥る。
その場の雰囲気から、彼と一夜を共にしてしまった。
「あ~……!!」
もう。何で、会う度に……。
自己嫌悪でおかしくなりそうだ。
ふと右手を翳すと、甲の部分に横一本擦り傷ができていた。昨夜男と争ったとき、どこかに引っ掛けてしまったのかもしれない。もう血は止まっている。レイプされそうなところをこれだけで済んだのは幸運だった。……いや。
運不運以前の問題だ。あのとき司が来てくれなければ、今もこんな風に寝そべっていられなかっただろう。
でも彼が来なければ、自分ひとりでどうにかしていた気もする。歩道橋に上ったときは、きっと男より自分の方が優位な立場にいた。彼は弱っていたし、自分は鞄を武器にするなり力一杯蹴り飛ばすなり、とても物理的に彼を負かせる術を持っていた。
だからあの時は何も恐れてなかったんだ。
血塗れの感情に、ほんのちょっと怒りが混じっていた。動物としての本能かもしれない。追い詰められた鼠が猫に噛みつくように、今まで眠っていた闘争心に火がついた。
自分も知らない、好戦的な自分が眠っていたのだと知った。初めての気持ちだ。だからとても勿体ないと思った。
右手はずっと文句を言っている。
あのとき司が来なければ、この手で男を殺してやれたのに、と。




