第22話:突然の来訪者
初夏を迎える頃、王都は賑わう。建国記念日の月に入ると毎日が祭りとなって、当日まで盛り上がる。
広場には出店が立ち、様々な催しが開催されて、より多くの人々で賑わっている中をヨハンは通り抜けていく。
少しばかり暑さを感じる陽ざしを浴びて汗を拭う。食材の入った紙袋を抱きかかえてヨハンは歩いていた。
「お昼はジークフリートさん、パレードの練習でいないから要らないって言ってたたし……。適当に済ませようかな」
建国記念日ではパレードが行われるのが毎年恒例の催しだ。騎士たちが国王陛下たちの乗るパレード車と共に練り歩き、音楽隊の演奏が響き渡る。
召喚士たちが思い思いの召喚獣を引き連れて芸を見せ、上空でドラゴンの飛行演舞が繰り広げられる一大イベント。
ジークフリートは認められた召喚士として、パレードに参加しなくてはならなかった。王国勤務でなくともいいが、認められた者として活躍を見せなさいということらしい。
彼は性に合わないと言ってはいたけれど、面倒くさがらずに演習に参加している。
(ちゃんと認められた召喚士っていう自覚はあるんだよね、多分)
名高い召喚士を売りにすることなく、実力を見せびらかすわけでもないから凄さは伝わりにくいけれど。おごり高ぶらないところはジークフリートの良さだ。
嫌味がないというのも慕われる理由の一つに挙げられる。ただ、控えめすぎると召喚士予備生にはよく言われているみたいだ。
言いたくなる気持ちは分からなくないなとヨハンは思う。
(今日も頑張ってるんだろうなぁ)
ここ最近、頑張っている姿に好きなものでも作ってあげようとヨハンは今日の夕食の献立を決めた。
美味しいのを作るぞとやる気を出して、ちょっと恥ずかしくなる。これではお嫁さんみたいではないかと頭に過って。
(嫌な気はしないんだよな、でも)
嫌な気はしない。しないけれど、上手く言葉にできなかった。こう、ふわふわした気持ちが心の中にあるのだ。
(あの時の感覚って……)
一緒に寝たあの日、眠りに落ちる間際の感覚はなんだろうか。心地良くて、温かくて、安心できる。あれは――
「幸せ……?」
ぽつりと呟いてヨハンははっとする。あれ、どうして幸せだと感じたのだ。あぁ、分からなくなってきた。
ヨハンはむむっと眉を寄せてから帰ってきからまた気持ちを整理しようと、考えるのを止めた。
パレードが終わるまでは便利屋の仕事はお休みだ。暫くゆっくりとできるからとヨハンは路地に入って、足を止めた。店兼住居の扉の前に誰かが立っていたのだ。
客だろうかとヨハンは早足で近寄って「えっ!」と思わず声を上げてしまう。
「ジャック兄様!」
ヨハンの声にジャックと呼ばれた青年が振り返った。
きちんとセットされた短い白髪が良く似合う端正な顔立ちに、背丈が高く細身ながらに体格の良い立ち姿は間違いない。兄であるジャックだ。
紺を基調した旅服を着こなす兄、ジャックはヨハンを見て「やっと見つけた!」と駈け寄ってきた。ヨハンの肩を掴んで、「お前なぁ!」と身体を揺さぶる。
「お前が家を出てからオレの心労が凄いんだぞ!」
「え、えっと?」
家を出たとはいえ、父から許可を貰っている。手紙は出しているし、跡継ぎを放棄したのだから問題ないはずでは。
ヨハンの疑問にジャックは「オレだって継ぎたくない!」と声を上げた。
「跡継ぎとか面倒くさすぎるだろ! オレだって自由に生きたいわ!」
「ジャック兄様は何かしたい事があるんですか?」
「……国立図書館の魔道司書官になりたい」
王都にある国一番の図書館は世界各地の本を保存・管理している。
中でも魔導書の類は魔導司書官でなければ扱う事ができず、図書館司書の中でもトップクラスの存在だ。
確かに兄は魔術を中心に学び、書籍にまつわる知識をつけていた。なるほどとジャックの言動に合点がいった。
「ジャック兄様も私とアラン兄様に跡継ぎ押し付けるつもりでしたね?」
「そうだよ! てか、オレも下りるって言ったのに、父上は許してくれねぇの!」
次男のアランは自分が跡を継ぐと言っている。継ぐ気はないジャックやヨハンにとってはありがたい申し出だ。だというのに、父はジャックだけは許してくれなかった。
自分の時は問題なく見送ってくれたのに何故だろう。ヨハンの疑問にジャックは「父上はオレに継いでほしいんだよ」と深い溜息を吐き出す。
父は元々、ジャックに跡を継いでほしかったようだ。けれど、次男であるアランは自分が継ぐと主張しているので、跡継ぎ問題が起こってしまっている。
ジャックはアランに譲る気だが、父が「話し合うべきだ」と言って聞いてはくれない。
「話し合うとか言ってるくせに、まだ指名はしないだなんて言って話を長引かせるんだぜ? アランはオレに八つ当たりしてくるし、オレを支持する執事たちにいろいろ言われるし……」
「それでジャック兄様、まさかとは思いますが……」
「家出してきた」
てへっとジャックは似合わない可愛いポーズをとった。てへっではない、てへっでは。とんでもないことをしでかしているのだ、ジャックは。
「侯爵家の跡継ぎ候補が家出なんてしたら、騒ぎになるでしょうが!」
曲がりなりにも侯爵家だ。跡継ぎ候補が突然、姿を消せば誘拐ないし、犯罪に巻き込まれた可能性を疑われる。警察隊が出動して騒ぎになるのは間違いない。
馬鹿ですかとヨハンが叱れば、ジャックは「そこは問題ない」と胸を張った。置手紙はしたからと大丈夫だと、自信満々に。
「オレもヨハンと同じように自由に生きる。跡継ぎはアランに任せるので探さないでください。ってな」
「それで納得できるわけないって分からないんですか!」
無理矢理、書かされた。何か訳があるかもしれない。そうやって考えて事を大きくされる場合もあるのだ。
出て行くならば、父と面と向かって話し、許可を取らなければ意味がない。
ヨハンに叱られたジャックは「だってぇ」といじける。どうせ、許可が下りないなら強硬手段を選ぶしかないじゃないかと。
これは駄目だ。ヨハンは頭が痛くなった、ここまで考え無しだったとは思わなくて。家は騒ぎになっているだろうし、兄の置手紙を信じたならば父は怒っているはずだ。
「これからどうするかなんて、考えてなかったんでしょ」
「うん。だから、手紙を頼りに此処まで来た」
父に出した手紙をジャックはこっそり抜いて、此処まで来たと知ってヨハンは呆れる。それに気づいた父が行動しないわけがないのだから。
「うぅ……ヨハン」
「分かったので、場所を移しましょう」
此処で相談することではないとヨハンは近くのカフェに移動する提案をした。便利屋の店舗もよかったが、家族問題にジークフリートを巻き込みたくはない。
ヨハンの気持ちにはジャックはわかったと頷く。ヨハンは荷物を店舗の書物机の上に置いて、カフェへとジャックを連れて行った。




