第19話:誰にだって苦手なものはある
空が茜色へと変わる。日がゆっくりと沈み、柔らかな陽ざしが消えていく。ランプの明かりが灯って室内を淡く照らす。
野菜の煮込まれた匂いが満たすキッチンでヨハンは夕食を作っていた。
牛乳を注いでとろみがつくまで煮込んだシチューを皿に盛りつけてテーブルに置く。たまごサラダに焼き立てのパンを添えて完成した夕食にヨハンは「よし」とエプロンを外した。
ジークフリートは今日も本を読んでいる。部屋を片付けた際に懐かしい本がたくさん出てきたこともあって暫く読むものに困らないらしい。
ヨハンが前に座れば彼は本を閉じてテーブルに置く。
(一度、言ったことは守ってくれるんですよねぇ)
前に一度、言った〝食べる時は本を読まないでください〟をジークフリートは守ってくれている。
本を汚したらせっかく見つけたというのに勿体ないからというのもあるが、せっかく一緒に食事をするのだから会話をしたい。
(あと、行儀が悪いっていうのもある)
実家でやろうものなら父に叱られるだろうな。ヨハンは想像できてしまって苦笑してしまう。そういえば、兄たちは元気にしているだろうか。なんて考えつつサラダを食べる。
(父から許可とった上で家を出ているわけだし、手紙も出して安否確認はできているはず。まぁ、大丈夫でしょ)
その辺りはちゃんとしたから問題はないはずだ。ヨハンは何かあったら連絡がくるだろうと特に気にしないことにした。
「相変わらず、美味い」
「シチューは簡単ですよ、意外と」
「お前、料理できない奴に簡単なんて言うもんじゃなぁないぞ」
料理できない相手からすれば、野菜を煮込むところからつまづくのだ。味付けなど難解なんてものじゃない。塩と砂糖を間違えるのが料理できない人間だ。
力説してくるジークフリートにヨハンはなるほどと納得する。料理できない人間からしたら、まず調味料がどれなのかも判断できないのだ。
それでは味付けなんて無理なわけで、加減なども分からないのは想像ができる。
だから、美味しく作れるのは凄いことだ。ジークフリートはそう言って美味いとシチューを食べ進める。
美味しいと言ってくれるので、ヨハンは彼に料理を作るのが苦ではない。
明日は何を作ろうかなとヨハンがいくつかの料理で悩んでいると、ジークフリートに「あぁそうだった」と声をかけられる。
「もう少ししたら客が来る」
「そうなんですか?」
「イザベルは知っているだろ。今朝、早くにやってきたんだ」
少年が朝食の準備をしている時に俺が対応した。依頼内容はイザベルが来てから教えると言われて、ヨハンは夜じゃないとできないことなのだろうかと疑問を抱く。
朝に来たのなら朝食を食べ終わってからでもできるはずだ。溜まっていた依頼もなかったのだから。
ヨハンの疑問を察してか、ジークフリートが「夜にしかできないことでなぁ」と面倒げに話す。
「面倒くさいことで?」
「まー、面倒くさい部類には入る。あぁ、心配はするな。俺とイザベルたちがいるから問題はない」
危険は殆どないはずだと教えてくれたけれど、自分で対応できるのか少しばかり不安になる。
とはいえ、便利屋の仕事なので頑張ってやるしかない。弱気になるなと心中でヨハンは喝を入れた。
*
「おまたせぇ。夜にごめんなさいねぇ」
夕食を終えて暫し休息していた頃にイザベルはやってきた。もうすっかりと日が沈み、月が昇っている。
店舗の書物机の椅子に座っていたジークフリートが「問題はない」と立ち上がった。
綺麗に整頓された本棚に床が見えるほど掃除がされた店舗を見てイザベルは「あらまぁ」と頬に手を添える。
「こない綺麗になってぇ。良いお嫁さんを貰ったわねぇ」
「もう、私は嫁認定なんですか!」
「そやね。常連の間ではそうなってはるわ」
外堀を埋められている気がする。ヨハンは周辺を囲い込まれている感覚に陥った。いろいろと突っ込みたいが今は依頼が先だ。
ヨハンは「依頼ってなんですか?」とイザベルに聞けば、「もう少し待ってねぇ」と扉へ目を向けた。
カランと扉につけられた鈴が鳴る。店に入ってきたのは年老けた男だった。
小柄ではあるけれど足腰がしっかりしている白髪交じりの老人の男は、小綺麗な黒いローブを身に纏っている。
「遅れてすまん。この子が嫁さんか」
「えっと、ヨハンです」
「わしはハウジルだ。墓守をやっておる」
王都の裏側にある共同墓地を管理しているとハウジルは自己紹介をしてくれた。
墓守の彼が来たということは墓地に関係することだろうと予想ができる。ヨハンの顔が少しばかりひきつった。
「依頼は簡単だ。夜に墓地で騒ぐ馬鹿者が追ってな。注意してほしいんじゃ」
夜になると墓地で騒ぐ若者がいるらしく、ごみを散らかしていくとのこと。一人なら相手はできるが、複数人となると自分だけでは対処が難しい。
教会の奴らは役に立たんし、憲兵も墓地まで見回りに来ないとハウジルは不満を吐き出す。
「あの馬鹿者ぐらいならジークフリートでも問題ないはずだ」
「できれば穏便に解決したいけどな」
召喚獣は脅しに使うものじゃないから。ジークフリートはできれば話し合いで解決したいと溜息を吐き出す。その様子から無理な事も想定しているのが窺えた。
夜に騒ぐのならば、その時間帯に墓地に行かなくてはいかない。それはその通りなのだが、ヨハンは嫌だった。
「ヨハンはん、どないしたん?」
「え、いや……」
イザベルが心配げに話しかけてくるも、ヨハンは言葉に詰まってしまった。何かあるのはそれだけで伝わってしまう。
ジークフリートにも「何かあったのか」と問いかけられてしまった。
「……その、墓地って……〝安全〟ですかね?」
「あん? 魔物は出やしないさ。魔物避けがあるからな」
「あ、それなら……」
「ただ、幽霊は出るぞ」
現世に未練があって冥府に行けない魂というのはいる。定期的に教会の人間が魂送りをしてくれるけれど、集まってくるので視える時はあると、当たり前な現象であるふうにハウジルは話す。
すっとヨハンは息を飲み込んで黙る。数秒の沈黙、先に口を開いたのはジークフリートだった。
「少年、幽霊が苦手か」
幽霊が苦手かの問いにヨハンは頷いた。苦手なんてものではない、怖い。ヨハンは怖いものが苦手だった。
幽霊もそうだが、怖い話やホラー演劇などは読めない聞けない観れないほどに。
怖いのだ、とにかく。どこがなんて聞くな、全部が怖いんだ。兄に馬鹿にされた記憶が過るも、ヨハンはぐっと堪える。
「あらぁ。怖いんならしかたありまへんなぁ……ヨハンはんはやめとく?」
「だ、大丈夫です!」
「ほんと、大丈夫かぁ? ここ最近、馬鹿者たちが騒いでるから、幽霊も不満が溜まってるぞ、ありゃあ」
ちょっと怖い事を言わないでほしい。幽霊に襲われるかもしれないってことですか、怖すぎますよ。ヨハンは弱気になりそうになった。
それでも便利屋として働いている身だ。幽霊が怖いは逃げていい理由にはならないし、しては駄目だとヨハンは「大丈夫です」ともう一度、言った。
「少年、無理はしなくていいぞ」
「問題ないです! 迷惑はかけませんから!」
一緒に行きます。意思を曲げないヨハンにジークフリートは「何かあったら遠慮なく言っていいからな」と同行を許してくれた。




