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『放課後、体育館の裏で待ってます♡』
下駄箱に入っていたラブレターと思しきものにはそう書いてあった。
「なんだよラブレターか菊池? やるじゃねえか」
「そんなんじゃねえよ」
下駄箱にラブレター、古典的なやり方だが――――視覚的にも印象的にも非常に有効な方法であることは認めざるを得ない。
だが……今月だけで何回目だろうか? 正直うんざりしている。
とはいえ、無視することも出来ないんだよな……。
放課後――――手紙の主を待たせるのも悪いので急いで体育館裏へ向かう。
「悪い……待たせたかな?」
「いえ、全然待ってません――――って……誰?」
はあ……やっぱりな。
「あのさ……バスケ部の菊地だったら下駄箱間違えてるぞ?」
「へっ!? でも私……何度も確認したのに……」
「俺は菊池、同じキクチだけど漢字が違うんだよ。よく間違えられるから今度は気を付けろよ」
「す、すいませんでした~!!」
俺のクラスにはバスケ部のエース菊地がいる。背が高くて爽やかなイケメン、当然モテる。同じキクチなのにえらい違いだ。おまけに性格も良いんだよな……背が高いのに下駄箱一番下だから窮屈そうにしている姿とか見ちゃうとなんか憎めないし。
「菊池、アンタまた菊地に間違えられたんでしょ?」
事情知らないと何を間違えたのかわからんな、じつに紛らわしい。
「なんだ沢村まだ帰ってなかったのか……って、よくわかったな?」
「放課後に体育館の方から戻って来れば大体想像つくって」
クリッとした大きな瞳が体育館の方に向けられると、明るめの茶髪がふわりと跳ねる。
「まあでも……今日は良い子だったぞ? ちゃんと謝ってくれたし」
俺のせいじゃないのに罵られることも珍しくないからな……。
「なにそれ? そんなの普通でしょ迷惑かけたんだから。アンタだって迷惑かけられてるんだからあっちの菊地に言ってやればいいのに」
「あはは……菊地さ、今インターハイで大事な時期なんだよ、出来るだけ集中させてやりたいだろ?」
「……はあ……本当にお人好しっていうか……馬鹿だよね、アンタ」
沢村は中学の頃からの腐れ縁で気楽に話せる数少ない女子だ。ちょっと口が悪いというかストレートに言い過ぎな気もしないでもないけど悪いヤツじゃない。それに――――めちゃくちゃ可愛い、と思ってる。
「私から上手く言っておいてあげようか? アイツとは委員会一緒だし」
「……いや、いい」
「何でよ?」
「いいから!! 俺なら大丈夫だから」
沢村が菊地と一緒にいる姿を思い浮かべたらモヤモヤしたなんて言えねえ……
「ふーん……そうだ、これからちょっと時間ある?」
「別に予定ないから良いけど」
「マジで? じゃあ買い物付き合ってよ、コーヒーくらいなら驕るからさ」
いつもこんな感じで沢村のペースに乗せられてしまう。
まあ……全然嫌じゃないんだけどな。
沢村の買い物に散々付き合わされて、ようやく今、カフェで一休みしている。
「ねえ菊池、アンタってさ、キス……したことある?」
ぶふぉっ!? コーヒー噴いた。
「あ~あ……せっかくのコーヒーが台無しじゃん」
「お、お前がいきなり変なこと聞くからだろっ!?」
「はあ? 別に普通でしょこのくらい。高校生なんだし?」
言われてみればたしかに。俺が過剰に反応しすぎたかもしれない。
「な、なんでそんなこと聞くんだよ……?」
「……話せば長くなるが良いのか?」
「お前……誰だよ!?」
「聞いたらもはや後戻りできない――――それでも良いんだな?」
「だから誰だよっ!? わかったから、聞かせてくれ」
「……よかろう。話は今から千五百年ほど前にさかのぼる――――」
「えらい壮大なストーリーっ!?」
「――――というわけで、菊池という名前には古の封印を解く鍵が隠されているのよ!!」
「ま、マジかよ……俺、菊池なのに全然知らなかった……」
「そして――――その封印を解く鍵が――――」
「わかったぞ、それが――――キス、なんだな?」
ゆっくりと頷く沢村。
よくわからないが、なんかロマンがあってカッコいいじゃないか!!
「つまり……キクチとは、キス、口づけ、ちゅーの頭文字によって三重の封印を解く鍵が隠されている存在――――」
「お、おい……待てよ、もしかして俺がキスしたら――――」
「そうね……封印が解かれ――――この世界は闇と混沌に飲み込まれることになるでしょうね……」
「なるほど……でもさ、ということはその封印が施された存在がいるってことなんだろ?」
「その通り、しかも封印を解く鍵はそれぞれ一度しか使えない。この意味、わかるわよね?」
「そんな……それじゃあ俺はその封印された相手が見つかるまで一生キスできないのかよ……」
「キスだけじゃないわ。口づけやちゅーも駄目ね」
「全部同じじゃねえか!?」
くそっ、物語の主人公に憧れていたけど、いざ自分がなってみると重い……重すぎる……。
「――――まあそれは冗談として、単に興味があっただけだよ?」
「冗談だったのかよっ!?」
そういえばコイツ……趣味で小説書いているって言ってたな……。無駄に演技力があるからいつも騙されてしまう。
「ったく、お前の頭の中どうなってんだよ……いいから全国のキクチさんに謝れ!!!」
「はいはいごめんごめん。それで? 実際のところどうなの?」
「ったく……他人の話を聞けっつうの!! ねえよ――――キスしたことない、あるわけないだろ」
俺が誰とも付き合ったことないこと知ってるくせにワザと聞いてくるとか……なんなんだよ。
「ふーん……そうなんだ。ねえ……してみたくないの? キス」
くっ……沢村の唇がやたらと綺麗で意識が吸い込まれる。
「そ、そういうのはお互いに好きな奴同士がするものであって――――」
「好きな人――――いないの?」
お前だよ。 って言えたら良いのに。
「顔……赤いよ?」
「ほ、ほっとけ」
「ええ~? もしかして照れてるの?」
「う、うるさい、コーヒーお代わり頼んで良いか?」
「いいけど、二杯目は自腹でよろしく」
「はあ……またかよ」
下駄箱を見て思わずため息が出る。いっそのこと張り紙でも――――って、そんなこと出来るわけないけどさ。
『放課後、大事な話があります。体育館の裏で待ってるので、必ず来てね♡』
ったく……どいつもこいつも体育館の裏だな。たまには違う場所にしようぜ? と思わなくもないが、じゃあ他の場所と言われると意外と適当な場所って無いんだよな……。
「悪い、待たせたな」
「いや、構わないよ。呼び出したりして悪かったね」
艶やかにたなびく黒髪――――見るものを魅了する切れ長な瞳――――鈴のような音色を発する涼しげな口元には形の良い桜色の唇。
手紙の主はまさかの生徒会長――――一条先輩だった。
「え――――俺……で良いんですか? キク違いじゃないんですか?」
「うむ、呼び出したのはキミで間違いない」
え……ええええっ!? あの学園一の高嶺の花だぞ? あり得ない……
「そ、それで……大事な話って……」
「そうだったな、実は菊地くんにこの手紙を渡して欲しいんだ」
「……へ? それなら直接渡せばいいじゃないですか、なんでわざわざ……」
「直接渡すのは恥ずかしいし、下駄箱に入れたら本人に読んでもらえるかわからないだろう? だから同じキクチであるキミに頼むのが一番確実だと思ってな?」
「めっちゃ回りくどいですよね!? まあ……わかりましたけど」
はあ……一瞬期待してしまった分、無駄にダメージが入った気がする。
しっかしモテるよなあ……菊地。う、羨ましくなんか……ないんだからね!!
「はいこれ」
大事な預かりものをずっと持っているのは嫌なので、翌日登校してすぐに菊地に渡した。
「ナニコレ?」
「一条先輩からお前に渡してくれって頼まれてさ」
「ふーん……そっか」
一瞥しただけで興味無さそうに手紙をしまい込む菊地。
「なんだよ、あんまり嬉しそうじゃないな? あの一条先輩だぞ?」
そういや菊地ってめちゃくちゃモテるのに浮いた噂聞かないよな……もしかして好きな奴がいたり?
「あはは……俺苦手なんだよあの人。それより菊池って沢村さんと仲良いよな? もしかして付き合ってる――――とか?」
菊地の口から沢村の名前が出た瞬間、嫌な汗が出る。
「あ……いや、中学の時からの腐れ縁って奴で……別に付き合ってるわけじゃ――――」
「そうなのか? そっか……可愛いよな沢村さん。あ、手紙悪かったな、今度ジュースでも奢るよ」
「あ、ああ、別にいいって気にすんな」
まさか菊地が好きな奴って――――まさか……な。
心臓がバクバクする……吐き気で胃の中が逆流しそうだ。
もし本気で菊地が沢村に告白したら――――俺は……どうするんだ?
すっと平和な日々が続くと思ってた。
でもあの菊地だぞ? 告白されて悪い気がするはずない……よな?
その日は――――一日中授業に集中出来なかった。
「はあ……駄目だ、頭の中ぐちゃぐちゃだ……こういう時は早めに帰って風呂入ってしっかり寝るのが一番――――って、こんな時にまたかよ」
下駄箱入っている手紙が目に飛び込んでくる。
くそっ、菊地がちゃんと彼女作ればこんなことも無くなる――――ってもしその相手が沢村だったら――――どっちに転んでも駄目じゃねえか……。
いや――――待てよ
そうだよ!! それなら俺が先に告白するしかない。
成功するかなんてわからない。
でもさ――――このままじゃ――――アイツが――――沢村が菊地に……
それだけは嫌だ、戦いもしないで諦めるなんてしたくない
「沢村っ!!」
「沢村さんならさっき菊地くんと出て行ったけど?」
「どこ行ったのかわかる?」
「ごめん、わからないけど……」
くそっ、菊地……行動早すぎだろ……これだからイケメンは――――
行先はおそらく体育館裏だ。頼む――――間に合ってくれ!!
「ガハッ……!?」
くっそ……こんな時に転ぶなんて情けねえ……どこまでカッコ悪いんだよ俺は……。
「沢村っ!!」
「菊池!? アンタどうしたのその怪我……」
「そんなことはどうでもいい、菊地は? 居たんだろここに」
少し驚いたように目を見開く沢村。
「……知ってたんだ。うん、いたよ……告白されちゃった、あはは」
間に合わなかった……もう――――沢村は――――
いや違う、まだ何も終わってないし始まってもいない――――俺は自分の気持ちを伝えていないじゃないか。それじゃ菊地と同じ舞台に立つことすら出来ない。
「聞いてくれ、俺も――――沢村が好きだ。だから――――菊地じゃなくて、俺と付き合ってくれ!!」
いくらでも時間はあったのに――――チャンスだって。なのに取られそうになったから慌てて告白するなんて――――本当にカッコ悪い。
「良いよ」
「……えっ!?」
「あはは、やっと言ってくれた。私――――中学の時から好きだったんだからね? ずっと言ってくれるの待ってたんだけど、このままだと卒業まで進展無さそうって悩んでいたんだよ」
「それは……マジでごめん」
「あはは本当だぞ」
我ながらヘタレが過ぎていたと猛省する。
「あれ……? それじゃあ菊地の告白は?」
「え? そんなの断ったに決まってんじゃん。ついでに菊池が迷惑していること全部ぶちまけて説教してやったら、なんかふにゃふにゃになって逃げて行ったけどね?」
ああ……菊地可哀想に……。大会、大丈夫かな?
「そういえば手紙読んでくれたんだ?」
「へ? 何の話だ?」
「え? 手紙読んだから来てくれたんじゃないの?」
まさか……下駄箱に入っていた手紙って……
「あの手紙、お前だったのか!!」
「うん」
「なんでわざわざ? 普通に言ってくれれば良いのに」
「大事な話――――しようと思ってたから」
ドキン 心臓が跳ねる。
「私の封印を解いてくれない? って言うつもりだったんだけど、ね」
「ふ、封印……?」
「うん、封印……アンタに解いて欲しいな」
「でも俺どうやったら――――」
「それはね――――もう知ってるはずだよ? 鍵は菊池自身の中にある――――そうでしょ?」
そうか……そういうことか。
昨日までの俺には出来なかったけど、今の俺にはその鍵を使う資格がある。
だって俺は――――アイツの彼氏なんだから。
「沢村……一つ目の封印、解かせてもらうぞ」
「……最初封印はデリケートなんだから、優しく……ね?」
「お、おう……」
俺は――――まるで壊れ物を扱うように、そっと触れるようにキスをした。
「菊池」
「な、なんだよ」
「大好きだよ」
「お、おう……」
「次の封印はもっと手強いから……頑張ってね?」
なんて恐ろしい。封印されていてこの威力……なのか……?
もしすべての封印が解かれてしまったら――――俺は一生勝てそうもないな。