第25話:勘違いが勘違いを呼んでいた
太陽が真上に昇った昼過ぎ。ヨハンは召喚士たちの訓練へと向かっていた。
急勾配の坂を上りながら目の前を歩くセルフィの背を見る。彼女は少しばかり怒っている、気がした。
昼食を食べ終えて部屋の掃除をしていたところにセルフィはやってきて、「アナタに用があるの」と訳もろくに教えてくれずに、訓練場まで連れてこられたのだ。
ヨハンは何かしてしまっただろうかと考えるも、あの組手以降は特にした覚えはない。
なんだろうねと、肩に乗るリューリアに問いかける。リューリアは眠そうにくわっと大きな欠伸をした。この反応を見るに用があるというのは本当のようだ。
(まぁ、用がなければ連れてこないよね)
用ってなんだろうな。ジークフリートさんに呼んでくるように頼まれたのか。行けばわかるかとヨハンは訓練場へと足を踏み入れた。
訓練場では召喚士たちが騒いでいる。ジークフリートの傍で寝そべるドラゴンを見て興奮した様子だ。
白銀の鱗は雪のようにきらめいて、大きな身体に長い尻尾の先は刃のように鋭く光る。
金の龍の眼はぎらりと周囲を見渡し、鳥のような翼を折りたたんだドラゴンは大人しい。
「うっわ、スノーホワイトドラゴンだ」
スノーホワイトドラゴンは上級種のドラゴンだ。上級種の中でも希少個体であり、契約する難易度が高いドラゴンとして名高い。
滅多に見ることのできないので、ヨハンも間近で目にするのは初めてだ。
迫力があるのはそうだが、美しさのほうが勝っている。氷雪の世界に映えるというのは想像できるほどに。
ヨハンがスノーホワイトドラゴンを眺めていれば、こほんとセルフィに咳ばらいをされてしまった。用があったのを忘れていたと彼女の後ろについていく。
近寄ってくるヨハンに気づいてか、ジークフリートが驚いたふうな反応を見せた。
それから周囲にいる召喚士予備生たちに目を向ける。彼らは無言で頷きながら小さく指をさしてきた。
(なんだろう、この雰囲気……)
重いというほどではないけれど、何故か緊張した雰囲気が漂っているのだ。召喚士や予備生たちの視線が痛い。
知らぬ間に自分はやってしまったのかもしれない。なんだろうと内心、焦りながらヨハンはセルフィに「用ってなんでしょうか?」と問う。
「アナタ、昨日は何をしていましたの?」
「え? 買い物をしてましたけど……」
「それだけかしら?」
「うーんと、特におかしなことはしてないですよ?」
昨日は買い物をして兄と再会したぐらいで特におかしなことはしていない。兄がやってきたことに驚きはしたけれど、悪い事をしたわけではなかった。
なので、おかしなことはしていないと答えたのだが、セルフィの眉を寄せる顔に彼女が怒っているのを感じ取る。
一部の予備生の視線はリューリアへと向いている。これは嘘をついているかの確認をされているのだ。見つめられているリューリアは彼らの視線を無視ていた。
「何もなかったことはないでしょう?」
「そのー、何が言いたいんですかね?」
話が全く読めない。ヨハンは素直に質問してみることにした。すると、二人の予備生である女性が「わたしたち、見たんです」と一歩、前に出る。
「あなたがカフェで男性に抱き着かれているのを」
「…………」
兄だ、兄と会っている場面を見られてしまっていた。ここで見間違いではなんて言おうものなら、余計に怪しく映ってしまう。
これは兄の持ってきた家族問題を白状するしかないのか。ヨハンが頭を悩ませていれば、黙ってることに不信感を抱かれたようで、もう一人の予備生が「まさかとは思いますが……」と口を開く。
「浮気ではないですよね?」
「え? 浮気?」
「だってジークフリート様のお嫁さんですよね、アナタは」
「あの人、かなり格好よかったし……」
数秒の間、ヨハンは全てを理解した。この場にいる人たちは全員、勘違いをしていることに。
(兄が浮気相手だと思われてるっ!)
嫁になったつもりはまだないのだけれど、召喚士たちの間ではそういう立ち位置だ。加えて、兄と似ていないのが仇となって浮気相手と勘違いされている。
他の予備生が「言い寄られているだけですよね?」と不安げに問いかけてくるあたり、兄は〝しつこく言い寄ってくる男〟という認識もあるみたいだ。
いけない、これは訂正しないと駄目だ。兄の名誉のためにも、不安を抱いている彼らのためにも。ヨハンが違いますよと言おうとして、ジークフリートと目が合った。
視線が泳ぎ、落ち着きのないジークフリートの明らかな動揺した姿に、ヨハンは彼もまた勘違いをしているのだと察する。
まずい、急いで誤解を解かねば。ヨハンは「皆さん、落ち着いてください」と言って、事情を話そうとした時だった。
「ヨハンー!」
「おにーちゃーん」
背後から大声で呼ばれて振り返れば、兄であるジャックがアリィーを抱きかかえて勢いよく走ってきた。
何事だとヨハンがびっくりしていると二人の後ろから召喚士予備生たちが走ってきているのが見える。
どうやら、ジャックは彼らに置いかけられていたようだ。アリィーは何故、ここにいるのは分からないけれど。
ジャックはヨハンの背後に隠れ、片手でアリィーを抱きかかえるともう片方の手で抱き着いてくる。
「あいつらどうにかしてくれ!」
「何があったんですか!」
「あのねー、しょうかんしのお兄ちゃんたちが、ジャックお兄ちゃんを追いかけたんだよー」
ジャックの代わりにアリィーが答える。時を戻して少し前、アリィーは一人外で遊んでいたのだが、家の傍にある裏道の宿屋の傍で項垂れているジャックを見かけた。
綺麗なお兄ちゃんがいるなと眺めていたら、ジャックが「ヨハンに愚痴りたい」とヨハンの名前を呟いたのを耳にしたのだ。
ヨハンお兄ちゃんに用事があるのかと声をかけたところ、便利屋に行ったがいなかったらしい。
アリィーは「ジークフリートのおじさんのところに行ったのかも」と、ジャックに訓練場のことを話した。
案内するよとアリィーが話していたところに、召喚士予備生たちがやってきて、「連れてくぞ!」という言葉にジャックが逃げ出したのだという。
「なんで、アリィーまで連れてきたんですか」
「いやだって、幼い子を放置はできないだろ!」
「絵面が悪すぎるんですよ!」
傍から見れば子供を攫っている男性を召喚士予備生たちが追いかけている図にしかみないでしょう。
ヨハンの突っ込みにジャックは「オレは悪くない!」と主張しながらアリィーを下ろした。
「この男ですよ! 言い寄ってたのは!」
カフェで見かけたと言った予備生がジャックを指さす。言い寄っていたと言われて、ジャックが「はぁ?」と首を傾げた。
そうなる反応は分かる。兄弟に言い寄るなんて、ジャックからしたら考えられないのだから。何がどうなってるんだと見つめてくる彼にヨハンが「勘違いをされてまして……」と事情を話す。
「貴方が私に言い寄っていると」
「待って、お前どうしてそうなるんだよ?」
「ヨハンお兄ちゃんがジークフリートおじさんのお嫁さんだから?」
アリィーの言葉にジャックが「はぁ!」と大きな声を上げた。耳元でやめてほしい、頭に響いた。
ヨハンは「なったというか、認定されたというか」と、説明に困る。
その反応がまた周囲を勘違いさせて、「もしや」とざわつく。それから、ジャックに向かって文句が飛んできた。
いけない、訂正しなくては。ヨハンが経緯を話そうとすると、今度はジャックが「お前、恋人できてたのかよぉぉ」と嘆き始めた。
「お前、恋人できてるとかよぉぉ。オレなんていないのにさぁぁぁあ」
「やっぱり、言い寄って……」
「だーーっ! 余計に勘違いさせることを言わないでください、ジャック〝兄様〟!」
それはもう悔しいといったふうのジャックの態度にヨハンは頭をひっぱたく。その瞬間だ、あれだけ騒がしかった周囲が静かになった。
ジャック〝兄様〟と、召喚士予備生たちが顔を見合わせる。ヨハンはこほんと咳ばらいをして、「紹介します」とジャックを指さした。
「この格好いい顔と言動が一致していない人は私の兄です」
「はぁぁぁぁぁあああっ!」
召喚士予備生たちが一斉に声を上げた。




