第13話:動揺と困惑しかないんですけど、この状況!
夜、湯浴みから上がったヨハンは自室に戻ろうと二階の廊下を歩いていた足を止めた。奥の部屋の扉が開いていてランプの光が漏れているのが見えたのだ。
ジークフリートが何かしているのかな。ヨハンは奥の部屋が何なのか知らないことにふと気づく。
自分の部屋はジークフリートがここにしろっと言ってきたところを使っているので、他がどうなっているのか把握してしなかった。
(三階は物置とジークフリートさんの部屋だけなんだよなぁ)
二階はキッチンと食卓・ヨハンの部屋以外にもう一室ある。
今まで触れてこなかった場所なのだから無視することもできるのだが、夜にジークフリートが一人で何をしているのかというのは気になった。
挨拶がてら覗いてみよう。ヨハンは軽い気持ちで奥の部屋の扉に手をかける。そっと開けて室内を確認して、目を瞬かせる。
部屋は綺麗だった。本棚と書物机しかない室内で簡素だものだ。けれど、天井に星空が浮かんでいた。本物の星のようにきらめいていて、何故ここに星空がと疑問符が浮かぶ。
(これ、魔術、かな?)
召喚士もそれなりに魔術は使えるけれど、星空を映し出すものなど聞いたことがなかった。
「気になるなら入ってこい、少年」
呼びかけられてはっと顔を上げれば、本を片手に書物机の椅子に座っていたジークフリートと目が合った。彼は片眼鏡を外して机に置くと手招きをする。
恐る恐るといったふうにヨハンが室内へと入れば、ジークフリートは読んでいた本を閉じて言った。
「綺麗だろ」
「え? まぁ……」
書物机の上に置かれたランプよりも明るく感じるほどに星が瞬いている。きらきらと。
綺麗だとヨハンも思った。けれど、どうしてこんな部屋があるのだろうかという疑問の方が大きかたので、「何の部屋ですか?」と聞いてみる。
ジークフリートは「趣味部屋だな」と軽い口調で答えてくれた。
「星空というのは気持ちを落ち着かせてくれる。ゆったりとくつろげるから薄暗い小さなランプ一つで本を読むのに丁度いいんだ」
「此処にある本はお気に入りってことですかね?」
「そうなるな」
此処にいると嫌な事を忘れて読書に浸れるとジークフリートは話す。寝つきの悪い日などは此処で眠気がくるまで読書をしている。
目が疲れたりしないのだろうかとヨハンは思うけれど、そんな様子はないので彼なりのリラックス方法なようだ。
(確かにこの星空は見ていて飽きないなぁ)
夜空と変わらぬ星の輝きにゆったりと気持ちが落ち着いていく。不思議な感覚をヨハンは見上げながら抱く。
「少し休んでいくか?」
「いいですか?」
「構わないさ。ほら」
ジークフリートに手を引かれてヨハンはぽすんと彼の膝の上に座った。えっと、状況を理解できずに固まるヨハンだが、彼は気にせずぽんぽんと頭を撫でてくる。
子供をあやしているみたいだなといった感想が浮かぶも、嫌な気はしなくて。天井を満たす星々を眺める。暫く会話はない、だからといって気まずくもなく、心地よい。
「星座とかってわかります?」
「知らんな」
「そういうのには興味ない感じですか」
「そうだな。星空が好きってだけだ」
星座の話をできたならもっと楽しめるのだろうけれど、ただ眺めているだけで満足だ。ジークフリートの言い分も分からなくはなかった。
(眺めているだけでもこれだけ穏やかにいられるなら、それだけで良いよね)
これどうやって映し出しているのかな。ヨハンが聞こうと顔を上げれば、ジークフリートと目が合った。彼の胸に頭を預ける形で。
(あれ、距離が近い)
いや待ってほしい。膝の上に座らなくてもいいのでは。何故、星空ではなくこちらを見ているのだ。ヨハンは今更、気づく。
近い、凄く距離が近い。頭は撫でてくるし、視線は逸らしてくれないし。考えれば考えるほどに動揺してしまう。
「どうした、少年」
「い、いや……どうやって映し出してるのかなぁって……」
必死に心情を悟られないように本来、聞こうとしていた質問をヨハンする。動揺が隠しきれていない気がしなくもないが、取り繕うことをすれば余計に怪しまれてしまうはずだ。
ヨハンの問いにジークフリートは「あー、魔術の一つだな」と部屋の中心に置かれている水晶を指さした。
「あれに星空を記憶させているんだ。そういった魔術があるんだが、魔導士は殆ど使わないな」
「用途が少ないからですかね?」
「そうなんだよ。ただ、星空を記憶させるだけだからな。喜ぶのは子供ぐらいだろ」
ロマンチストな人間ならばムード作りに使うことがあるかもしれないが、役に立つかと問われるとそうではない。
ただの玩具の類に入るから使う魔導士は殆どいないとなる。
たまに市場で子供の玩具として売られているのを見かけるぐらいらしい。これはジークフリート自身が作ったようで、制作自体はそれほど難しくないようだ。
こういった魔術もあるのだなとヨハンが視線を天井へと向ければ、頭を撫でる手が止まった。
腕が腰に巻かれてジークフリートの頭が首元に寄りかかる。えっとヨハンが固まれば、彼は「あー」と抜けた声を上げる。
「抱き枕に丁度よさげだな、ほんと」
「だ、誰が抱き枕じゃい!」
「いや、ほんと、抱き心地が良い」
絶対に爆睡できる自信がある。断言するジークフリートに、自信を持つなとヨハンは突っ込んだ。動揺した気持ちを返してほしいと言いそうになる気持ちを堪えながら。
このまま寝れると抱き着くジークフリートに「おいこら」とべしべし頭を叩くヨハンだが、離れてくれる気配はない。
(なんだんだ、この人は!)
言動が全く読めない。しまいには抱き着く腕に力が入って抜け出せなくなってしまう。何がしたいんだとヨハンは動揺と困惑で焦ってしまった。




