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第2話「転校生・夏目契(なつめ ちぎり)」


1時間目が始まる少し前。

いつもよりも教室が少しざわついていたのは、朝のHRで発表された“転校生”の情報のせいだった。


「今日くるんだって、転校生」

「マジ?男子?女子?」

「男子だってよ。しかもイケメンってウワサ」

「ほんとかよ~。このクラス、平和なのに荒れなきゃいいけどな」


小さくざわめくクラスメイトの声を聞きながら、桜木美琴は窓際の席で教科書を開いていた。


けれど、目はページを追いながらも、心ここにあらずだった。


(昨日の神社……黒猫……そして、あの“視線”……)


ぼんやりと、あの夜の空気を思い返す。


と、その時。


「はーい、席についてー」


担任の水野先生の声が響き、教室がしん……と静まる。

少し間を置いて、扉が開いた。


「今日からこのクラスに新しく仲間入りする生徒を紹介するぞ。入ってきてくれ」


開いた扉の向こうから現れたのは──


黒髪に、赤のインナーカラーがちらりと見える少年だった。

制服をきっちり着こなし、立ち姿は妙に落ち着いている。

その視線はまっすぐで鋭く、教室内の空気を一瞬で引き締めるような不思議な圧をまとっていた。


夏目契なつめ・ちぎりです。……よろしく」


それだけを告げて、ぴたりと口を閉じた。


誰もが息をのむような空気のなか、水野先生が続ける。


「夏目くんは、ちょっと事情があって、これまであちこち転校してたらしい。分からないこともあるだろうけど、仲良くしてやってくれよな」


教室の前列に座っていた女子が、ぽつりと「……イケメン……」と呟き、周囲の数人がクスクスと笑う。

だが、契本人は微動だにせず、むしろその視線を避けるように目を伏せていた。


「席は、長谷の隣が空いてたな。長谷、荷物どかしてくれ」


「えー……なんで俺の隣……」

不満げに机の上のバッグをのろのろと動かす長谷。


契は、特に何も言わずにその隣の席へ座った。


(……さっきの人。……昨日の──)


美琴は自分でも気づかぬうちに、契の横顔を見つめていた。

どこか人間離れした、影のような気配。


ふと、契が目を向ける。

美琴と視線がぶつかる。


一瞬だけ、教室のざわめきが遠くなる。


(……やっぱり、ただの転校生じゃない)


美琴は無意識に、手の中のペンを強く握っていた。



放課後間近、6時間目のチャイムが鳴ったあと。


教室に入ってきた水野先生が、ふとしたタイミングで美琴を呼び止める。


「桜木。美術室の鍵、職員室に返しといてくれ。あと──夏目」


「……はい」


「まだ教室の場所とか分からないだろ? 一緒に行ってきな」


「……別に、一人でも行けますけど」


「そういう問題じゃないの。ほら桜木、お前の歩くペースがちょうどいいんだ。案内してやって」


「……分かりました」


(案内って……別にしゃべったこともないのに)


気まずさを感じつつも、美琴は契とともに廊下に出た。


少し沈黙が続く。


「……案内、ってほどじゃないけど、こっち」


「……ああ」


契はその後も、ほとんど何も喋らず美琴の少し後ろをついてくる。


(なんか、……空気が重い)


静かな廊下に、2人の足音だけが響いた。


けれど──


「……ちょっと寄るとこある」


契が立ち止まり、急にそう言った。


「え?……どこか、寄るって……」


その言葉を最後まで言う前に、すでに契の姿は廊下から消えていた。


「……え?」


美琴は立ち止まり、辺りを見回す。

曲がり角?……教室?……廊下の先にもいない。


「……え、なんで……?」


その場に残された美琴だけが、不安げに立ち尽くしていた。



同時刻。

誰もいない校舎裏で、長谷は不機嫌そうに煙草を取り出していた。


「ったく……転校生のやつ、調子乗って……」


イライラとライターに火をつけようとした、その時。


──カサ……。


耳の奥に、何かが這いずるような音が走る。


「……なんだ?」


木の影から現れたのは、ぼんやりと黒い“何か”。


煙のような、霧のような。人とも影ともつかない異形の存在。


「なっ……なんだよ……! や、やべぇって!」


動けない。足が震える。

体の芯から、冷たいものが這い上がってくるような恐怖。


──その瞬間。


風がふわりと巻いた。


「“縛結──霊鎮れいちん”」


優しくも冷たい声と共に、宙に黒い羽が舞う。


霧はその羽に触れた途端、音もなく消え──何もなかったかのように静寂だけが残された。


長谷が崩れ落ちる。


「……っは、……はあ……?」


息を切らしながらも、その場に“誰か”がいた気配を感じる。


「……誰か、いた……?」


けれどそこには、誰もいなかった。



その夜。


昇降口で靴を履き替えていた美琴の前に、またしても影が立った。


「……っ!」


「……悪い。途中で消えて」


静かに、けれどどこか申し訳なさそうに契は言った。


「っ、え……あの、……どこ行ってたの?」


「……少し、見回りをしてただけ」


「……見回り?」


意味が分からず、美琴が眉を寄せたその時。


「ニャ」


肩にぴょん、と乗ってきた黒猫が、またしても美琴を見つめていた。


昨日、神社で見た“あの猫”。


「……やっぱり、あの時の……」


美琴が言葉を口にするより早く、猫は契の肩へぴょんと飛び移り──


そのまま、2人は闇の中へ溶けるように姿を消していった。



(──何なの、この人……)


不可解な違和感が、美琴の胸の奥を騒がせる。

それは、不安と興味とが混ざった、奇妙なざわめきだった。


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