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世話焼き召喚士の便利屋生活  作者: 巴 雪夜
第一章:だらしない系天才召喚士の世話を焼く

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第1話:召喚士の便利屋

 ヒュンフェルは緑豊かな国だ。作物は良く育ち、恵みの雨も太陽も絶えることがなく、周囲の国から羨ましがられるほどで豊穣の国とも称される。


 そんな恵まれたヒュンフェルに領地を持つ侯爵、ヴァルフガング家の三男に生まれたヨハンは召喚士として才能を開花させた。


 幼い頃から勉学に励んでいた甲斐あって召喚士として認められたヨハンは跡継ぎなどに興味がない、全くと言うほどに。



「えーっと、便利屋はと……」



 朝の陽ざしに一つに結われた白金の髪が煌めく。中性的な顔を明るくさせてヨハンは王都の街並みを眺める。


 王都は人の波に押されるほどに人々が溢れていた。市場のほうでは活気づく声が響き、若者が商業街へと騒ぎながら歩いていく。商人たちの荷馬車が通り、憲兵が街を警備している。


 賑わっているなとヨハンがそんな様子を観察していれば、ちらりと通りがかりの人に見られた。



「あれ、目立つかな? それなりに普通の旅人の格好を目指してみたんだけど……」



 黒を基調とした旅服を着こなし、紫の宝石が煌めくロッドを持つ姿というのは普通の旅人には映らないのかもしれない。貴族階級生まれというのはそう簡単には隠せないようだ。



「がうぁ?」


「あぁ、リューリア。もしかしたら、君が珍しかったのかも?」



 真っ白な毛並みの良い兎のように長い耳の小型な獣がヨハンの肩に乗って鳴く。


 リューリアと呼ばれたその獣はヨハンが契約している召喚獣の一種だ。可愛らしい見た目をしているが、召喚獣としてヨハンに指示をされれば姿を変える。



「跡継ぎとか面倒くさかったから召喚士として働くと言って、父から許可をとってから家を出たけども……。噂の召喚士がやってる便利屋ってどこだろう?」



 ヨハンは領地から出て馬車を乗り継いで王都へとやってきていた。跡継ぎ問題が面倒で、全てを兄に任せて家を出たが、全くのノープランというわけではない。


 王都に召喚士がやっている便利屋があるという噂を聞いたのだ。店主が誰かを雇おうか考えているという。


「話に聞いていた場所は……ケーキ屋を曲がって……」



 道を尋ねた門兵に教えてもらったケーキ屋を右に曲がる。その先に裏道へと繋がる通路があった。


 少し薄暗い道を警戒しつつ歩いていくと、突き当りに煉瓦の家が見えた。建物に囲まれてますます暗い場所に三階建てほどの家が建っている。


 この家だろうかと扉を見遣れば、「便利屋」と看板が立っていた。どうやら此処で間違いないらしいので、ヨハンは扉に手をかける。


 カランカランと扉に付けられていた鈴が鳴る。室内は薄暗くしんと静まっていた。暗さに慣れてきた目に映ったのはずらりと並んだ本棚だ。隙間なくぎっしりと本が詰め込まれている。


 床は本棚に収まりきらなかった本が紙屑などと一緒に散乱していて足の踏み場もない。僅かに誰かが通っているだろう獣が通ったような道ができていた。


 その道がなければ人が住んでいるとは思えない。それほどまでに散らかっているわけだが、鍵が開いているということは誰かいるはずだ。


 ヨハンは「誰かいますか」と少しばかり大きな声で呼んでみた。



「なんだ、依頼か」



 暫く待っていれば奥のほうから返事が返ってきた。低い男の声でがさがさと物をどかすような音がしている。


 どかっと何かにぶつかった音と共に室内がぱっと明るくなった。灯火の魔法が発動したようで、天井に吊るされたランプが淡く点灯する。


 明るくなったことによって露わになる酷い部屋の様子に、ヨハンは「散らかりすぎっ」と思わず声を出す。



「なんだ、失礼なやつだな。多少、物が置かれてるだけだ」


「それを散らかっているって言うんですけど」



 奥からやってきた男は心外だなと言ったふうにヨハンを見つめていた。


 肩にかかる黒髪を乱暴に掻きながら、片眼鏡を付けた男は寝起きのようで寝間着が乱れていた。


 端整な顔立ちをしているというのにだらしのない恰好がそれを全て台無しにしている。


 青年から壮年の間といったふうの男はくわっと欠伸をする。なんとも眠そうな彼にヨハンは「貴方が召喚士ですか?」と聞いてみた。



「そうだな。知ってるから来たんだろ、少年」


「あの、私これでも二十歳なんですけど」


「悪い悪い。最近の若い子は容姿だけじゃ見分けられないなぁ。それで、依頼できたのか?」


「依頼ではないのですが、此処って従業員募集していませんか?」



 ヨハンの問いに男は眉を寄せるも、彼の肩に乗っているリューリアを見て察したようだ。ヨハンを見つめながら「働きたいのか」と男は問い返す。



「まぁ、そうですね。家を出たもので」


「家柄は?」


「……ヴァルフガング侯爵家の三男です」


「お前、もっと良いところに就職できるぞ」



 男の言葉はもっともだった。就職するだけならばもっと良いところがあるのだが、ヨハンは家の力は使いたくなかった。


 できるならば、自分自身の力で生活していきたい。と、ヨハンは素直に言ってみた。



「親のすねは齧りたくないじゃないですか」


「まー、気持ちはわからんでもないな」


「それにほら、私も一応は召喚士なので」


「それは見たら分かる。まー……人手は欲しいと思ってたが……」



 がしがしと頭を掻きながら男は暫し考えてから、「お前、何と契約を交わしている」と問う。


 契約している召喚獣を確認したいのだろうとヨハンは「あまり多くは無いですが」と答える。



「妖精種のリューリア以外には獣系の魔物と……ワイバーンとかでしょうか」


「妖精種とワイバーンか……それならまぁ……いいか」



 男はそう呟いて本棚に隠れるように置かれた書物机の上から無造作に羊皮紙を取り出すと、すらすらと何か書く。



「ほら、契約書だ。これにサインしろ」



 渡された紙に書かれた内容を確認すると意外とまともなことが書かれていた。


 その場で書いたにしてはしっかりとしていたのでヨハンは驚く。「雇ってくれるのですね」と聞けば、「まぁ、人手は欲しかったからな」と返された。



「俺一人だと手が足りないとは思っていたんだよ。でも、雇うならそれなりの召喚士がいいからな」



 ワイバーンは中級種の中でも契約しやすいが、妖精種はそうではない。契約できる召喚士は少ないのでそれだけである程度の力があることは分かる。


 男の返答に彼が召喚士であるのは確かなのだと契約書へと再び目を向けて――固まった。



「あの……お名前を聞いても? 私はヨハンです」


「契約書に書いてるだろ。俺の名はジークフリート・アインシュロマンだ」


「……はぁ?」



 ヨハンは思わず声を上げてしまった。召喚士を志している人間ならば知らない者はいない。


 数少ない国王から認められた召喚士の名、ジークフリート・アインシュロマンと彼は名乗ったのだ。


 数々の逸話を持つ召喚士で挙げていったらきりがない。契約書に書かれている名を見て噓だろと再度、確認したわけだが本人であると彼は言っている。


 騙っているのではと疑ってしまうが、そうならばこんなところで便利屋などしないのではないだろうか。


 便利屋で名前を偽る利点が思い浮かばないヨハンの様子に、ジークフリートは「あー、知ってるかぁ」と別段、気にしている様子はなかった。



「まー気にするな、面倒だから」


「なんでこんなところで便利屋なんてやってるんですか!」


「自由だからだが?」



 誰に何を言われることもなく、自由気ままに過ごしていられる。指図をされるわけでも、面倒なことを押し付けられるわけでもない。


 だから、此処に居ると言うジークフリートにヨハンは天才の考えは分からないと思った。


 そんな考えを察してか、ジークフリートは「よく言われる」と笑っていた。彼の考えはさておき、相手が名の知れた召喚士ならば、問題ないだろうとヨハンは契約書にサインをする。


 王都で店を出しているのだから、一応の信用はあるけれど信じられる要素は多ければそれだけ安心できた。



「今日から従業員な。住む場所はあるか?」


「あ、住み込みってできます?」


「部屋なら空いてるから好きに使っていい」



 二階が空いてるなと奥を指さすジークフリートに警戒心というのはないのだろうかと疑問を抱いた。身分は明かしたけれど、嘘をついている可能性もあるのだ。



「警戒とかしないんですか?」



 だから、そう聞いてみたのだがジークフリートは「本当の事しか言ってない相手を疑ったりしないさ」と、契約書を書物机の引き出しにしまいながら答える。



「妖精種は嘘を嫌う。時に誰かを騙すような嘘を彼らは許さない」


「あー……そうでした」



 妖精種は嘘が嫌いだ。綺麗なものを好む妖精種は嘘を汚いと認識する。


 感情を察することができる能力に長けているので、嘘を見破ることもできる彼らを騙すことは難しい。



「まぁ、そんなわけでよろしくな」


「よろしくお願いします。では、まず部屋を掃除していいですか?」



 これはあまりにも酷いので。ヨハンの指摘にジークフリートは「慣れたら平気なもんだぞ」なんて笑う。


 あ、これは面倒なだけだな。瞬時に理解したヨハンはこの人にもやらせようと心に決めた。



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