よろしく頼む
試験当日に集まっていたのは、ハルを入れて五人だった。
毎日剣と弓の教室に通っていたハルは全員と面識がある。
名前はわからないが、挨拶くらいは交わした相手だ。
何度か手合わせもしたし、誰が自分より強いかよくわかっている。
というか、この中で一番弱いのはハルだった。
もちろんのことだが、剣も弓も、産まれてから一度も触ったことがないのだ。
この短期間でどれだけ上達できるものだろうか。
毎日通って、ようやく短剣で藁人形を切ることができるようになった。
しかし教官いわく、これくらいでは魔物と戦えないらしい。
弓は引いて撃つだけならできるようになったが、狙ったところに当てるまではまだまだかかりそうだった。
教官からは逃げ回りながら相手の剣が届かない距離から弓を撃つことを勧められて、ハルは残りの時間をその訓練だけに割いた。
近くなら当てられる。
しかしそれならやはり剣で切りかかった方が早いし、実際模擬戦でもそれを実感していた。
明らかに向いていなかったこともあり、人に向けて撃つことはないだろうと思うが、不安は残る。
午前中いっぱいで筆記試験を行った。
内容はそれほど難しくなく、現役の女子高生であるハルにしてみれば、少し勉強するだけで満点をとれるくらいのものだった。
昼休憩を挟んで、午後は模擬戦だった。
これまで世話になった教官と、ひとりずつ模擬戦を行い、銀のプレートに相応しい能力があるかどうか見極めるそうだ。
かなり主観的な合否になるが、この短い間でも教官のことは信用できる人間だと思っていたし、落ちてもまた来月になれば受けられるということだったので、ハルはあまり気負わず挑戦することにした。
「では、これより試験を始める。まずはハル、お前からだ」
「あ、はい。お願いします」
まさかトップバッターに選ばれるとは露ほども思っていなかった。
ハルは軽く体をほぐして弓の弦の張りを確かめる。
今回、剣は使わないことにした。
選択肢が増えるとそれだけ動きに迷いがでるからだ。
まだ反射的に判断できないことを考えると、手札はできるだけ少ない方がいい。
とにかく、教官は強敵だ。
勝てるイメージはわかない。
しかし、ハルは勝ちに固執していない。
足止めしつつ戦えたらそれで十分だと思う。
そういう戦い方を強く意識すればいい。
開始の合図の銅鑼が鳴る。
教官は動かない。
短弓に矢を番え、ハルは突っ込んだ。
銅の冒険者グレゴリは今回が三度目の昇格試験だった。
銅から銀に上がるためには並以上の鍛錬がいる。
これまでの二度の失敗から学んだことは、教官に勝つにはもっと鍛錬が必要だということだけだ。
グレゴリの武器は訓練で使わせてもらっていた長剣で、リーチだけなら教官よりもある。
しかしその分重たいし、技術が未熟だと有利な展開に持っていけない。
身を以てそのことを知っていた。
マグノリアの孫という鳴り物入りで冒険者に登録した少女がたったの十数日で昇格試験に挑んでいることが不思議でならなかった。
そもそも受験の資格はギルドの運営からのオファーでのみ得られる。
彼女の仕事ぶりがそれだけ早く認められたのだろうか。
グレゴリは少なからずマグノリアのコネがあると思っていた。
そうでなければ一年以上銅プレートから抜け出せない冒険者たちが納得しないだろう。
しかし、目の前でハルを見て、考えを改めた。
まず、武器として短弓のみという時点で考えられない。
魔法が使えるとしても、近距離ならば剣の方が絶対に速いし強い。
訓練を受けているのだから、それを知らずに使っているはずがない。
それに弓では一撃で致命傷を与えるのが難しいため、攻撃を当てられたとしても、そのまま切りつけられる可能性がある。
魔物の討伐などではその決定力のなさがもっと顕著に出る。
何か搦め手があるのだろうか、とグレゴリは観察していたが、弓も矢もギルドで支給されたもので、特殊な能力などない。
だから、どういう戦闘を見せてくれるのか、少し楽しみだった。
ハルは短弓を構えて教官に真っ直ぐ駆け出した。
教官は何を仕掛けてくるのか見極めるつもりなのだろう。
盾で防御の構えをとるが、剣はまだ鞘の中だ。
あろうことか、ハルは矢を教官の顔めがけて発射した。
いくら刃のついてない矢だとしても、顔に当たれば無傷ではすむまい。
グレゴリの心配とは裏腹に、教官は見事に防御してみせた。
その瞬間、ハルは盾に張りつくようにして素早く教官の傍まで飛び込んだ。
外から見ているとただ立ち位置が変わっただけに見える。
しかし、あれを主観で見ると、まるでハルが消えたように感じるだろう。
ハルは片手に矢を一本握っていた。
盾という障害物を挟んで見つけられるまでの一秒もない間に、ハルが脇腹へ矢の先端を突きつけ、試験は終了となった。
グレゴリは、完全に呆気にとられていた。
戦闘で磨かれたセンスではない。
あれは気配を断つ術を完全に習得している人間の動きだ。
あの若さで、自らを影として活動したことのある人間にしか見えない。
ハルは教官に一礼して、照れ笑いを見せていた。
グレゴリには、その笑みに裏打ちされた実力が、とても魅力的に見えた。
ハルは自分の番が終わったものの、あれで良かったのか全くわからなかった。
他の人たちは剣で切りかかって、教官の攻撃を盾で防いで、また切りかかって、と戦闘らしい様子を見せている。
彼らのやり方が正しいとするならば、先程ハルの行ったやり方は邪道もいいところだろう。
最後に、毎日ずっと訓練に来ていた男が呼ばれた。
名前をグレゴリという男は、長い剣を手にしていた。
短い黒い髪で、眉間にシワを寄せている目力のある男だ。
彼は盾を持っておらず、両手で一本の剣を肩に担ぐようにして構えている。
正統派っぽい出で立ちだが、ランクはハルと同じく銅である。
「よろしく頼む」
彼は丁寧に一礼する。
教官は無反応だったが、グレゴリは構わず剣を振りかぶりながら駆け寄った。
肩に担いでいる剣が、振り下ろされる以外の軌跡を描こうはずもなく、教官の真上から、彼の剣が襲い掛かる。
当然、教官は盾でそれを弾こうとしていた。
もしも完璧にいなされたら、それだけで彼は隙だらけになってしまう。
しかし、そうはならなかった。
盾で受けた教官が、しばらく彼の剣を抑えたあと、重さに負けるようにして膝をついたのだ。
「俺は今まで力不足だった! 今回のために鍛えてきたぞ!」
グレゴリは盾の上からさらに力を加えたようで、教官はさらに沈む。
その表情には苦悶の色が見えた。
「……あれ、やばくないか?」
他の冒険者が小さく呟く。
ハルも同じことを考えていた。
恐らく教官は、全身に力を入れているせいで呼吸が浅くなり、止める合図を出すことができないのだ。
ハルは駆け出し、グレゴリの手を抑える。
「もう勝負はついてますよ!」
「まだだ! 教官が宣言していないではないか!」
「できないんですよ! あなたが潰してるから!」
そこでやっと彼は自分がやり過ぎたことを理解したらしい。
慌てて教官を抱え起こし、怪我の確認をしていた。
「すまん、やり過ぎた」
「お前は毎回……!」
教官はグレゴリを睨みつける。
彼はこれが何度目かの試験だと言っていた。
もしかすると、やりすぎが原因で何度も落とされているのではないか。
十分に力を持っているが、加減ができない。
それでは、人を守れない。
試験を終え、受験者の五人は会館の一室へと帰される。
グレゴリは分かりやすいほどに絶望の面持ちをしていた。
毎回同じような落ち方をしているのなら、今度もそうなのではないかと想像するのは簡単だろう。
ハルは他人の心配をしている場合ではないと思いつつも、彼のことを気にかけていた。
ほどなくして、先程の教官とは別の教官が入ってきた。
手には数枚の書類を持っている。
「ではこれより、合格者の発表を始める」
教官は淡々と名前を読み上げていく。
「――次は、ハル。おめでとう。合格だ」
ハルは四番目だった。
成績順だとすれば妥当というほかない。
問題はその後だ。
グレゴリの名前はまだ呼ばれていない。
関係のないハルまで緊張してきた。
「あと、グレゴリ。良かったな。これで銅プレートを卒業だ」
「うおおおおおおお!」
グレゴリはまるでドラゴンのように大声で吠えていた。
彼の喜びはどれほどのものだったのだろうか。
ハルには想像もできないが、とにかく良かったと拍手をした。
「ありがとう! 名も知らぬ少女!」
「ハルです。ずっと一緒に教室通ってたじゃないですか」
「すまない! 周りのことを気にしている場合じゃなかったのでな!」
そんなふたりの様子を見た教官の冷たい視線を感じて、おとなしく席についた。
それからは、銀プレートに関する簡単な説明を受けた。
予めどういうふうに依頼内容が変化するかは勉強していたが、ここで初めて、銀から金へ上がる方法を聞くことになった。
「さて、銀になったばかりとはいえ、皆さんも気になっている金のプレートのことですが、その道は険しく遠いです。ですので、銀でいることを恥に思う必要はありません。あなたたちは魔物や野盗を撃退できるだけの力を持っています。それは十分に町の人たちの役に立つことでしょう」
「金に上がるにはどうしたらいいんですか?」
受験者のひとりが聞く。
「金のプレートへの昇格条件は、同じく金のプレートを持つ者からの推薦になります。それも、試験を受ける権利を得られるというだけで、必ずしも金のプレートになれるというわけではありません。それに、この試験は冒険者でいる限り一度しか受けられません。つまり、落ちれば次はないということです」
ハルは周囲の人が動揺する様子を見て、質問をする。
「どうして一度だけ、なのですか?」
「いい質問です。それはこの試験が過酷故に、落ちることが死を意味するからです」
教官は真面目に答えていた。
「ごくまれに生きて戻る者もいますが、喋ることができなくなっていたり、常に何かに怯えるようになったり、症状も様々ですが、元の生活に戻れた者はほとんどいません」
「合格した人は、何も起こらなかった人ですか?」
「多少の傷を負う者もいるでしょう。しかし、生活に支障が出るほどではありません。金のプレートの方たちは何が起こるか知っている人たちですから、簡単に銀のプレートの冒険者を推薦しません」
それもそうか、とハルは納得した。
とにかく、銀のプレートになれば今までより多くの人を助けられるようになるということだけは知っている。
そしてギルド貯蔵の道具や武器も借りられるらしいということも。
今のハルの一番の目的は、自分の身を守る力を身につけること。
そのために、自分にあった武器や防具を考える必要があった。
いちいち買って試していては、お金がいくらあっても足りない。
だから、色々とレンタルできるサービスを早いところ受けたかったのだ。
一通りの説明を終え、教官が部屋を去る。
残された受験者たちも様々な面持ちを浮かべながら、退室していく。
その中で、ハルとグレゴリだけはまだ座ったままで考えごとをしていた。
「……グレゴリさんはどうして冒険者になったんですか?」
ハルは何気なく、彼に聞く。
「知りたいことがあるのだ。今の時代、それを知るには冒険者になるのが一番早い」
「そうなんですか。立派ですね」
「内容は聞かないのか?」
「話したいのなら聞きますけど、今の感じだとそうでもなさそうだったので」
再び、会話が途切れる。
今度はグレゴリが口を開いた。
「そう言う少女。君は何のために冒険者になった」
「私は、そうですね。強いて言うなら、自己研鑽、ですかね」
「なるほど! 自分を超えるための鍛錬ということか!」
「そんなところです。今よりもっと強くならないといけないので」
「俺と同じだな。俺は何としてでも金のプレートになりたいのだ。そうすれば、少し目標に近づく」
「目標、ですか」
「『魔女狩り』だ。俺は魔女狩りになるために冒険者になった」
ハルは血の気が引くのを感じた。
この世界の人にとって、魔女がどういう存在なのか、レインと接してだいたい理解したつもりだった。
天災と言ってもいいくらいに強大な力を持つ個人が十三人もいて、それぞれ性格が悪くて、自分勝手なことをする人たち。
大方の人類の敵であると想像するのは難しくなかった。
「でも、いい魔女もいるかもしれませんよ。そういう魔女がいたら、どうするんですか」
「善良であるかどうかは、あまり問題ではない。少女よ、もし目の前に爆発するかどうかわからない爆弾があったらどうする?」
「それは、安全を確保して……」
「そういうことだ。もしもそれが不発であったとしても、見た目からそれを確認する方法はない。存在するだけで不安を与える存在は、悪ではないのか?」
難しい話になってきて、ハルは頭を抱えた。
「……少女、君は幸運な人間なのだろう。俺は魔女に家族を殺された人たちをたくさん見てきた。尊厳を踏みにじられ、故郷を燃やされ、それでも生きている人を見てきた。だから、俺は力なき彼らの剣になりたい。今の目標だ」
「それが知りたいことなんですか?」
「いや、知りたいことはその先にある」
グレゴリは力強い眼差しでハルを見つめる。
長い間培ってきた決心は絶対に揺るがない。
ふと、ハルは気がつく。
魔女の盾である自分とは、もしかして敵対関係にあるのではないか、と。
立場を明かすべきか悩む。
ハルが魔女の盾であると知ったら彼は落胆するだろうか。
それとも、復讐の業火をこちらに放つだろうか。
とても怖くて、話せない。
「少女よ、そんな顔をするな。俺と善悪に関する考えが違ったとしても、それはそれだ。従えと言うつもりはない」
「私は――」
「何も言うな」
何か言葉を返そうとしたところを、グレゴリは止めた。
もしかしたら、彼はハルの身の上のことは知っているのかもしれない。
ハルがここに来た日にギルド会館にいたとしたら、マグノリアと関係があることも耳にしているはずだ。
「お互い、自分の能力を高めようではないか。少女も金のプレートを目指すのだろう?」
「はい。私も、金のプレートを目指します」
「ならば、手を組もうではないか。共に研鑽と参ろう」
意外な提案にハルは驚いて固まる。
「……迷惑だったか?」
「いえ、ただ、誘われるとは思っていなかったので」
「同期のよしみだろう。俺は人間との縁を大切にする」
「えっと、私でいいんですか?」
「少女は俺の目から見てもまだ研鑽の余地が十分にある。教えられることは教えるつもりだ。それに、試験で見せた動きも、俺にはできない。人並み外れたセンスと運動能力だ。だからむしろ、俺の方が足手まといかもしれない」
「そんな、私にはあんな戦い方はできません。グレゴリさんもすごいです」
「ありがとう。では早速、銀クラスの依頼の受注をしてしまおうか」
「今からですか!?」
「ああ。一日でも早い方がいいだろう?」
行動力のある人だ、とハルは感心する。
グレゴリについて、受付でいつもの女性にパーティの申請をする。
彼女はパーティができたことを祝福してくれて、必要な書類も手早く説明と記入を済まさせてくれた。
彼をリーダーとして登録を済ませると、依頼の貼りつけてある掲示板に向かう。
銅のプレートの時は掲示板から依頼を選ぶということはなく、受付で今はこういうものがある、というふうに説明されて受注する形だった。
銀のプレートからは明らかに依頼の質が変わった。
内容も今すぐのものではなく、募集期間や必要事項が明記されており、報酬も十倍ほど高い。
「どれにしますか?」
「そうだな……。少女は魔物を退治したことはあるか?」
「いえ、ありません。グレゴリさんは?」
「俺は何度かある。正式な依頼ではないから、記録には残っていないがな。これはどうだ?」
グレゴリが指をさしたのは『レッドカイマンの討伐』の依頼だった。
「まずレッドカイマンがわからないのですが」
「ワニだ。大きさはだいたい五メートルくらいか」
「五メートル……!?」
「家畜を喰うワニでな。田舎の村だとかなり厄介な魔物だ。最初はこれくらいから始めようではないか」
彼は笑ってそう言う。
ワニなんて動物園でも見たことがない。
想像の中のワニはテレビの向こう側の存在だ。
緊張しながらも、ハルは彼の提案に賛成することにした。
銀のクラスからの依頼はギルドが仲介をすることになっている。
依頼主へ受諾の連絡をして、確認の返事があってから出発するため、その手続きには最低でも三日かかるらしい。
そのため、その日はレッドカイマンの討伐を受注しただけで解散となった。




