鋼鉄の棺桶
「ワア! 待って! 待って! 置いてかないで!」
乗員の中で1番若い18歳の少年兵が飛び起き叫び出した。
私は彼の所に行き抱きしめながら声を掛ける。
「落ち着け、大丈夫だ、此処に皆んないるから安心しろ。
お前も一端の潜水艦乗りだろ、待機する事には慣れている筈だ。
だから安心して眠っていろ」
少年兵は私の顔を見あげてから頷き目を閉じた。
フランスの港から出撃する際に、艦のあらゆる隙間という隙間に詰め込まれた食料の残りのパンが、艦内の湿度の所為で黴の塊に変わった。
帰港するまであと数日を残すだけとなったある日、仲間の艦から『敵の船団を発見した』という連絡が入る。
教えられた海域に向かう。
私の艦だけで無く多数のUボートが船団の前に集結する。
群狼作戦が始まった。
潜望鏡越しに多数の貨物船や輸送船が見える。
その中の1隻に狙いを定め魚雷を発射。
狙い通り狙った貨物船の横っ腹に水柱が上がると、貨物船は急速に沈没して行く。
次だ。
次は全速力で此の海域から離脱しようと足掻く大型タンカーに狙いを定め、魚雷を2本発射した。
ドンピシャ、大型タンカーの横っ腹に水柱が2本上がる。
暫くすると大型タンカーが炎に包まれるのが潜望鏡に映った。
3隻目の目標を探そうとした時、潜望鏡に此方に向けて突き進んでくる敵の駆逐艦の姿が映る。
私は潜望鏡を下げ叫ぶ。
「急速潜航!」
頭上から駆逐艦のスクリュー音が響いてくると共に、多数の爆雷が投下された。
艦の運は敵船団の2隻を屠ったところで尽きていたのだろう。
艦の最大潜航深度より深い海底に着底した後、浮上する事が出来なかった。
私と艦の乗員は死を待つばかりの身になる。
乗艦している軍医に頼んで毒薬を注入してもらう者、拳銃で頭を撃ち抜く者など、酸欠で窒息死するのを回避しようと乗員は次々と自決して行く。
私は自決する部下たちを見送ったあと艦内を見回り、生きている者がいない事を確認してから頭に銃弾を撃ち込んだ。
だが、私たちは死ぬことはできたが昇天できずにいる。
艦から出ようとするのだが、鋼鉄の棺桶から出られないのだ。
魂になった私たちは結露の水滴が滴る艦内に留め置かれている。
そんな私たちにも1つだけ救いがあった。
それは、敵駆逐艦が頭上にいる間は息を潜め静かに待機している、その事に潜水艦乗りなら皆慣れているって事。
だから私たちは何時の日か、艦が水圧で潰され鋼鉄の棺桶から解放される事を夢見ながら、眠り続けているのだ。