#6
劈くようなクラクションが鳴り響く。飛び出したのは裸足の男性だった。幸い、車が急停止した為接触は免れた。怪我もなく元気に目の前のボンネットを叩いている。
あっという間に人だかりができた。ドライバーが下りて、男性に掴みかかっている。後続車が来る様子はないものの、野次馬数人が車道に出てしまいカオスな光景だった。とてもやきもきしてポケットのスマホに手が伸びたが、警察に電話している人を見かけて安心する。何とか収まるだろうと判断して通り過ぎた。
ここに来て驚いて飛び上がっていたことも、最近はまるで動じなくなった。慣れって怖い。慣れることに慣れたとき、自分もああなるんじゃないかと思う。
この街に居ると、職場が一番まともで、安心できる世界に見える。誰もいきなり車道に飛び出したりしないし、裸足で駆け回って愛を叫んだりしない。いや当然だけど、……俺も“普通”の基準がよく分かんなくなってる。この街に慣れちゃって、いろいろ毒されたみたいだ。
「蓮沼さん、お疲れさまです」
定時ギリギリでやることは全て終わらせた。由貴は同じチームのリーダー、蓮沼のデスク前に佇む。日報を含めた報告書を提出し、背筋をぴんと伸ばした。さりげなく真面目にやってますアピールだ。
「うん、OK。完璧じゃん」
「ありがとうございます!」
一発合格だ。早く支度して、珈琲を買って司を待とう。そう思っていた矢先、蓮沼はかけていた眼鏡を外して笑った。
「どう、たまには飲みに行かない?」
「最近ハードだったし」と、まだ忙しなく動いてる別チームに視線を向ける。先程とは打って変わり、猫背になる。同僚に気を遣ったのではなく、この上司は酔うと口煩いことで有名だったからだ。
しかしここで断ると、今度は別の席で絡まれるかもしれない。チームが変わるまでは無難に付き合いたかった。
「じゃあ、せっかくなので……」
蓮沼に並んで会社を出た。彼の正確な歳は知らないが、三十半ばだろう。若いが有能という点で、司と共通している。正直な話真剣な顔をしている時は怖かった。えもしれぬ雰囲気で、二ヶ月下についてるものの未だに人間性が分からない。
本気で怒ったら怖いタイプかもしれない。触らぬ神に祟りなし……なにか仕事でミスして、逆鱗に触れる前にチームが変わってほしいと思った。
夜は眩い光で照らされるオフィス街。面白い物はひとつもなく、話題になりそうなものも見つからない。




