第15話:き、聞き間違いじゃないな!?
昼下がりの城下町は賑わっている。広場では大道芸が繰り広げられ人を引き寄せて、ブティックを覗く淑女に、カフェを楽しむ若者たち。その中をヨハンは子供たちと共に散歩をする。
リードを付けられたチャーチグリムは大人しく犬のふりをしてくれていた。アリィーは楽しいのか、きゃっきゃとはしゃいでいる。
ラッシュとリードの取り合いをするほどに。二人よりお姉さんのミリアが止めに入るけれど、二人は譲らない。
順番にやろうねとヨハンに言われて、交代でリードを持って散歩する子供たちは傍で見ると可愛らしい。これはちょっとした癒しになる。
商店街の方へと入っていくとさらに人で溢れていた。歩くことはできるけれど、動物の散歩には適さない。
ヨハンが「ここはやめておこうね」とアリィーたちに声をかける。
「人が多いから迷惑をかけてしまうかもしれないから」
「はーい」
「じゃあ、お城に向かう道にしよう!」
あっちは人通り多くないはずとラッシュの提案にアリィーが「そうしよう!」と、チャーチグリムを引っ張っていく。
王城通りと称されるその道はそれほど人通りは多くない。けれど、手前までしか市民は行くことができないようになっている。用がない者を王城に入れるわけにはいかないからだ。
(まぁ、手前までなら大丈夫でしょ)
ヨハンはそう思ってアリィーたちを追いかけるが、後ろを着いてきていたジークフリートが何とも嫌そうにしているのが見えた。
王城付近なので王国勤務の召喚士に会う可能性があるからだ、きっと。此処で働きましょうと勧誘されることもあれば、見習いたちから話を聞かせてほしいと迫られることもある。
(あの時もなかなか、帰してくれませんでしたもんね……)
先日のラッシュを父の元に帰した時の事をヨハンは思い出して苦笑する。夜になるまで解放してくれないとは誰が想像できただろうか。
ジークフリートの心境など子供たちには関係がない。元気よく走っていくので、もう行くしかなかった。
王城通りは一本道だ。広場から真っ直ぐに結ぶ道に障害物は一切、ない。色とりどりの花々が植えられている。
レンガの敷かれた道をアリィーが歌い、ラッシュがリードを引いて、ミリアが手を繋ぎながら歩いていく。
三人の隣にヨハンが着いて話を聞いていれば、「あれ」と声がした。なんだろうと視線を向ければ、白を基調とした魔導士服を着こなす青年が駆け寄ってくる。
「ジークフリート様じゃないですかー」
「うげぇ」
「そのうげぇってやめてくれませんか、ジークフリート様」
嫌がらないでくださいよと笑う彼にヨハンは見覚えがあった。確か、召喚されたドラゴンから召喚士予備生を守っていた人だ。
短い金髪をさらりと流す爽やかな青年は「この前はありがとうございます」と微笑む。
「あの時はお二人が居て助かりました。今年の予備生は行動力はあるのですが……」
「実力が伴ってないんだろ。予備生の時はそんなもんだ、気にする必要はない。ハンメルンは考えすぎなんだよ」
どうせ、自分の教え方が悪いとか悩んでいるんだろ。ジークフリートの指摘にハンメルンと呼ばれた青年は「わかりますか」と、困ったふうにしながら頭を掻いた。
「おれの教え方はどうも小難しいみたいで……。ジークフリート様ならきっともっとわかりやすく教えてくれるのではと」
「面倒くさい」
「無理そう」
「おい、少年。今、なんて言った?」
ぼそりと呟いた言葉を聞かれていた。ヨハンはしまったと口元を抑えながら視線を逸らす。
いや、普段からだらしなくて、自分がドラゴンと契約する時もアドバイスが適当だったのだ。
分かりやすくできるイメージが湧かないから仕方ないじゃないか、とヨハンは思いつつも黙る。
ヨハンの態度に「俺だって多少はできるぞ」とジークフリートが口を尖らせる。
やればできるんだと主張しているが、できなかったらそれはそれで国王に認められた召喚士としてどうなのだ案件では。
なんていう言葉をヨハンは飲み込んで「そうですよね」と頷いておいた。
「いやぁ、ジークフリート様のお嫁さんは手厳しいですね」
「手厳しいってもんじゃあない。部屋の掃除に容赦がなかったからな」
「待て待て待て! 誰が嫁さんだって?」
勝手に話を進めるなとヨハンは止めに入る。いつから嫁になったという問いにハンメルンは「あの時からですが」と不思議そうな顔をして答えた。
あの夜まで拘束された日から召喚士だけでなく、兵士の間でもジークフリートに嫁ができたということになっているらしい。
可愛らしい少年を娶ったとして広まっていると教えられて、ヨハンは頭を抱えた。
世話を焼いていただけなんだけどとか、そもそも男とか、そういったものは置いておくとしてだ。国王に認められた召喚士の伴侶扱いはどう考えてもよくないのでは。
ジークフリートに憧れを抱いていた召喚士は多いはずだ。現にあの時も目を輝かせて話を聞こうとしていたのだから。
そんな憧れの存在が侯爵家とはいえ、ぽっと出の男に取られるというのは不満を抱かれかねない。
「いや、そもそも私は嫁になったつもりは、ない!」
まず、そこなのだ。嫁になったつもりはなくて、ただの従業員なわけで。ジークフリートが勝手に嫁さんみたいと言っているだけだった。
そこが勘違いされた元ではないかとヨハンがジークフリートに詰め寄れば、「いや、嫁さんっぽいし」と悪びれる様子はなくて、頭が痛む。
「嫌いですか?」
「え、いや、そういうわけじゃ、なくて……」
一連のヨハンの言動にハンメルンが寂しそうな、残念そうな表情をしながら問う。
なんだ、その顔はとか突っ込みたいことはあったけれど、嫌いかどうかと問われると、「好きな部類ですけど」という回答になる。
世話のかかるだらしない人だとは思っているが、性格は明るいし、誰に対しても優しく、仕事はちゃんとこなす。
顔の良い大人な男性というイメージに反して、子供っぽい一面もあってギャップが良い。
世話がかかるけれど、嫌いな要素ではない。だからといって、嫁になるというのは違う気がする。ヨハンは「好きにもいろいろとあると思うんですよ」と答えた。
「好きではあるんですか?」
「分類するならそうですね」
「その言い方は俺が悲しくなるからやめてくれないか、少年」
嫌いと言われるよりも地味にくるとへこむジークフリートに、ヨハンは慌てて「好きは好きですから!」と付け加える。嫁となると違うのではってだけだと。
ヨハンの反応にハンメルンが「ふむ」と顎に手をやる。それからジークフリートに「ちゃんとしないと」駄目ですよと言った。
「アナタ好みの方なんですから、ここで逃したら暫く縁はないです」
「断言すんな、あと人の好みをバラすな」
「召喚士の才能と顔だけが良い、生活能力皆無な男ですからね。男女関係なく残念要素ですよ」
はっきりと「世話を焼いてくれる人間なんて早々いませんからね」と言い切られて、ジークフリートは黙ってしまう。
ハンメルンはまだまだ駄目なところを喋っているが、ヨハンはそれどころではなかった。彼は今、なんと言っただろうか。
(好みの方って言った? 聞き間違い……ではないなっ!)
ジークフリートは人の好みをバラすなとも言っている。全く否定をしていないじゃないか、この人。
道端で心構え無しに聞かされる身にもなってくれとヨハンは心中で焦っていた。
顔には出さないようにしているのは、アリィーたちに心配かけないためだ。三人は「おじさんとお兄ちゃんは仲いいもんね」とにこにこしている。
ここで不安を抱かせてしまうような行動はしたくなかった。
「こんな可愛らしく世話を焼いてくれる才能ある召喚士なんて、今後やってくることは無いに等しいですよ、ジークフリート様!」
「確かにそうなんだが、そこまで言う事ないだろー」
「おじさんたちー、お兄ちゃんの顔が真っ赤だよー?」
もう駄目だった。焦りだとか、恥ずかしさだとかで、顔に熱が集まってくる。
ミリアに「大丈夫?」と心配されてしまうし、アリィーとラッシュには熱があると勘違いされて病院に行こうと腕を引っ張られてしまった。
いくら、通りに人がいないとはいえ、これは動揺する。ヨハンはジークフリートから視線を逸らして「大丈夫ですから」とアリィーたちに声をかけた。
「ちょっと動揺していただけだから、大丈夫。風邪とかじゃないよ」
「そうなのー?」
「ジークフリート様」
「それ以上は言うな、会話してくれなくなったらどうしてくれるんだ」
話ができなくなっては仕事に影響を及ぼしてしまう。意思疎通ができなくては依頼など受けることはできない。
ジークフリートに冷静に指摘されて、ハンメルンは確かにと納得する。
「では、話を戻して……。予備生の指導なんですが」
「面倒くさい」
「そう言わずに。依頼ならば、やってくれるのですよね? 便利屋さん」
にこりと笑みを浮かべるハンメルンに、ジークフリートはそれはもう嫌そうな顔で返す。こういう時に便利屋を使いやがってといったふうに。
二人の攻防にそれどころではないヨハンはただただ、気持ちを落ち着かせることに必死だった。




