第27話:兄の問題、無事解決
建国記念日当日、王都は盛り上っていた。音楽隊の演奏が響き渡る中、列をなしいて騎士たちが行進する。
パレード車に乗った国王陛下たちが国民たちの声に応えて手を振っていた。
召喚士たちの召喚獣が芸を見せて歓声が上がる。広場までやってきたパレードが止まり、演奏が変わった。
それは戦場で刃を交えるように強い音色。緊迫感を抱かせる旋律は儚くも、凛々しくて。黒い影が二つ、広場に浮かぶ。
空を見上げれば二頭のドラゴンがぐるりと飛んでいた。一頭は白銀の鱗が煌めくスノーホワイトドラゴン。もう一頭は燃えるように赤い鱗に厳つい二つの角を生やしたドラゴンだ。
「ルビーフレイヤドラゴンだ、あれ」
ヨハンは見上げながら呟く。上級種であり希少個体のドラゴンが二頭、上空を飛んでいる姿というのは迫力がある。
スノーホワイトドラゴンの背に乗っているのはジークフリートだ。戦闘を行う出で立ちをしている彼にヨハンは目が離せない。
「格好いいよな、やっぱり」
いつもと違った真剣さにドラゴンを操る姿というのは様になっている。飛行演舞が始まってからは特に。
相手はハンメルンだった。飛行演舞の相手に選ばれるだけあって、ドラゴンを的確に操っている。両者はドラゴンと信頼関係を築き上げているのは、その華麗な演舞を見れば分かることだ。
ぶつかり合って、尻尾の打ち合う姿に剣を交えた幻影を眼に映す。くるりと空を舞う二頭は踊っているように美しい。
ドラゴンを乗りこなすジークフリートにヨハンは見惚れてしまう。
長いようで短い時間だ。演奏が終わり、静かになる一瞬。二頭のドラゴンは雄たけびを上げて、飛んでいく。
短いとヨハンは残念な気持ちになった。もっと見ていたかったと、ジークフリートの格好いい姿を。
「いや、まぁ、普段も……格好いいとは思うけども」
普段と違った姿だって長く見たいじゃないか。なんて、ヨハンは思っていたが、満足はしていた。
飛行演舞が終わればパレードは終盤だ。この後は国王陛下の演説で幕が下ろされる。ヨハンはこの後だなと呟く。
そう、この後に父と兄の話し合いがあるのだ。ヨハンの予想通り、兄ジャックは見つけ出されてしまった。
次男のアランに「馬鹿だなぁ」と呆れられて、父には「もっとやり方があっただろう」と叱れている。
ジャックはそれでも自分はヨハンと同じように自由に生きたいと主張した。息子の言動にまたやらかしかねないと察した父が「パレードが終わったら話を聞こう」と折れたのだ。
あとは兄次第。ヨハンは付き添うことしかできない。背を押せそうな場面では口を挟むつもりではあるが、最終的にはジャックがどうにかしないと意味がないのだから。
「さて、待ち合わせ場所に行こう」
ヨハンは一足先に父たちと約束していた待ち合わせ場所へと向かうことにした。
*
父との話し合いの場は便利屋の一室だ。他の誰かに聞かれたくない話だろうからと、ジークフリートが好きに使っていいと言ってくれた。
この気遣いには感謝している。何せ、ジャックの言動を想像すると、周囲に迷惑をかけかねない。
父リチャルドは渋々とやってきたジャックによって連れてこられた。傍には次男の兄アランもいる。
白髪をオールバックにしている渋面の父の顔を数ヶ月ぶりに見て、ヨハンは「お久しぶりです」と声をかけた。
「久しぶりだな、ヨハン。元気にしているか」
「えぇ、元気ですよ」
「聞いたよ、ヨハン。お前、あの名高い召喚士様と恋人になったんだってね」
リチャルドの隣に立つアランはにこやかに微笑んだ。父似の長い白髪を三つ編み一つに結った美麗な顔立ちの彼はジャックの首根っこを掴む。兄さんから聞いたよと。
「兄さんが迷惑かけてしまってすまないね」
「大丈夫ですよ、アラン兄様。もう慣れてるので。それで、ジャック兄様の事はどうするのですか?」
早速、本題を切り出す。逃げられないように掴まれてるジャックは「オレは後を継ぎたくない」と再度、主張した。
自分だってなりたい職はあって、ヨハンのように自由に生きたいのだ。当主としての責務など自分には合っていない。ジャックの言葉にアランが「確かに」と頷く。
「兄さんは興味があるものには集中できるが、それ以外では無理だからね」
「そうだよ。それに結婚予定があるアランのほうがいいだろ」
幼馴染の女性を嫁にとるのだから将来の跡継ぎの心配はない。恋人なんて全くできない自分よりは安定している。
ジャックは「アランは任されたことは最後までやり遂げるし」と、弟の責任感がある点を褒めた。
これには父リチャルドも否定はしない。長男と次男を比べた時、どちらが次期当主に相応しいのかは一目瞭然だ。
「私もアラン兄様が良いかと思いますよ。ジャック兄様は言動があれなんで」
「そうだな……。こんな馬鹿な事をするわけだしな」
「父上、そう思うなら許してください。婚約者候補から次々と〝この方を夫にはしたくない〟と言わしめたオレですよ。また馬鹿な事します」
「そこを自信もって言うな。……はぁ、仕方ない」
リチャルドはそれはもう深い溜息を吐き出してから、「わかった」とジャックを許した。お前もヨハンと同じように自由に生きていいと。
呆れと諦めの混じった表情をする父にヨハンは苦笑する。ここまで苦労するとは思っていなかったんだろうなと、少し同情した。
「よし!」
「ただし、国立図書館魔道司書官になることが条件だ」
父は関与しないぞ。リチャルドは腕を組む。国立図書館魔道司書官はそう簡単になれるものではないのを分かった上に言っているのだ。
でも、ジャックはなりたいから家を出ると言ったのだから、実現してもらわないといけない。ジャックはうごごと呻った。
確か試験を受けて合格してから研修期間があるんだよな。ヨハンはその試験が難しいと言われていたことを思い出す。
カランと扉が開く音がする。見遣れば、ジークフリートがハンメルンを連れて帰ってきた。あっとジークフリートとリチャルドの目が合って――
「息子が世話になっているようで、名高い召喚士ジークフリート殿」
「こちらこそ、世話になりっぱなしですよ」
圧。父の圧にヨハンは苦く笑ってから「父様」とジト目で見遣る。そうすれば、リチャルドは笑って「何、冗談じゃあないか」とジークフリートと握手を交わした。
「息子をよろしく頼むよ」
「その、反対とかは……」
「あぁ、無いね。ヨハンはしっかりしているし、君の経歴は知っている」
国王に認められた召喚士など片手で数える程度にしかいないのだ。その経験や活躍を知らぬ者は少ない。爵位を持っている家系ならば尚更だ。
素性の知らない男ならば反対もするが、評判も良いと聞く相手ならば任せることができる。信じている息子が認めた人ならば。
「もう少し反対するのが普通かと思いますけどね、僕は」
「アランは頭が硬いな。まぁ、本来ならばもう少し反対もするのだろう。でも、息子が認めた人を疑いたくはないだろう?」
大切に育ててきた息子だ。信じてみたくなるのは親心ではないだろうか。リチャルドの言葉にアランは否定しない。言いたいことは分かるようだ。
「で、問題はジャックだ。お前は国立図書館魔道司書官になれるのか?」
「おや、魔道司書官になりたいのですか?」
黙っていたハンメルンが話に入る。それからなるほどと納得したようにジークフリートを見遣ってから「お手伝いできますよ」と言った。
「おれの友人が国立図書館魔道司書官です。彼ならば次の試験の日程や試験範囲なども教えてくれるかと」
「本当ですか!」
ぱっと表情を明るくさせてジャックはハンメルンの手を取ると、「紹介してください!」と頭を下げる。
「構いませんよ。多分、これでおれはジークフリート様に呼ばれたので」
そうでしょうとハンメルンに問われて、ジークフリートは頷いた。ヨハンから話を聞いていた彼は国立図書館魔道司書官の友人をもつ、ハンメルンなら手伝ってもらえるだろうとこの場に呼んだらしい。
ジークフリートなりにヨハンの助けになりたかったのだ。本当に気遣いできるよな、この人とヨハンは「ありがとうございます」とお礼を伝える。
「友人に伝えればすぐなので大丈夫ですよ。試験勉強などもした方がいいでしょうが住む場所は……」
「お前の家に居候させてやれ」
無駄に広い家を持ってるんだから。ジークフリートの提案にハンメルンは少し考える素振りをみせてから「いいですけど」と答える。
そこまで親切にしては兄が甘えてしまう。これはヨハンだけでなく、アランとリチャルドも思ったようで、「そこまでやっていただかなくても」と断っていた。
「いえ、問題はないですよ。友人を呼んだりするならおれも一緒に居た方がいいでしょうし」
「お世話になります!」
「ジャック兄様ぁ」
駄目だこれは。兄が懐いてしまった。こうなると止められないのは家族全員が知っている。これは諦めるしかなかった。




