第20話:怖いんだから、教えておいてくださいよ!
訂正。大丈夫じゃないです。ヨハンは目の前に広がる景色に逃げなかったことを少しばかり後悔した。
夜も更けた頃、王都の裏にある共同墓地にやってきたのだが雰囲気が重い。墓石が規則正しく並び、綺麗に管理されているはずだというのに薄気味悪い印象だ。
墓場というのがそういったふうに捉えてしまう原因か、ヨハンは既に帰りたかった。
それでもここまで来たのだから逃げるわけにはいかない。弱気になりそうな心に喝を入れながらジークフリートの隣を歩く。
先導しているハウジルの傍でイザベルがランプ片手に道を照らす。
王都と違って街灯はなく、先が暗い。月明かりで辛うじて見えるが、それでも足元には注意していないと転びそうになる。
暫く歩いていくと人の声が耳に入った。ぎゃあぎゃあと騒がしい、若い声音が静かだった墓地に響く。ゆっくりと近寄ってみれば、ランプではない明かりの元で酒盛りをしている三人の若い青年がいた。
かなり酒が入っているのか、顔が真っ赤に染まっている。ぎゃはぎゃはと大きい声で喋っている内容は下品なモノだ。思わず顔をしかめてしまうほどに酷い。
「こら、此処は共同墓地だぞ」
騒ぐ若い青年たちに恐れることなく、ジークフリートが声をかける。すると、一人の青年が「うるせぇなぁ」と舌打ちをして振り返った。
釣られるように二人もこちらを見て、うげぇと一人が呻く。
「誰だ、おっさん」
「誰がおっさんだ。まだ二十代だぞ」
「じ、ジークフリート様……」
うげぇと呻いた青年がジークフリートの名前を口にして、絡んできた青年が「はぁ?」と呆けた声を上げた。
もう一人の口数の少ない青年は視線を逸らしているので彼を知っているようだ。
ジークフリートが墓地で酒盛りなどするものではないと注意する。焚火なんて以ての外だと。けれど、絡んできた青年が突っかかってきた。
「何が迷惑だって? だーれもいねぇじゃん!」
「わしがおるわ! あと、お前たちは騒ぐだけ騒いで片付けもせんだろ!」
墓地を散らかして誰が掃除すると思っているんだ。迷惑にもほどがあるとハウジルが怒鳴れば、「じいさんが片付けるならいいじゃん」と悪びれる様子を微塵も感じない態度を見せる。
イザベルが「幽霊に憑りつかれても知らへんよ」と言ってみるが、「怖くねぇし」と一蹴されてしまう。
「何が幽霊だよ。一度も視たこともないぜ? いないいない」
そんな子供だましで怖がるかよと絡んできた青年が鼻で笑った。これはなかなかに苛つかせる相手だ。
どうやって二度とやらせないようにできるのか、ヨハンには思い浮かばない。どうしようとジークフリートを見遣れば、彼は「あれぇ」と今、気づいたなと露骨な態度をみせた。
「そこの二人、お前は召喚士予備生だな」
「え、いや……」
「なんのことで……」
「少年、リューリア」
何が言いたいのか察したヨハンは、猫の大きさになったリューリアを抱きかかえて二人の前に出した。
「リューリアは妖精種の召喚獣です。妖精種は嘘を嫌い、判断する能力があります。お二人は召喚士予備生じゃないんですよね?」
にっこりとヨハンが笑って見せれば、二人は何も言い返せず。すみませんでしたと認めざるおえなかった。
召喚士予備生が迷惑行為をしていいのかしらとイザベルがさらに追い打ちをかける。これって上司さんに報告するべきよねぇと。
「ま、待ってください! ハンメルン上官に報告はしないでください!」
「もうしないんで! お願いします!」
「召喚士予備生が迷惑行為なんてしたら罰則モノだからな。報告はされたくないよなぁ」
うんうんとジークフリートは二人の心境に分かるよと頷く。見逃してくれるのか、二人の表情は緩んで――現実を突きつける。
「ハンメルンにはよろしく伝えといてやる。一度、しっかり怒られてこい」
「そ、そんなぁ」
見逃したらまたやりかねない。しっかりと叱られて罰を受けないと身に沁みないだろうとジークフリートに諭される。
二人はがっくりと肩を落とすも、絡んできた青年は「オレは知らねぇし」と反省を見せない。
そうだ、この青年には通用しないのか。ヨハンはどうしようと考えようとして、空気が変わったのを感じた。
寒い、凍えるほどではないけれど、肌寒い。急激な温度の変化に周囲を見渡して、目を見開く。
青年の後ろから〝何か〟が這ってきている。薄汚れた白い服を着た〝何か〟が、ずりずりと地面に身体を擦りつけながら。
髪は長いがざんばらで、ボロボロの両手で前へ前へと進む。それがゆっくりとゆっくりと立ち上がった。
「そうやの……。可哀そうになぁ」
「はぁ? 何がだよ!」
「ここでもう二度としませんって言ってくれれば、助けられたのに……」
イザベルの憐れみになんだと食ってかかろうとする青年に、ヨハンは無言で背後を指さした。
「なんだよ、後ろになにが……」
ざんばらの髪の隙間から真っ白な肌が見える。目の部分は真っ黒な空洞で、歯抜けた口が耳元まで割けた女が笑っていた。
「は、はっははははははははははははははははははははははははははははは」
甲高い笑い声が響いた。それは女の口からのはずなのに、周囲からも重なって聞こえてくる。明らかに一人の笑い声ではない異常さに、言葉が出ない。
女はかたかた揺れながら笑っている。ゆっくりと青年に近寄りながら。
「あ、あぁ、わぁぁぁぁぁぁあああっ!」
一人の召喚士予備生の青年が駆け出したのを皮切りに、二人の青年は逃げ出した。時折、転げながら情けなく。
けらけら笑う女は青年が逃げて行った方向を見て、にぃっと口角を上げ――消える。
途端にしんっと静まり返った。あたかも何もなかったかのように。異様さにヨハンは声が出ず、ジークフリートの腕にしがみつく。
「可哀そうやねぇ……。何日で泣きついてくるやろか」
「二日が限界だろ」
「馬鹿な事をするからこうなる」
三人は落ち着いた様子でこうなることが分かっていたふうに話している。いや、幽霊が怒っているとは聞いていたけど、こういうことなのか。
ヨハンは青年がどうなるのか想像して、ひぃっと小さく鳴いた。
「少年、痛い痛い。腕に抱き着くのは嬉しいが、力を緩めてくれ」
「い、いやいやいや! なんですか、あれ!」
あんな幽霊、物語の中でしか見ませんよ。ヨハンの突っ込みにハウジルが「怨霊じゃ」と冷静に返す。
恨み辛みが深すぎた人間のなれの果て。怨霊はすぐには冥府に帰ることはできない、未練があまりにも強すぎるゆえに。
時間をかけて落ち着かせていくしか方法がないのだと教えてくれた。
何もしなければ、危害を加えることはないけれど、今回のように死者を冒涜するような行為をやられ続ければ、牙をむく。
「今日がタイムリミットじゃったんだ。仕方ない、イザベルちゃん頼んだよ」
「イザベルさん、祓えるんですか?」
こういうのは教会の人たちがやってくれるのでは。ヨハンの疑問に「教会だと高くつくのよ」とイザベルが答える。
自業自得で幽霊に憑かれてしまった場合、教会で長い説教を受け、ブラックリストに名前を載せられ、通常の二倍の料金を支払うことになる。
名前がリストに乗れば、「くだらない悪事をした馬鹿」と影で笑われてしまうらしい。
本職は薬師だがイザベルは幽霊を祓いなだめることができる数少ない人材らしく、王都に住んでいるならば知っているとのこと。
ヨハンには教えていなかったわねとイザベルが「ごめんなさいねぇ」と謝る。こうなる可能性があったから、うちが同行したのよと眉を下げた。
「幽霊怖いって聞いたから、大丈夫かしらぁとは思ったんやけど……」
「教えてくれてもよくないですか!」
「教えたらもっと怖がらせてしまうかなぁって」
まだ出るとは決まってなかったから。無意味に怖がらせては可哀そうだと三人なりの優しさだった。
でも、その優しさが時として、不意打ちになることもあるわけで。
「知らない方がもっと怖いですよ!」
ぎゅうぎゅうとジークフリートの腕に抱き着く。それはもう力強いものだから、ジークフリートが呻いていた。
「少年。もういないから安心していい」
「もう帰っていいってことですよね! 帰りましょう!」
「あんだけ怖い目に遭えば、騒ぐこともねぇな」
ハウジルはそう言って「お疲れさん」と依頼料をジークフリートとイザベルに渡す。
礼を言いながらハウジルは笑っているが、ヨハンはそんな場合ではなかった。早く、早くこの場から離れたてしょうがない。
これで仕事は終わったはずだとヨハンが「早く帰りましょう!」と腕を引っ張って、ジークフリートを引きずるように共同墓地から離れた。




