第10話:これが世話焼きと言われるのだろうな
王城の裏は兵士たちの訓練場となっている。此処で召喚士予備生も講習を受けているのだとジークフリートは教えてくれた。
だだっ広く塀に囲まれている場所は訓練しやすそうではあった。
その訓練場の中心で問題は起こっていた。真っ赤な鱗を持った竜が翼を広げて威嚇していたのだ。大きさはそれほどないが、人間よりも遥かに大きいことは変わらない。
先端が鋭い刃のようになった尻尾を地面に叩きつけて怒っているようにも見える竜は少し離れた先にいる召喚士たちを睨んでいた。
「あー、レッドシーフドラゴンかー。中級種だな」
「あれ、契約できてませんね」
「予備生には無理だろ」
中級種の魔物を召喚獣として契約するには経験を積まねばならない。力を示せなければ中級種の魔物は契約どころか見向きもされず、むしろ怒らせてしまうことになる。
今がそれである。近くにいた召喚士がジークフリートに気づいてか、「ジークフリート様!」と助けを求めていた。彼は予備生を守るので精一杯のようだ。
ジークフリートは面倒くさげに頭を掻くと、レッドシーフドラゴンを指差した。
「少年よ」
「なんですか」
「お前、あれと契約しろ。退散やら撃退よりもそっちのほうが簡単だ」
退散させるには相手を落ち着かせる必要がある、撃退は倒さねばならないのでさらに労力がかかる。
契約ならば相手に力を示せばいいのでまだ楽な方だとジークフリートは話す。
どれも労力かかるでしょうよとヨハンは突っ込みたかった。
けれど、呼び出しておいて撃退されるのも追い払われるのも、ドラゴンの立場で考えると理不尽だろうと思い、止めておいた。
「なんで、私なんですか。ジークフリートさんでもいいでしょう」
「俺、ドラゴンは上級種と契約してるからもういらねぇんだわ」
今更、中級種と契約する必要がないのだとジークフリートに言われ、だからといって私にとヨハンは見遣る。
「お前には丁度いい。リューリアと契約できてるんだから問題ない」
「リューリアは妖精種ですが……」
リューリアは妖精種だ。妖精はドラゴンと同じく契約する難易度が高いのでそんなリューリアを召喚獣としているならば問題ないとジークフリートは判断したらしい。
とはいえ、ドラゴンとの契約は初めてのことなのでヨハンは少しばかり不安があった。
それを察してか、「なんかあれば俺がやる」と言われて仕方ないと、ヨハンは召喚士予備生を威嚇して動かないドラゴンの元へと歩んだ。
ドラゴンがヨハンに気づき睨むつける。翼を広げて威嚇してくるのを見てヨハンはロッドを向ける。詠唱を始めるとドラゴンは目を開いて雄たけびを上げた。
先端の鋭い尻尾が振り回されてヨハンを襲う。ヨハンはそれを避けて後ろへと飛ぶと小さく息を吐いた。
「普通には契約させてくれませんか……じゃあ」
ヨハンは「リューリア!」と叫ぶと肩に乗っていたリューリアは飛び降りて前に立つ。ロッドを向けるとリューリアは遠吠えをした。
きらきらとリューリアの身体が煌めき姿を変えていく。レッドシーフドラゴンよりは小型であるが、それでも人よりも大きくなったリューリアの背には真っ白な翼が生えていた。
リューリアはレッドシーフドラゴンを睨み一声上げると飛んだ。ドラゴンが動くよりも早く動き頭にしがみつくと首根に噛みつく。
鋭い牙が突き刺さり、ドラゴンは痛みに苦しむように鳴きながら首を振った。
ヨハンは詠唱を再開する紡がれていく言の葉にレッドシーフドラゴンが鳴けば、リューリアは頭から離れてドラゴンの上空を飛び回り始めた。
リューリアが飛べば、きらきらと煌めく光がドラゴンに降り注ぐ。
降り注がれた光を浴びてレッドシーフドラゴンはだんだんと落ち着きを取り戻し、広げていた翼を畳むとヨハンへと目を向けた。
「我が名はヨハン・ヴァルフガング。我と共に在り、我と共に進め」
ヨハンがそう声を張るとレッドシーフドラゴンは大きく鳴いた――それは契約が成立した証。
不可思議な文様がレッドシーフドラゴンの頭に一瞬、浮かび上がり消える。詠唱が終わりを告げると地面に魔法陣が現れてぱっと弾けた。
「おいで」
ヨハンが両手を広げて呼べば、レッドシーフドラゴンは首を向けて近寄ってきた。抱きしめるように頭を撫でてやればなんとも嬉しそうに尻尾を揺らしている。
その様子に近くで全てを見ていた召喚士予備生だけでなく、その講師も目を見開いている。
「やっぱり実力は確かだな」
「これだけで分かるものですかね?」
「俺でも見ればだいだいわかるぞ」
何年召喚士やって認められたと思ってんだとジークフリートは言うも、ヨハンはどうだかといったふうに彼を見た。
そんな視線に「少年は手厳しい」とジークフリートは眉を下げる。
ヨハンは契約ができたのでレッドシーフドラゴンを退散させた。流石にこのままずっと一緒に居ることはできないので、要がある時以外は住処に返ってもらう。
「ジークフリート様、そちらの召喚士はお弟子さんで?」
「いや、少年は弟子っていうよりは嫁さんに近いな」
「誰が嫁ですか、こら!」
げしっとロッドで足を突けば、ジークフリートは「いいじゃないか」と笑った。
信じたらどうするんだとヨハンが召喚士たちへ目を向ければ、なるほどと何故か納得している。
いや待って違うよと慌てて訂正するも、「とても素晴らしい召喚士様なんですよ」と力説されてしまった。
「ジークフリート様は生活能力皆無で有名ですので、貴方のような方がいてくれれば心強く安心できます」
「だからって、嫁とはならないのでは!」
「なら、うちで働かない?」
「待ってくれ、引き抜くな! 誰が俺の世話をするんだ!」
「おいこら、何言ってるんですか。世話するほうの身にもなってください!」
とは言うものの、きっとこの男の生活能力はないままなのだろうとヨハンは分かっていた。
従業員のはずなのだがと思いつつ、住み込みで雇ってもらっているので、これぐらいならやってもいいかとも思ってしまう。
(これが世話焼きって言われるんだろうなぁ)
交流のあった令嬢令息たちの言葉を今、理解した。このまま放っておけるかと問われると、無理だなと結論が出てしまって。
何やら言い合っているジークフリートをヨハンは眺める。とはいえ、もう少しどうにかならないだろうかと考えながら。




