第26話:彼の想いに温かさを感じて、気づいた
その反応に勘違いが全員に広まっていたをヨハンは知る。これはちゃんと説明しなくてはと、ヨハンは似ていない訳を話した。
「我が家はちょっと特殊なんですよ。上二人の兄は父寄りどころか、母の要素皆無。私は母寄りで父の要素が皆無。髪も私は母の色を受け継いでいるので、傍から見ると似てない兄弟なんですよね」
極端な受け継ぎ方をしてしまったせいで、血は繋がっているというのに似ていない容姿の兄弟となってしまった。
内面は似ている部分があるけれど、それは付き合いが長くないと感じ取ることができない。
勘違いさせてしまうのは仕方ない。これが初めてではなかったので、ヨハンは「その、すみません」と謝る。
「分かるわけないでしょ! こんな可愛い顔の人間にめちゃくちゃ格好いい兄がいるとか!」
「よく言われます」
「兄ってだけなら隠すことなかったんじゃ?」
セルフィの突っ込みにヨハンが否定しないでいれば、一人の召喚士が疑問を呟いた。それに周囲が確かにと頷く。
これも説明したほうがいいなと、簡潔に話す。兄が馬鹿な事をしでかしたのだと。話を聞いた召喚士予備生たちが「うわぁ……」とジャックを見遣る。
「流石に侯爵家の長男がそれやったら駄目だろ……」
「ですよねぇ。これは家族問題なんで、ジークフリートさんには迷惑をかけたくなかったんです」
関係ない人を巻き込みたくはない。だから、内緒にしていたのだとヨハンが打ち明ければ、召喚士予備生たちは納得してくれた。
誰だって家族問題には付き合わせたくないだろうと。
「その、ジークフリートさん、すみませんでした」
「いや、そういうことならいいんだ。気にしなくていい」
「凄く動揺していたくせによく言いますよね、ジークフリート様」
「ハンメルン!」
召喚士予備生たちに紛れていたハンメルンが顔を出す。どうやら、予備生たちに「お嫁さん取られたらどうするんですか!」とかなり言われていたようだ。
もしかして、昨日途中で帰ってきたのは確認の為では。ヨハンは少しだけ様子のおかしかったジークフリートを思い出す。
「オレを無視するなぁ」
「兄様は反省してください」
「これに関しては悪くないだろ! てか、お前は恋人いるなら教えろ!」
「いや、恋人ってわけではなくて……」
嫁として認定されているし、好みのタイプだとは言われているけれど、告白をされたこともなければ、した覚えもない。ヨハンの返答にジャックの表情が険しくなる。
眉を寄せて目が細める。鋭くなる眼光に兄が怒っているのをヨハンは察した。これはとヨハンはジャックが行動する前に止めようとするも、遅く。
「お前は告白もできない腑抜けた男なのか!」
ジャックはジークフリートに詰め寄った。嫁だと否定せず、好みのタイプだと言っているくせに、告白しないで何がしたいのだと怒鳴る。
「お前がどんな存在かなんて知ったことではない。そこまで広めておいて、告白もしないとは馬鹿なのか! ヨハンに迷惑をかけている自覚はないのか!」
周囲に嫁だと認定されて、否定しても通じず。好みのタイプだと言われて、動揺や困惑もあっただろう。同性だろうと言われて気にしないことはないのだ。
はっきりとされなくて、それだというのに外堀は埋められる。これが普通の人間ならば迷惑や嫌だと感じるのではないか。
ジャックは怒りながらも、現状がどれだけ不純であるのかを指摘した。
これには周囲にいた召喚士予備生たちも確かにと頷いている。否定しない、好みのタイプだと認めている、なのに告白はしないというのは不誠実ではないかと。
「ヨハンだって悩んだんじゃないのか?」
「え? まぁ……悩みましたけど」
気にならないわけじゃないのだから、悩みはするわけで。自分の気持ちを整理したりだとか、やっていた。ヨハンが答えれば、ジャックはジークフリートを睨む。
「で、お前ははっきりさせないのか!」
ジークフリートはジャックの指摘に反論ができない。彼の言い分は正しく、はっきりさせていない方が悪いのだ。
なんとも悩ませた表情をみせるジークフリートの焦った姿は初めて見る。彼を困らせたくはないのでヨハンがジャックを止めに入るも、引く姿勢をみせてはくれなかった。
「そうだぞ! はっきりしないのはよくない!」
「わたしもはっきりさせたほうがいいと思いまーす!」
そうだそうだと召喚士予備生たちがヤジを飛ばす。勢いはジャックに味方していた。ヨハンが止めに入る隙は無い。
「俺は少年のこと……」
「おじさん」
ジークフリートが言葉を詰まらせていれば、黙って話を聞いていたアリィーが彼を呼ぶ。
「どうして、ヨハンお兄ちゃんの名前を呼ばないの?」
だって、好きなんでしょう? アリィーは不思議そうにしてみせてから、「好きななら名前で呼ばなきゃだめだよ」と注意する。
名前で呼ばれないって悲しいんだよ。気持ちだって伝わらないから、ちゃんと呼ばなきゃきらわれちゃうよ。アリィーの純粋な言葉にジークフリートは眉を下げる。
「これは予防線なんですよね、ジークフリート様」
離れていってもいいように。ハンメルンの言葉にジークフリートは深く息を吐き出した。皆からの圧に負けて、彼は。
「好きだよ」
己の感情を認めた。観念したジークフリートは「好きになってしまったよ」と話し始める。
実力もあると判断して雇ったが、好みのタイプであるのは事実だ。
とはいえ、人手が欲しかったのは本当の事なので、そういった感情で接するつもりはなかった。だから、少年と愛称をつけて接してきたのだ。
だらしない人間である自覚はあった。名高い召喚士だというのにその影すら見せてないことにも。でも、ヨハンはそんなものを気にするでもなく、世話を焼いてくれた。
嫁に関しては最初は冗談のつもりだったが、否定ができなくなった。言動が優しくて、甘えたくなってしまう。
表情豊かな様子は愛らしく、気づいた時には落ちていた。
「でも、俺はできた人間じゃあない」
一度、手に入れてしまったらきっと離したくなくなってしまう。嫌われたくはなかった、良い人のままで終わりたかった。離れていったとしても。
名前で呼んでしまったなら、きっと手放したくなくなってしまう。名前で呼んでしまったら、もう後戻りはできない。醜い独占欲めいたものがあるのだ、自分には。
「だから、諦めようとした。でも、否定はできなかったんだ」
このままでいてくれれば、なんて思ってしまって。吐き出される想いに静まる。ヨハンはジークフリートの話を黙ってきいていた。
抱いた感情に嫌悪はない。嫌だとも、迷惑だとも。今、心の中にあるのは――
(温かい)
ジークフリートの吐き出した想いは独占欲や自分勝手な感情が含まれている。けれど、その中に彼の優しさがにじみ出ていた。温かいと思った、それが。
ヨハンはジークフリートに対して抱いていた感情を呼び起こす。心地良くて、温かくて。ほっと落ち着ける。これに名を与えるならば、なんだろうか。
それからもう一つの感情。
「勝手に諦めるの、やめてくれますか?」
ヨハンはむっとした表情を浮かべて言った。怒りの感情があった、勝手に諦められたことに対しての。
否定しないだけして、外堀を埋めてきたくせに諦めるとはどういうことだ。理不尽にも程がる、こっちは気にしていたんだぞ。
好みのタイプと言われて意識しないわけがないし、知らぬふりなどできるわけがない。
振り回しておいて諦めるつもりだったと言われたら、そりゃあ怒りも湧く。せめて、告白してからにしてくれと思うのは自分だけではないはずだ。
ヨハンは「こっちの気持ちも考えてくださいよ」と指をさした。
「申し訳なかった……」
「謝る気持ちがあるなら告白をちゃんとしてください」
貴方の本心を伝えてください。ヨハンの真っ直ぐに向けてくる眼にジークフリートは一瞬だけ目を開くも、逸らさずに言う。
「俺はお前が好きだ、ヨハン」
なんとも不安げで情けない顔をしているジークフリートにヨハンは、告白なのだからしゃきっとしてくれないだろうかと片眉を下げる。
でも、彼なりの精一杯の告白であるのは、名前を呼んでくれたことで伝わってきた。だから、ヨハンは腰に手を当てて姿勢を正す。
「誰が世話してくれると思っているんですか」
「え、いや……」
「私以外にいるんですか?」
「……いない、です」
思わず敬語になってしまうジークフリートにヨハンは全くと呆れたように呟いてから、ふっと微笑む。
「いいですよ。これからも世話を焼くお嫁さんで」
ジークフリートに対して抱いた感情の難問をヨハンは解いた。答えをくれたのは彼の告白で、温かいと感じたからだ。
好きだと告げる想いに温かさを感じたということは、自分が抱いたのも同じなのかもしれない。だから、もう一度だけ告白をしてもらった。
嫌な気など全くしなかった。温かさが伝わってきて、これが好きだという感情だと知って。なら、答えは一つだった。
「ジークフリート様、おめでとうございます!」
「よかった!」
ジークフリートよりも先に理解した召喚士予備生たちが祝福の言葉を投げかける。
わーっと歓声が上がる中、やっと彼は告白の返事を受け止めたようで、それはもう分かりやすく動揺していた。
そこは喜ぶべきでは。なんてヨハンは思ったけれど、諦めていた身からすれば、こういった反応になるかと納得する。
「結局、恋人ができるじゃねぇかよぉ!」
「ジャック兄様はこの後の自分の事を考えた方がいいですよ」
「そこはヨハンも一緒に考えるんだよ」
弟が考えることではない。ヨハンはそう突っ込みたかったがやめた。今は召喚士予備生たちに囲まれているジークフリートを助けるのが先だと思って。




