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第9話「距離の先にあるもの」

放課後の空。灰色の雲が広がり、いまにも降り出しそうな気配だった。

美琴は校門を出たところで立ち止まり、空を見上げる。頭の中には、この間の契との会話が残っていた。


「……引き寄せられるってことは、“見つけてやれる”ってことでもある」


あの言葉の意味を、まだうまく飲み込めないまま、足だけが家へと向かって歩き出す。


* * *


そのころ、沢桐 海は下校途中の公園で立ち尽くしていた。

人気のないブランコのそばに、あの“白い狐”が静かに座っている。


海は、ようやく自分から近づけるようになっていた。恐怖よりも、再会の温もりが勝っていた。


「……もう、消えないの?」


問いかけるように言うと、白狐はほんの少しだけ尾を振った。


──“俺は,ずっと逃げてへん‥”


言葉にはならない声。けれど心の中にはっきりと響いたその声は、どこか悲しくもあり、懐かしい声。


狐は立ち上がると、すっと小道の方へと歩き出す。海は迷わず後を追った。


* * *


その先には、偶然にも傘を差して歩いていた契と美琴の姿があった。


「……おい。濡れるぞ」


契の声に、狐を追っていた海が立ち止まる。


「あ、あの……」


声をかけた瞬間、契がこちらに目を向けた。


そして海の傍にいる“白狐”の姿を見て、ほんの一瞬だけ目を細める。


「……そいつは、お前を守ってる」


「え……?」


契の言葉に、海は思わず狐を見た。白狐は静かに佇んだまま、何も言わない。


「……ずっと前から、だ。お前が気づかないふりしてただけだ」


その言葉に、海の胸がずきりと痛んだ。

確かに──ずっと、目を逸らしていた。自分が普通の人じゃなくなるのが怖かったから。


「……ありがとう」


ふと、美琴がその場の空気に違和感を覚える。


「……ねえ、今、何かいた?」


「え?」


海が戸惑うと、美琴は契の傘の隙間から遠くを見つめる。


「白……いや、なんだろ……モヤ、みたいな。あそこ」


美琴が指差す先に、確かに“ぼんやりと白く揺れるもの”があった。

だが、それが何なのかは、美琴には見えない。ただ──狐は彼女を一瞬だけ見上げた。


──(……この子にも、いつかちゃんと見える時が来るかもな)



そのまま、3人は偶然にも家の方向が似ていたため、途中まで一緒に歩くことになった。

途中、美琴が何気なく海に声をかける。


「……さっきの、あれ。昔から?」


「……うん。たぶん……物心ついた頃から、ずっと見えてた。でも──見ない様にしていたら、いつのまにか見えなくなって‥でも、最近は昔と同じ様に姿がハッキリ見えるんだ‥」


「そっか……」


美琴は少し笑って、海と並んで歩き出す。契はその横を、静かに歩く。


まだぎこちない。けれど、今日だけは、なんとなく──3人の間に“敵意のない時間”が流れていた。


* * *


夜。沢桐家。


机の上に置かれた、小さな木箱。その中には、“錆びたなんの変哲もない首飾り”が丁寧にしまわれている。

白狐がかつて、海に拾ってきたもの──その意味は、今もよくわからない。


けれど、それだけは捨てられなかった。


(……あの日の気持ち、覚えてるよ)


海は小さく呟いて、そっと蓋を閉じた。


外では、白狐が静かに屋根の上に座り、月を見上げていた。

【第9話 おまけ】


「夜のささやき、白きわがまま」


布団に入って、まどろみの中へ沈もうとしていた沢桐 海は、微かに鼻先をくすぐる匂いに眉をひそめた。


(……なに、この匂い。……って、また?)


目を開けると、部屋の隅にふわりと座る“白い狐”の姿があった。

金色の瞳が、薄暗い部屋の中でやけに光っている。


「……ねぇ、さすがに寝かせてよ。明日も学校なんだけど」


狐はぴくりと耳を動かすと、心に語りかけるように囁いてくる。


『ほな、夜食持ってきてくれたら寝かせたる。油揚げ、カリッカリのな』


「……そんなコンビニ感覚で要求しないでよ……」


『ほな、熱燗あつかんでもええで?』


「いやいや、酒!ぼく未成年!」


狐は不満げに鼻を鳴らすと、ポンと音を立てて足元から煙のように消える──が、布団の中にひょこっと頭だけ入り込んできた。


「わっ……!? ちょ、やめ──くすぐった……!」


『しゃあないな、今日はおとなしく寝たる。けどな……お供え、忘れたら怒るで?でも、キャットフードはやめてぇな?』


海はぐったりしながら、布団をぎゅっと引き寄せた。


「……お願いだから、せめて朝に来て……」


狐は満足そうにくるりと尾を巻き、海の足元で丸くなる。

その姿は、まるで“気まぐれな神さまの使い”そのものだった。


『ふふ……ようやく、昔みたいになってきたな』


そんな声が、夢の境目で微かに響いた気がした。


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