#9
ヘラヘラした顔のわりに、蓮沼は滑舌良く説明してくれた。
「原因不明の精神病。愛に溺れた奴らの成れの果てだって。暴れたら収容所に、金のある奴は隔離病棟に、金も身内もいない奴は街中で浮浪者生活だ! わかりやすくて良いだろ?」
「いや、怖いですね」
「じゃあさっさと相手見つけて結婚しな。あ、花岡はゲイだっけか」
蓮沼は勢いよく煙を吹かす。彼は既婚者だ。左手の薬指にはめた指輪が光っている。
ちなみに職場でゲイと公言したことはないけど、バレるのも時間の問題だろうから頷いた。
「そうか。ゲイの廃人多いから気をつけろよ。お前女みたいに細いし、警戒しないと食われちまうぞ」
「それは嫌です」
「嫌です、じゃなくて護身術とか習えって」
時間が進むにつれ、客が増えてきた。声を張り上げないと互いに互いの声を聞き取れず、地味に苦労する。
「で、その精神病についてはまだ何も分かってないんだけど、こんな噂があるんだ。神様の家に不法侵入した奴が、罰として廃人にさせられるんだと」
海老の天ぷらに伸ばした箸が止まる。いやにハッキリ聞き取れてしまった。聞こえなければ、「ふーんそうなんですか」で済ませたのに。
彼の言葉の意味が全然分からない。都市伝説だろうか? それとも怪しい宗教の教えだろうか……。
神と聞いた瞬間全て胡散臭く感じる。そういう国に生まれたはずなんだけどな。
「神様……の家がこの街のどこかにあるんですか?」
「さぁー、知らないけど気が触れた奴らは皆そう言うね。で、たまに無事に出てこられる奴らがいるらしい。そいつらは好きな人と結ばれて、死ぬまで共に過ごせる。だから皆危険を省みず神様の家に近付くわけだ」
天ぷらが美味い。それはさておき、“神様の家”は隠喩だろう。仮に神様がいるとして、一等地にどどーんと家が建っているわけじゃない。
何となく、太陽に近付きすぎて翼をもがれた神の話を思い出した。
愛する人と一生を共にする為に、そんな空想的な賭けにチャレンジするのか。街を徘徊している廃人は愛に溺れて心を壊されてしまった人。そう考えるとちょっとやりきれない。……けど。
「由貴くん?」
騒がしい店の中、透き通った声が頭上に降り掛かった。まさか、と思って見上げた際にひぇ、という情けない声が出てしまった。
幻聴と幻覚なら良かった。こんな所にいるわけがないと思った人物。
「あ……司さん!」




