第28話:好きを伝える
「疲れたぁ」
すっかりと月か昇りきった静かな夜。湯浴みから上がったヨハンは肩を軽く回す。
兄の問題は無事に解決したわけだが、ハンメルンに任せてしまうことになってしまったことには申し訳ない気持ちだ。
兄が迷惑かけた時は遠慮なく言ってくださいとは伝えたけれど、ヨハンは「ジャック兄様にもきつく言っておこう」と明日の予定を立てる。
二階の廊下の奥をなんとなしに見てみれば、光が薄っすらと見えた。今夜は息抜きをしているみたいだなとヨハンは奥の部屋へと小走りに向かう。
扉を開ければ、天井に映し出される星々が出迎えてくれた。きらきらと瞬く星空の元、書物机の椅子に腰かけて、小さなランプの明かりでジークフリートが本を読んでいる。
目が疲れないのだろうかといつも思うのだけれど、意外と平気らしい。ヨハンが部屋に入ってきたのに気づいたジークフリートが本を閉じて書物机の上に置く。
「どうした?」
「理由がないと来たら駄目なんですかー」
じーっとヨハンが見つめながら問い返せば、ジークフリートは「そんなことはない」と笑って手招きをした。
ヨハンはとたとたとジークフリートに近寄ると言われるでもなく、彼の膝の上に座った。
その様子に彼は目を瞬かせているのだが、いつもの流れではこうなるじゃないかと、ヨハンは首を傾げる。
「なんでそんな驚くんですか。いつものことでしょう?」
「毎回、俺が座らせてたから……」
どうやら、ヨハンの意志で座ったことが嬉しかったようだ。口元を手で隠している。些細なことだけれど、こういうのも嬉しいのかとヨハンは覚えておくことにした。
これといって用事があったわけではないけれど、何も話さなくても気まずくはない。のだが、ジークフリートは何処か落ち着かない様子だ。
「どうしたんですか?」
「……いや、その……」
そわそわと手を動かす仕草にヨハンはふむと暫し考えてから、よっと向かい合うように座り直した。
「あの、抱き着きたいなら抱き着けばいいと思いますよ?」
前だってしてたじゃないですか。ヨハンの突っ込みにジークフリートは「あの時とは状況が違うだろ」と言い返す。付き合う前と後では知這うのだと。
何が違うのだろうか。ヨハンの疑問にジークフリートは「いろいろ、あるんだよ」と言いながらも腰に腕を回してくる。なんやかんや言いつつも、結局は抱き着くようだ。
「今日はお疲れ様でした」
パレードの飛行演舞は大変だったでしょうとヨハンは労う。短い時間とはいえ、上級種のドラゴンを使役していたのだから疲労が出ているはずだ。
けれど、ジークフリートは「それほどでもないなぁ」と、あまり疲れていないみたいだった。これが力の差なのかもしれないとヨハンは思う。
「どうだった、飛行演舞は」
「迫力ありますね、ドラゴン同士の演舞は。格好良かったですよ」
「ドラゴンだからなぁ。演舞としてか格好良くできたと思うな」
「いえ、ジークフリートさんが」
確かにドラゴン同士の演舞というのは美しくも迫力があった。格好いいと感じるけれど、自分はジークフリートにその感情を抱いたのだ。
だから、素直にそう伝えたのだが、ジークフリートがそれはもう面白い反応をする。嬉しいと照れが混じっていた。
「反応が凄いですね」
「仕返しかってぐらいに動揺している」
「そうですね。私もそれぐらい動揺してましたからね」
仕返しです。にこりとヨハンが笑えば、ジークフリートが眉を下げた。文句は言えないのだろう、自分も分かっていてやっていた時があるから。
流石にそろそろやめておこう。ヨハンはジークフリートの頭を撫でる。お疲れ様と。撫でられ慣れていないジークフリートは少しばかり恥ずかしそうにしていたが、ヨハンは気にしないで続ける。
「何か労いたいですね。好きなご飯作りましょう、明日」
「その、だな……ヨハン」
労いたいとヨハンが明日の献立を考えようとして、ジークフリートに名前を呼ばれる。どうかしましたかと見つめれば、彼は言うか言うまいかと迷っていた。
変な事じゃなければ言っても怒らないのだけどな。ヨハンはそう思いながらも、ジークフリートの言葉を待つ。
「その……労いたいというなら、一つお願いがある」
「お願いですか?」
「……ヨハンからの好きが欲しい」
んー、なるほど。ヨハンはジークフリートの言いたいことを理解する。自分から好きだと言葉にして伝えていなかったなと気づいたのだ。
これは不安にさせてしまったのかもしれない。ヨハンはそんな気持ちを察して、ジークフリートの両頬に手を添える。彼の顔を引き寄せてそっと触れるだけの口づけを落とした。
「好きですよ」
好きを伝えた彼の表情はころころと変わる。驚きから動揺、それから口元を手で隠した。黙っていられるとこっちも恥ずかしくなる。
「ヨハン」
「もうだめです! はい、終わりっ!」
自分の行動が今更、恥ずかしくなってヨハンはジークフリートの膝から下りようとするも、腕をがっちりと腰に回されているので逃げられない。
「ヨハン、顔を見せてくれ」
今、絶対に顔が赤い。照れすぎてみせられたものではなくて、ヨハンは顔を覆い隠す。ジークフリートに何度も呼ばれるが、黙るヨハンを彼は引き寄せた。
「ヨハン」
耳元で囁かれる。ヨハンはばっと身を引かせてジークフリートの顔を見た。彼のしてやったといった表情にくそうとヨハンは呻る。
「ず、ずるい!」
「俺は何もしてないが? 可愛い顔を見たかっただけだ」
「そういうところですよっ!」
結局はジークフリートに動揺させられてしまうのだ。ヨハンはむぅっと頬を膨らませるも、むにっと摘ままれて終わる。
「お願いは聞きましたからね」
「それは分かってる。ただ、いろいろ感情が忙しい」
ジークフリートは真面目な顔で言った。彼の中でいろいろ渦巻いているようで、それらを押しとどめるのに必死らしい。余裕そうに見えて内心では焦っているのだ、彼は。
お互いに恋人となってから、こうやって触れ合うのは初めてだから。そう考えると自分はなかなかに攻めた行動をしたのだなとヨハンは気づいた。
「ヨハン、もう一回……」
「うにゃぁあぁあっ!」
「いって!」
どすっと勢いよくリューリアがジークフリートの頬を蹴飛ばした。がうあぁと鳴くリューリアは眠そうにしている。
早く寝ようと言っているようでヨハンにぐるぐると喉を鳴らしながら頭を擦りつけていた。急な乱入者に空気が変わって、ヨハンはふっと吹き出した。
「こら、笑わない」
「いや、面白くって……。リューリア眠いよね、一緒に寝ようか」
「がうぁあ」
「くそう……」
リューリアに邪魔されてジークフリートが拗ねる。ぶつぶつと呟く姿にまたヨハンは笑ってからリューリアを抱きかかえて立ち上がった。
「一緒に寝ますか?」
「え?」
呆けた顔を見せるジークフリートにヨハンが「寝ますか、一緒に」ともう一度、問う。にこやかに微笑みながら。
「お前も大概、ずるいと思うぞ」
「仕返しです」
ほら、行きますよ。ヨハンが手を引けば、ジークフリートは抵抗せずについていく。嬉しいのは雰囲気で感じ取れて、ヨハンはまた笑ってしまった。
END




