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日常の終わり

 「おかしいな…」


 明らかに妖怪の数が少ない…


 感知できる範囲にいないとしても、龍脈に近いはずのここだと、少なくとも雑魚くらいはいそうだが…


 突如、肩に重しを乗せられた感覚が走る。


 「龍脈にしては力が暴れすぎてる気がするし、まかな…」


 急いで龍脈に向かう。


 道中では、屍狗しぐの群れが燃え盛かっている。


 不安が確信へと変わる。


 急がねえと。





 「誰だよお前、」


 さっきから聞こえる声に聞く、


 『ハッ、そんな虚勢を張るな。震えてんのがわかってんだよ。そんなことより、もっと楽になれよ。な?』


 嘲笑うように聞き返す。


 体がの自由はきく、だが、異形な形になった右腕の現実を受け入れきれない。


 なにを考えても結論が出せない。


 「一体どうすりゃ、」


 途方に暮れていると、


 「おい、お前。ここでなにがあった。」


 後ろから声をかけられ、驚いて振りかえる。


 そこには、長い棒を担いだ男が佇んでいる。


 人…だよな、


 男は俺をじっと見つめる。


 「おまえ、その腕。」


 男は俺の右腕から視線を外さない。


 「……なるほどな」


 次の瞬間だった。


――ドゴォッッ


 息が潰れた。

 理解する前に、景色が回転する。


 木に叩きつけられ、口の中から血が勝手に吐き出された。


 「は?」


 殴られた?なんで?


 痛みと共に疑問が湧き出る。


 男が近づいてくるのが視界の端でわかった。


 胸の高鳴りが耳の奥まで聞こえる。


 逃げないと。


 しかし、体を起こそうにしても、縫い付けられたように動けない。


 男が目の前までくる。


 無言で棒を振り落とす。


 やばい、


  来る。


 そう思った瞬間、脳裏に――


 あの時の感触が、焼き付くように蘇った。


 真正面から受けたあの一撃。


 空気が潰れ、視界が砕け、

 身体が「吹き飛ばされる」という結果だけを残した、あの重さ。


 ――受け止めるな。


 わかっている。

 わかっているのに。


 身体が、先に動いた。


 思わず、異形の片腕が前に出る。


 しまった、と思った時にはもう遅い。


 ――ドンッ


 衝撃が、腕から肩、背骨へと一直線に突き抜けた。


 「……っ!」


 折られた。


 そう考えてしまえるほどの重い一撃。


 しかし、腕は折れておらず、男の武器を握っていた。


 『おい、お前。やっぱり体よこせ。』


 頭の中で声が聞こえる。


 しかも、先ほどと違い、息が詰まるような重さを感じる。


 は?こんな時になんだよ。


 そんなことを考えていると、突如腕が勝手に動き出す。


 男の武器を引き寄せ、そのまま男ごと地面へと叩きつけようとする。


 が、男は武器から手を離しており、間一髪のところで地面との衝突を避けていた。


 「…どっちだ?」


 迂闊には手を出さないのか?先ほどと違い、構えをとっている。


 「はは、なんだお前。面白いな」


 自分の口から突如吐き出された言葉。


 己の意思とは無関係な一言に、戦慄する。

 再び、右腕の感覚がずれていく。


 自分の意思とは関係なく、腕が動く。

 握っていた武器ごと、男を地面へ叩きつける軌道。


 ――だが。


 叩き落とされたのは、武器だけだった。


 男の姿は、ない。


 「……お、マジか」


 次の瞬間。


 背中に、重い衝撃が走った。


 ――一発。


 遅れて、二発、三発。


 空気ごと殴られる感覚。

 肺の奥から、息が強制的に吐き出される。


 後ろかよ――


 そう思った瞬間、口が勝手に動いた。


 「いいなぁ、お前!」


 声が、笑っている。

 俺のものじゃない。


 腕から、熱が溢れてくる。

 血とは違う、粘ついた力。


 ――さっき、燃え尽きた化け物たちの姿が脳裏をよぎる。


 やばい。

 こいつも、同じ――


 踏み込む気配。


 男が、腰を落としているのが見えた。


 「わりいな」


 その声が聞こえた瞬間。


 世界が、わずかに揺れた。


 違和感を覚えた時には、もう遅い。


 棒が振られたのは、見えた。

 だが――


 「来た」と認識する前に、


 身体が、落ちた。


 ――ドン、じゃない。

 ――ゴン、でもない。


 内側を、叩かれた。


 衝撃が頭蓋の奥で跳ね返り、

 思考が、一瞬で白く塗り潰される。


 「……あ――」


 声にならない音が、喉で途切れた。


 足の感覚が消える。

 地面があるのかどうかも、もうわからない。


 世界が、遠ざかっていく。


 『チッ……惜しかった』


 どこか不満そうな声が、

 やけに遠くで響いた。


 「……まだ生きてるな」


 淡々とした、男の声。


 その言葉を理解する前に、

 視界は、完全に暗転した。

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