第12話:てへっ、じゃない。威力の話もしていない
グリフォンの飛行能力は優秀で指示通りに飛び、思った以上の速さだった。これならばすぐに着くだろうなとヨハンは空を見上げる。
よく晴れており雲がゆっくりと流れていく景色というのは長閑なものだった。
風を切って飛ぶグリフォンは牛を掴んでいるというのに疲れた様子を見せない。
体力があるようで元気よく鳴くほどだ。ヨハンは鳴くグリフォンを落ち着かせながら手綱を引く。
そうやって暫く飛ぶと村が見えてきたので、ジークフリートが少し離れた場所へとおりると指示を出した。
彼に着いていくように地面に牛を置いて降り立つと、グリフォンがじぃっと見つめている。
牛はその瞳が怖いのか固まって動かなくなってしまったので、「退散させてください」とヨハンはジークフリートに声を掛ける。
「牛が怖がって動きません」
「まー、掴まれて飛んだしなぁ。牛からすれば恐怖体験だよな」
「そりゃあ、そうでしょう。それに睨まれてますし」
「いや、睨んでるんじゃなくて、『食べていい?』って聞いてるんだよ」
「いい訳ないでしょうが」
ヨハンの的確な突っ込みにジークフリートは笑いながら、「だよなー」と言ってグリフォンを退散させる。
このまま此処に置いておくということができなくもないが、他の人間に見つかって何をされるかもわからないので元の場所に帰しておいたのだ。
グリフォンがいなくなったことで牛は安堵したのか動き始めたので、ヨハンたちは村へと配達しにいくことにした。
そこそこ家が密集している村ではあるが、商店などもあって人の出入りというのは多かった。そんな村に牛を連れて言われた場所へと向かうと少しばかり老けた男が家から出てくる。
牛を見ると「それ、アンバッタからか」と質問してきたので、「そうです」とヨハンが返せば老けた男の表情がなんとも安心したふうに変わる。
「いやぁ、なかなか注文した牛が届かねぇから不安だったんだ。やっときたか」
老けた男は注文主だと名乗り、それは依頼主から聞いていた名前と同じだったので彼に牛を引き渡せばいいのかとヨハンは牛を連れていく。
牛の状態を見て問題ないと判断したのか、老けた男は「助かったよ」とヨハンの肩を叩いた。
「うちはこの村の肉屋だからね。品物なけりゃあ、困るから」
「あぁ、そうだったんですね。届けられてよかったです」
「あんた、あの牧場の従業員かね?」
「いえ、牧場主から依頼された便利屋です」
「便利屋か! へー、何でもしてくれるんか」
ヨハンから便利屋の話を聞いて老けた男は興味津々といったふうに聞いている。説明するのは面倒だけれどこれも依頼を増やすためとヨハンは「何かあればご依頼ください」と営業しておく。
その愛想の振りまき方にジークフリートの笑う声がしたけれど、ヨハンは無視して老けた男の話を聞く。
仕事がなければ稼げないのだから営業をするのは当然なのだ。
「なぁ、便利屋って聞いたんだけど」
老けた男と話していると農作業していたばかりといった青年が声をかけてきた。泥で汚れた作業着を軽くはたきながら青年は「今って依頼を頼める?」と問う。
「大丈夫だぞ。何かあったのか?」
「それがさぁ。山からイノシシがおりてきて作物を荒らすんだよ」
青年が言うにはここ最近、山から降りてきたイノシシが売り物の作物を食い荒らして困っているのだという。
番犬を飼ってはいるけれど効果はないのだとか。このまま荒らされては困るのでどうにかできないだろうかというものだった。
ジークフリートが「あー、なら狩るか」と青年に提案する。イノシシを狩れば被害は少なくなるだろうと。
他に仲間がいたとしても狩られるのを見れば警戒するのではないかと考えたようだ。
その提案に青年が「なら今すぐ頼む」と依頼してきたので、ヨハンたちは彼の農地へと案内してもらうことにした。
季節の野菜が生き生きと育っている中を歩くとなんとも無残に荒らされている場所へと出る。
それは林に近いほうにあったので、侵入経路はそこだろうというのは目に見えて分かることだ。
ジークフリートは周囲に青年以外がいないことを確認してから詠唱をするとグリフォンを一体、召喚した。それはヨハンが使役した個体だ。
「グリフォンで狩りをするのですか?」
「グリフォンの狩猟本能は猟犬を超えるぞ。あと、こっちのほうが動物を怖がらせるのにもってこいだろ」
「理由はわかりましたけど、依頼主が驚いていますからね?」
ヨハンはそう言って自分の後ろに隠れる青年を指さす。彼は驚きと恐怖から固まりながらグリフォンを凝視していた。
そんな青年を他所に「すぐ終わるから」とジークフリートはグリフォンに指示を出す。
グリフォンは一鳴きすると林の中へと入っていった。これで大丈夫なのだろうかとヨハンが思っていれば――
「ギュォォォォォ!」
悲痛な動物の鳴き声が響いた。それはもう大きな叫びで何かに襲われているというのが察せられる。ざわざわと林の奥が騒がしくなり、小動物が飛び出しては逃げていく。
それが数分間、続くとぴたりと静かになった。
のっしのっしと林からグリフォンが出てきたかとおもうとその嘴にはイノシシが咥えられている。そのままグリフォンはジークフリートの元へと嬉しそうに駆け寄ってきた。
だばだばとイノシシから血が滴り落ちているのも気にすることなく、グリフォンは「捕まえた!」と嬉しそうにしている。
獲物をジークフリートに見せながら首を振っている様子は褒めてくれと言っているかのようだった。
「おー、よくやったよくやった」
ジークフリートが褒めながら頭を撫でてやれば喜んでいるのか翼を大きく広げている。
なんとも人懐っこいグリフォンだなとヨハンが眺めていれば、ジークフリートが「このイノシシはいらんだろ?」と青年に聞いていた。
青年はグリフォンの様子に呆気にとられながらも「いらない」と答えたので、ジークフリートが「いいぞ」とグリフォンに声を掛ける。
するとグリフォンは「ギュアアア!」と鳴いてからイノシシに食らいついた。
その様子は惨い、の一言だ。腸を抉り出しながら嘴で突き、貪る。皮を剥ぎ、ぐちゃぐちゃにしながら食す姿というのは惨い。飛び散る肉片に血がその残虐さを強めた。
「惨い」
「いやー、こいつ食べるの下手でなぁ」
「そういう問題じゃあない」
「食べるの下手だし、人懐っこくて構ってやらないと不貞腐れるしさー」
「それ知ってて私に譲ろうとしましたね?」
「てへっ」
「〝てへっ〟で済まさない」
じろりとヨハンが見遣ればジークフリートは「大丈夫だって! 性格は良い子だから!」と笑っている。
そういう問題じゃあないと突っ込んでも聞いてはくれそうにないので、ヨハンは溜息を吐くことで堪えることにする。
「俺の〝てへっ〟よりも、少年の〝てへっ〟のほうが威力はあるか」
「威力ってなんですか、威力って。そういうのは可愛い女性がやってこそでしょう」
「少年も大概だぞ」
「女顔って言いたいんですか?」
ヨハンがこのやろうとロッドで足を叩けば、ジークフリートは「褒めてるんだって!」と言ってくる。可愛いと言われて喜ぶ男性は少ないのではないか。ヨハンは突っ込むのも疲れてしまった。
他愛のない会話をしていた脇で青年はグリフォンの捕食を眺めている。その後、貴重な経験ができたと何故か依頼料に色を付けてくれたのだった。




