第18話:眠れぬ夜に
カーテンの隙間から月明かりが零れ、簡素な室内を淡く照らす。夜も更けた頃、ヨハンはベッドに寝そべってぼんやりとしていた。
そろそろ寝るべきなのだが、なかなか寝付けなくて。枕元では猫ほどの大きさのリューリアが丸まって爆睡している。
(はっきりしない、か……)
セルフィに言われた言葉を思い出す。世話を焼いているだけでも、周囲から見ればそれ以上に見られることもある。分かっているつもりではあるが、人によって捉え方が違うのだと実感した。
「嫁って言われて嫌な気がしたかというと……してないんだよなぁ……」
嫁という自覚はない。そもそも、ジークフリートとそういった関係ではないのだから、自覚も何もないのだが。
ハンメルンが言うにはジークフリートの好みのタイプではあるらしい。本人も否定していないので本当のことだろう。
「好みのタイプだから雇ったってわけではないんだよね。召喚士としてちゃんと見てくれているし」
リューリアとの信頼関係を観察し、ヨハンの言動も見極めている。自分がどういった存在かを知ったうえでの態度というのもあの時に見ているのだ、ジークフリートは。
上級種のドラゴンと契約させる時も実力があると判断して任せてくれた。自分の契約している召喚獣を預けるのだって、召喚士としての技量がなくてはならない。
「と、いうか。あの人が私を好きかどうかは聞いてないんですよね」
好みのタイプだとか、嫁だとか。否定はしないけれど好きだという直接的な言葉を聞いたことがないので、実際のところはどうなのか判断できなかった。
「名前でも呼んでくれないし」
雇われてからだいぶ経つがジークフリートは「少年」と呼ぶ。ヨハンの名前を呼んでくれないのが不思議だった。
他人行儀ってわけではなくて、どちらかというとあだ名みたいなニュアンスで「少年」と呼んでくる。もしかしたら、呼びやすいからかもしれないなとヨハンは思う。
「呼びやすいなら……仕方ないか。でも、名前で呼んでみてほしいかも……って、何を言ってるんだ自分は」
意識しているみたいじゃないか。いや、違う、違ってはいないのだが。ヨハンは「あぁぁ」と頭を抱えて枕に顔を埋めた。
これもあれも全部、ハンメルンが悪いのだ。好みのタイプだとか、手放したら駄目だとか、そんなことを聞かされたら意識してしまう。
「まぁ、そのさぁ。だらしない人だけど、性格は明るいし、優しいよ? ぱっと見、気難しそうな顔の良い男性って感じなのに、話したらぜんっぜん違うし。子供っぽい一面とかたまに出してギャップあるけどさぁ」
世の女性なら好きになる要素はいくつか入っているのではないだろうか。男のヨハンですらちょっと惹かれているのだから。
「あぁぁ、どうしろっていうんだよぉぉ」
「うにゃああああ!」
「いてっ! ごめんってリューリア!」
思わず声を上げたヨハンに起こされたリューリアが怒ってべしべしと頭を叩く。爪は立てていないが容赦なく叩くので地味に痛い。
リューリアは睡眠を邪魔されるのが嫌いだ。ぐっすりと眠っている時に起こされようものなら怒る。信頼している存在であって手が出るほどに。
よしよしと撫でながらあやすこと数分。なんとかリューリアをなだめて寝かしつけることに成功したヨハンはほっと息を吐く。
「ホットミルクでも飲んで落ち着こうかな」
一旦、落ち着くのも大事だ。ヨハンはリューリアを起こさないようにそっとベッドから下りて部屋を出た。
キッチンへと向かおうとして立ち止まる。奥の部屋から明かりが零れているのが見えて。
(ジークフリートさん起きてるんだ)
結構、夜も更けてるけれど。ヨハンは暫し考えてから奥の部屋の扉を開けた。夜空と変わらぬ星々の輝きが天井を満たす。
いつ見ても綺麗だなとヨハンは見上げていれば、「どうした」とジークフリートに声をかけられる。彼は読んでいただろう本を書物机の上に置いてヨハンと視線を合わせた。
「眠れないのか? 怖い夢でも見たか、少年」
「誰のせいでしょうかねー?」
子供扱いに少しむっとして言い返してみれば、ジークフリートが目を瞬かせてから顎に手をやって「俺か?」と首を傾げてみせる。
「ハンメルンに言われた事を気にしているのか? それともセルフィの言動か?」
「どっちもですね」
「あー、悪かった。ただ、ハンメルンに悪気はないんだ」
あいつは予備生からの後輩で慕ってくれているんだ。ジークフリートはハンメルンの事を話す、あいつは心配性でなと。
生活能力皆無でだらしないせいでなかなか良い人が見つからず、縁談が来ても断り続けて一人で便利屋を続けている。
顔を合わせるたびにちゃんとしろと叱られていたとジークフリートは頬を掻く。
ヨハンを雇った、それも実力がある召喚士と知っては放ってはおけない。この人を逃したら次はないと余計な口出しをしてしまったのだ、ハンメルンは。
「ちょっと暴走しがちなのが良くないな。悪かった」
「まぁ、驚きましたけどー……」
そこもなのだが、他にも気になるわけで。ヨハンがどう聞こうかと言葉を迷わせていれば、ジークフリートに「彼女の事か?」とセルフィの組手も気にしているのかと問われる。
彼女の〝はっきりしない〟というセリフを気にしているのは事実だが、それが聞きたいわけではなくて、ヨハンは「それはまぁ」と返事を返す。
「なんだ、はっきりしないな」
「しょ、しょうがないじゃないですか! 好みのタイプだとか言われたら、その……き、気になるでしょ!」
「男に言われてもか?」
落ち着いたジークフリートの問いにヨハンは一瞬、言葉に詰まる。同性に好みのタイプだと言われても気になるものなのか、意識することか。
「気になったから寝付けないんですけどっ」
気になったからこうして眠れないのだ。同性とか関係ないとヨハンは答える。少しばかり顔に熱が集まっている気がしなくもないが、知らぬふりをしてジークフリートを見た。
彼はゆっくりと目を細めて口元を手で押さえてから手招きをする。なんだろうとヨハンが近寄れば、膝の上に座らされた。
「まー、好みのタイプかっつーと、そうなんだが」
「その〝だが〟ってなんですか」
膝の上に座らせといて今更、なんですか。じとりとヨハンが見つめれば、ジークフリートはあーっとぼやきながら頭を掻く。
「好みのタイプです」
「そうはっきり言えばいいでしょうに」
恥ずかしいのかもしれないけれど、ヨハンは「はっきりしているほうが良いです」と言った。変に隠されるよりは気持ちが楽だと。
「言っておくが好みのタイプだから雇ったわけじゃないからな」
「それは伝わってますので」
「おまけが好みのタイプだっただけだ」
「おまけ言うな」
変な意味のおまけじゃないと言い足すジークフリートに、そうじゃなかったら怒りますよとヨハンはジト目で彼を見遣る。
嫁を否定しなかったのは悪かったと思っているとジークフリートは謝った。ただ、嫁みたいだと感じていたのは事実だと認める。
「世話を焼いてくれる嫁さんがほしいと男なら誰だって思うだろー」
「分かったので抱きつくのやめてくれませんかねっ!」
ぬわぁんと抱き着くジークフリートの腕をべしべしとヨハンは叩く。ほんとに見た目とのギャップがある人だなとヨハンは彼の言動に思う。
「とは言いますけど、私の名前で呼んでくれませんよね?」
「……それはだな。ほら、愛称だ」
「その間はなんですか、その間は」
名前の事を話題に出せば、ジークフリートは「愛称だよ、少年」と笑う。誤魔化しているのは見て取れるのだが、話してくれそうにない雰囲気を感じた。
(愛称っていうのは本当だと思うけど、何か隠しているような……)
誤魔化しているということは隠していることがあるはずだ。様子を見るに悪い事ではなさそうだったので、ヨハンは深く問うことを今はやめた。
「いつかちゃんと呼んでくださいよ」
「……そうだな」
いつか、いつかな。ジークフリートが少しばかり動揺していた。珍しいものが見れたのではとヨハンは彼を観察する。
視線は合わず、口元を手で隠されているがこれは間違いない。分かりやすいにもほどがあると突っ込みたくなるほどだ。
(名前を呼ぶだけでそんなに動揺することかなぁ?)
彼の中で何か意味があるのだろうか。ヨハンはうーんと考えるも答えは出なくて。
「……ホットミルクでも飲みます?」
もう夜もだいぶ更けてきましたし。ヨハンの提案にジークフリートは頷いた。




