第16話:売り言葉に買い言葉
修練場では訓練に励む召喚士予備生の姿があった。召喚獣を召喚して組手をさせたり、召喚や帰還の練習をしている。彼らの姿にアリィーたちが「すごーい」と声を上げていた。
あの後、ジークフリートが根負けして便利屋の依頼という体で召喚士予備生を指導することになったのだ。
本人は何とも悔しげにしているのだが、無理難題な依頼以外は受けるという信念は曲げられないらしい。
アリィーたちの面倒はヨハンが見ようと思ったのだが、三人に「訓練がどんなものか見てみたい!」と目を輝かせてお願いをされてしまったので、一緒に連れてきている。
離れた場所で見学していれば問題はないだろうと、ハンメルンからも許可が下りたのだ。
ジークフリートがやってきたというだけで予備生たちが集まってきた。取り囲まれる彼を遠目にヨハンは「あれは暫く帰してもらえないだろうな」と心中で同情する。
(憧れの存在が教えてくれるってなったら嬉しいもんなぁ)
気持ちはわかる、自分でもそうなる。ヨハンは予備生たちを眺めた。皆、きらきらして見えて眩しい。
「ほら、さっさと訓練しろ! 指導できねぇだろうが!」
耐えかねたジークフリートが声を上げれば、予備生は我先にと自分が指導されるんだと訓練を始める。憧れの存在が指導してくれるとなって真剣な表情だ。
「いつもこうならいいのですけどねぇ」
そんな彼らの様子にハンメルンが溜息を零す。察するにいつもはこんなに真剣ではないということだ。彼も苦労しているのだなとヨハンは「お疲れ様です」と声をかける。
「別に手抜きをしているというわけではないのですけどね。あれほどまでに真剣な顔はしてません」
「憧れの存在ですもんね、ジークフリートさんは」
「数少ない認められた召喚士ですからね。でも、彼はそれを表に出そうとはしない」
上級種のドラゴンや妖精種を操る姿というのは勇ましい。戦場に立てば、前を切り開くことさえできる。
けれど、その才をひけらかすことも、自慢することもしない。
国王の勧誘すら断って便利屋などいった召喚士のすることではない職について、気ままに暮らしているのだから実力を疑われることがあるほどだ。
それも、年に一度の建国記念日のパレードで疑いが晴れるとのこと。
「上級ドラゴンの飛行演舞を見たら誰も文句言えないさ」
「それは……凄そう」
「あれを見て召喚士を目指す人はいるからね」
召喚士を目指すというのは険しい道だ。簡単になれる職業ではなく、魔導士のほうがまだ楽だとも言われているほどに厳しい。それはヨハンも痛いほど身に染みていた。
両親に「召喚士は難しい」と諭されたことだってある。それでも、リューリアと共に召喚士としてやっていきたいと思って頑張ってきたことを思い出した。
「君はこっちで働こうとは思わなかったのかい?」
「うーん、王国勤務は激務そうだったので」
「それ、ジークフリート様も言ってたよ」
王国勤務は休みがまともにないから嫌だと。同じことを言うんだねとハンメルンはくすりと笑う。
なんだろう、ちょっと恥ずかしくなる。ヨハンは誤魔化すように俯いた。
「ちょっと、そこのアナタ!」
それはもう大きな声でヨハンは呼ばれた。なんだと顔を上げれば、スタイルの良い女性が仁王立ちしているではないか。
薄紫の長い髪を流し、整った容姿を際立たせる切れ長な眼は鋭い。
白を基調とした金の縁取りが目立つ魔導士服をぴっしりと着こなす彼女はヨハンにずんずんと近寄って指をさした。
「アナタがジークフリート様の嫁を名乗る方かしら?」
「名乗ってはないですが!」
「嘘をおっしゃい! 皆さん言ってますわよ!」
そうやって誤魔化すなんて失礼ですわ。女性は眉を寄せながら腕を組んだ。
いや、自分から名乗ったことはない。と、ヨハンは反論したかったが、彼女はその隙を与えてはくれなかった。
「どうやって近寄ったのか知らないですけれど、わたくしは認めない! 勝負しなさい!」
「はぁ?」
勝負とは。ヨハンが困惑していれば、ハンメルンが「こら、セルフィ」と彼女を叱る。
勝手な事をしないようにと。セルフィと呼ばれた女性はハンメルンの言葉など無視して話を進める。
「召喚士なのでしょう? なら、組手で勝負よ!」
まともに戦うことができないのならば、召喚士としては失格だもの。セルフィの言葉に実力があるか見せろという意味かとヨハンは察する。
(嫁かどうか置いておくとして、傍にいる以上は実力を知りたがる人は出てくるよね)
尊敬する存在の相方がどんな人間なのか、知りたくなる気持ちは分からなくもない。嫁なんて言われているなら尚更だ。とはいえ、勝負を受けるのも違う。
ジークフリートの意見無しにやるのは如何なものか。ヨハンの指摘に「わたくしはアナタに聞いているの!」と答えになっていない言葉で返される。
「どうせ、大したことないのでしょう。そうやって逃げるってことは」
「それだけで大したことないだなんて言われたくないですね」
確かに従業員として雇われた時はこんな簡単に決めていいのかとは思った。
けれど、ジークフリートはリューリアが妖精種であること、信頼関係が築き上げられていると判断したからだ。
上級種のドラゴンの契約の時だって、実力は申し分ないから任されたのだから、そこを疑われるのはジークフリートにも失礼なことである。
だから、ヨハンは「悪く言うなら私だけにしてくださいよ」と言い返した。
「上級種のドラゴン一匹と契約できたからって、それだけでしょ。契約できたって使役できなかったら実力とは言わないのよ!」
「そういう貴女は自信があるみたいですね?」
「はーあ? 口だけって言いたいの? そんなわけないでしょう!」
他の召喚士と一緒にしないでほしい。セルフィは胸を張って自信満々に言う。余程、自分の実力に自信があるのか、強気な姿勢を崩すことはなく、むしろ態度が大きくなる一方だ。
それでもこれに乗ってはいけないとヨハンの中の冷静さが制止する。ジークフリートに迷惑はかけたくはない――
「はー、こんな可愛らしい顔だけの男に負ける気はしないわね。〝その可愛らしい顔で誘惑しただけの男には〟」
「はぁー? 可愛らしい顔に男女は関係ないでしょ!」
ヨハンの中で何かが切れた。別に可愛らしい顔をしていないとは言わないし、否定もしない。けれど、それだけの男と決めつけられるのは違う。
「誘惑なんてしてないですけど? なんですか、妬みですか? 八つ当たりでもしたいんですか?」
「妬みですって! わたくしは実力を証明してほしいだけですけど?」
妬みや八つ当たりといった醜い感情ではないわとセルフィは言い返してくる。それにヨハンはそう言うしかないですよねと煽り返す。
「そういうことにしときたいですよねぇ。負けた時の言い訳にもなりますし」
「言い訳なんてするわけないでしょ! いいから勝負しないさい! 可愛い顔だけの男!」
「いいですよ、やってやりますよ!」
売り言葉に買い言葉、ヨハンはセルフィと勝負をすることになった。止めるに止められなかったハンメルンが「これ、おれが怒られるんだろうな……」と呟く声がする。
「お兄ちゃんバトルするの? がんばってー」
「負けるな、お兄ちゃん!」
「がんばって!」
ヨハンとセルフィの攻防など子供たちには分からない。勝負するんだと応援している姿にハンメルンが諦めた顔をしたのが見えたが、ヨハンは気にせずにロッドを構えた。




