第8話:迷子が迷子を呼ぶ
少女の家は市場からほど近い裏道にあった。小さな家ではあるがそれなりの暮らしはできているようで彼女の母親は身綺麗な衣服を身に纏っている。
ジークフリートから話を聞いた母親は「ごめんなさい、わたしの娘がご迷惑をおかけして」と頭を下げつつも、娘が一人居なくなったことに動揺しているようだった。
「で、娘さん探しだがどうする? こちらは便利屋だ、無理難題なことでなけりゃあ基本的に何でも受けるが、不安と言うならば憲兵を紹介する……」
「娘を探してください、お願いします」
母親は自分に払えるものならば払いますと言ってジークフリートに縋りついた。
余程、娘のことが心配のようで今にも泣きだしそうな表情をしている。
「娘さんの名前と今日着ていた服を教えてくれ、あと特徴だな」
「娘の名前はアリィーで、今日は赤いワンピースを着ていました……。特徴ですが、二つに結った金髪でしょうか」
言われた特徴をヨハンはメモ紙に記していく。年齢や小柄なことなどを聞いてからジークフリートは「見つかったら依頼料を貰う」と依頼料の話は後回しにした。
「自力で家に戻るかもしれないからお母さんは自宅に居てください」
「わかりました、よろしくお願いします」
頭を下げる母親にジークフリートは「任せてください」と声をかけてヨハンを連れて出た。
裏道から市場に出るとヨハンは「どう探すんですか?」とジークフリートに問うと、彼は「匂いを辿ってもらう」と答えた。
嗅覚の鋭い召喚獣を使うようで、「クリスタルウルフですか?」とヨハンは聞く。
「あれは目立つから別のにする。魔物がうろうろしてると憲兵呼ばれるのが面倒だ」
「他にいるんですか?」
「いるぞ」
そう返してジークフリートは詠唱した。地面に浮かぶ魔法陣から一匹の魔物が召喚される。真っ黒い大型の犬は周囲を見渡してからジークフリートの前に座った。
見た目は大型犬そのもので魔物らしくはない。これはどんな召喚獣だろうかと聞いてみれば、ジークフリートは「チャーチグリム」と答えた。
「チャーチグリムというと墓守犬ですか?」
「そうだ。本来は教会を守護しているがこいつが守っていた教会は取り壊されてな」
守っていた教会がなくなればチャーチグリムは消えてしまう。ジークフリートはそんなチャーチグリムを召喚獣として契約してとどまらせたのだという。
産まれてきた意味が消えてしまうのは可哀そうだろうと。
「こいつ自身もまだ地上に居たいという念が残っていたから契約ができたんだ」
「なるほど」
「クリスタルウルフほどではないが嗅覚は鋭いからな」
そう言ってジークフリートは少女から預かっていたハンカチをチャーチグリムに嗅がせた。チャーチグリムは匂いを嗅ぐと地面に鼻をつけてから駆けだした。
チャーチグリムは市場に溢れる人波を縫うようにずんずんと歩いていく。時折、地面の匂いを嗅いで周囲を見渡しすも足取りに迷いはない。
市場を通り抜けて広場に出るとくるりとチャーチグリムは路地へと入っていった。そこは裏通りで人目のつきにくい場所であり、子供一人で歩くのはおすすめできないところだ。
その奥へとチャーチグリムは歩いていくので、ヨハンはジークフリートを見遣ると彼は面倒くさそうに眉を下げていた。
人目のつきにくい場所というのは危ない輩が屯していることもあるので、関わりたくないということだろう。
それでもチャーチグリムが歩いていくのだから仕方がないので、二人は裏通りへと足を踏み入れた。
日の当たりにくい路地は建物の影で薄暗く、人は通っていない。野良猫が足元を通り過ぎていくことはあれど、人の気配はなかった。
本当にこの辺りにいるのだろうかとヨハンが周囲を見渡していると、「どーすんのさ」という声が耳に入る。
路地の角から聴こえるその声になんだろうかと顔を覗かせれば、少しばかり派手な女が厳つそうな男に何か言っていた。言い争っているというよりは、何やら相談している様子だ。
「あんたね、子供が迷ってたからって連れてきちゃだめでしょうが。誘拐犯だと勘違いされたらどうするの。ただでさえ、あんた悪人顔なんだから憲兵にしょっ引かれるわよ」
「そうだけどよぉ。放っておけねぇじゃねぇかよぉ」
厳つそうな男はしょんぼりとしたふうに足元を見る。そこには二人の幼子が居て、どうしたのだろうかといったふうに男を見上げていた。
一人は緑のズボンを履いた赤毛の男の子、もう一人は赤いワンピースを着たツインテールの金髪の女の子。
二人は「なんだろうねー」と危機感無さげに話している。女の子のほうにヨハンは注目した、彼女が迷子のアリィーではないかと。
母親の言っていた特徴と彼女の風貌が似ているのだ。それにジークフリートも気づいたようで、厳つそうな男を叱っている女に話しかけた。
「なぁ、お嬢さん。そこの少女、迷子だろう?」
「なんだい、あんたは」
「召喚士の便利屋さ」
「あぁ、あの何でもやってくれるっていう」
「そう、その便利屋。で、今は迷子探しをやっていてね。そこの少女はアリィーじゃないかい?」
ジークフリートに名前を呼ばれて女の子は「アリィーだよー!」と元気よく手を上げた。
依頼主の娘で間違いないようで、ジークフリートが「うちで送っておくから」と女に言う。
「お母さんとお姉さんが心配しているから早いところ安心させてやりたい」
「そりゃあ、親御さんは心配だろうね。これならここじゃなくて便利屋のところに行けばよかったのよ」
「次からはそうしてくれ。あるいは憲兵に相談することだな」
「うちの旦那は悪人顔だからすーぐ疑われるんだわ」
女は厳つそうな男を指差す。確かに彼女の言う通り、少しばかり怖いので勘違いされそうではあった。
とはいえ、彼が保護してくれたから何事もなく無事であるのは事実なので、ヨハンは「保護してくださりありがとうございます」と頭を下げた。
ヨハンがアリィに「家に帰りましょうね」と声をかけると、「この子はー?」と男の子を見た。
彼もまた迷子らしいのだがそんな様子を見せず、むしろ元気そうであった。不安のふの字もないといったふうににこにこしている。
「便利屋でしょ、この子も親探したってよ」
「あー、仕方ないねぇなぁ」
ほらっと女に差し出されてジークフリートは仕方なく、「君もおいで」と男の子を手招きする。男の子は何の疑いもなく着いてくるものだから、危機感の薄さにヨハンは心配になった。
そんなヨハンの気持ちも知らずに二人は厳つそうな男に「おじさんばいばーい」と手を振っている。子供というのはのんきだなと逆に感心してしまった。
裏通りから出て広場に向かうとジークフリートは男の子に「お家はわかるか?」と聞いてみる。
男の子がうーん悩むように首を傾げながら「多分」と答えたのを聞いて、「こりゃわかってねぇな」と全てを悟った。
「とりあえず、アリィーを家に送ってからこの子を……」
「えー! ラッシュを一人にするの!」
アリィーはジークフリートの話を聞いて声を上げた、「ラッシュが可哀そう」と。男の子の名前はラッシュというらしく、彼女は一人になる彼を心配しているようだ。
ジークフリートが大丈夫だからと言うものの、アリィーは心配だと言って聞かない。さらには「あたしもお家まで送る!」と駄々をこね始めてしまった。
これは仕方ないとジークフリートが「絶対におじさんとお兄さんから離れないこと」と条件を出して、彼女も連れていくことになった。
「大丈夫なんですか、これ」
「大丈夫だと思うしかない」
ここで泣きながら駄々こねをされて不審者として通報されるよりかはいいとジークフリートに言われて、それはそうだなとヨハンは納得する。流石に憲兵の世話にはなりたくはない。
ジークフリートはラッシュから家がどの辺にあるのか、両親の仕事は何をしているのかと質問していく。彼は「お父さんは兵士なんだよ!」と自慢げに話し始めた。
王城に仕えていて門番をしているのだと元気よく話すラッシュにジークフリートは「よし、父親のもとに連れていくぞ」と目的を変更する。家を探すよりも居場所の分かっている父親のもとへと連れていくほうが確実だと判断したようだ。
「王城となると広場の向こう側ですね」
城は城下を見下ろすように聳え立っている。広場を通り過ぎて緩やかな坂を登っていった先にあるのだが、ジークフリートは「坂がだるい」と面倒げである。
「少しは運動するべきですよ」
「うるせぇ」
分かってるわいとジークフリートは返してはいるものの、運動というのは嫌いな様子だ。そんな彼をアリィーとラッシュが「おじさんがんばって!」と応援していた。




