いいわけないです
グレゴリは雷を纏う黒い雲を上空に集める。
雷雲が空を覆うと、星のない夜よりも暗い、真の闇が辺りに広がる。
闇は影の魔法の支配域だ。
しかし、それはあくまで自然な闇での話だ。
この暗闇はグレゴリの雷を減衰させずに伝えるための擬似的な禁域となる。
「ゆくぞ!」
無作為に発した稲妻の矢は、その全ての標的をシャドウに定め、無秩序な順番と速度で次々に襲いかかる。
「光は嫌いよ」
雷は重力の壁に阻まれ、地面に吸い込まれる。
「光は嫌いか。だったら、届かせてみせよう」
ハルはすでにこちらの意図を察していた。
雷の矢に紛れて素早くシャドウの背中側へ回り込んでいる。
「性懲りもなく背後ばかり。私のそこは死角ではないのよ?」
「わかっています。でも、こっちを見ていていいんですか?」
「は?」
シャドウの眼前で、口が大きく開かれる。
(――くたばれ)
間髪入れず『雷撃砲』を放つ。
先ほど威力を見せたのは、防御不可能だと思わせるため。
思い込みは魔法の力を弱める。
シャドウがほんの少しでも敵わないと考えたのなら、ダメージを期待できる。
しかし、もしも、彼女が全く怖じ気づいていなかったのなら――。
「だから、光は嫌いだって言ったでしょう?」
黒い防御壁に阻まれ、雷は方々へ散った。
信じられないことだが、これでは傷を負わないと確信しているのだろう。
「下がるぞ!」
「逃がさない」
防御壁が解かれ、姿を現したシャドウの手のひらに、グレゴリの喉が吸い込まれる。
影でできた大きな手でしっかりと捕まえられ、息はできるが魔法は使えない。
「拙い連携の感想はどう? 私は千年以上準備をしていたの。たかだか一時的に仲間になった程度のあなたたちなんかに、どうすることもできないのよ」
――普段ならこういうことは言わない。
感情的で暴力的な物言いは、本質を曇らせる。
しかし、グレゴリの気持ちがその理性を上回った。
「……馬鹿が。時間の問題じゃ、ない……」
「だったら、何? 絆? 信頼? 愛?」
「分類しなければ、理解できないのか? 古の魔女は、その程度の、頭しか持ち合わせていないらしい……」
「……喧嘩を売っているつもり? 幼稚ね」
「ハハッ、随分と、多弁だな。勝つ前に勝利宣言をすることの愚かさを解いてやろう。……お前、もう死んでるよ」
「それが遺言? あなたが死になさい」
直後、閃光が走る。
暗闇から伸びてきた白い刀が、シャドウの腕を切り飛ばしてグレゴリを解放した。
「ハル! 人間風情が!」
「私を見失いましたね?」
「だから? 腕なんていくらだって……」
「気がついたみたいですね。シャドウさん、さっき私の杖、背中に突き刺したままでしたよ」
シャドウの表情が凍る。
彼女はハルの魔法の威力を知っている。
それが防げないことを想像してしまった。
「……待って、私、あなたに言いたいことが」
「私にはありません」
ハルが指をパチンと鳴らすと、シャドウの内側から光があふれる。
熱を圧縮して光としているのだと、間近で見て初めて理解できた。
これよりも強い光もそうないだろう。
「わ、私の、影が……」
「もう成仏してください。あなたの生きた時代は遙か昔……。ここではありません」
身体が粒子となって消えていく。
中身を失った継ぎ接ぎの竜はバラバラとその場に散らばっていく。
「そんな私だけ、ずるい! 他にも……」
「私はあなたに話しているんです。シャドウさん。もう、ダメなんです」
「そんな、そんな……」
シャドウの声が小さくなっていき、そして、暗闇に浮かぶ光の粒子と共に完全に消えた。
「死んだのか」
「いえ、死んでいません。シャドウさんの心臓はここにありますし、いずれは身体を取り戻すでしょう。そのころまでに考えを改めてくれたらいいのですが」
「また倒すさ」
「そうしてください」
シャドウの心臓は不定形でどろどろとしていた。
手のひらに収まるサイズのそれを、ハルが両手で掬い、小さな木の箱に閉じ込める。
「せめてもの寄せ木細工の秘密箱です。どうかこのまま、安らかに眠っていてください」
ハルはかわいらしくあしらったその箱を足下の地面に埋める。
マグノリアとカースのいるここならば他のどこよりも安全だとハルは言う。
「竜の残骸はお願いできますか?」
「そうだな。俺が飲み込むのが一番良いだろう」
グレゴリは竜の欠片を噛み砕き、飲み込む。
一時的に力を感じるが、それが永遠でないことはすぐに理解した。
――しかし、竜の心臓だけは違った。
自分の中に確かな魂が宿るのを感じる。
竜の心臓は糧にできる。
だが、今すぐではなく、こちらも訓練が必要なようだ。
ジタがそうしたように、自分も時間をかけて身体に馴染ませていこう。
「さて、俺の方はもういいな」
竜化を解くと、暗雲は散り、晴天が広がった。
「鎧を拾いに行ってくる。少女は少女の目的を果たすといい。俺は森の外に居よう」
「グレゴリさん、ありがとうございました。帰りは竜の姿で送ってくれませんか?」
「討伐されたいのか?」
彼女ははにかんで笑うと、森の奥へと消えていった。
グレゴリはどっと疲れた身体に鞭を打ち、竜狩りの鎧を置いてきた場所へと、歩みを進めることにした。
満足のいく結果であったとは到底言えない。
ゆっくりと回転し、お互いを喰らい合う自分の身体を見て、マグノリアはそう思う。
魔女マグノリアとして、まだやるべきことはあったはずだ。
しかし、長く生きるにつれて、そういった使命感のようなものは薄れていった。
大きな古い剣――ジタの壊れずの剣を持った愛弟子がそこに立っている。
「よくその剣を見つけてくれた」
「マグノリアさんの教えのおかげですよ」
「ジタの魔力の痕跡は目立つからな。さあ、儂らを封印しろ」
「本当にいいんですか?」
「何をいまさら」
ハルでも迷うことがあるのかとマグノリアの方が拍子抜けした声を出す。
「いえ、私も正しいとか正しくないとかはわからないんですけど、マグノリアさんはそれでいいのかと気になって……」
「いいと思っているのか? と聞くのは野暮か」
「そうですよね。いいわけないです」
「決心を鈍らせる時間は不要だ」
「私にも決心する時間くださいよ」
「必要ない。それに、お前はまだこれで終わりではないだろう? まだ元の世界に帰って自分の人生が待っている」
「……本当に、戻れるんですか?」
「戻れるとも。儂が嘘をついていないことは、記憶を読んだお前なら理解できるはずだ」
「マグノリアさん――楽しかったです」
唐突な言葉に、マグノリアは返事に詰まる。
楽しかったことなどなかっただろうと思ったが、そう言ってしまうのも変な気がして、言葉を探すが、自分の中に見つからない。
ならば、正直な気持ちを述べよう。
彼女とはもうこれで最期なのだから。
「儂も久しぶりに馬鹿正直な小娘と過ごせて楽しかったぞ」
「――だったら、良かったです」
ハルは渦の中央に立つ。
剣を思い切り地面に突き刺すと、意識が断ち切れた。
その直前、マグノリアの心に残ったのは、後悔ではなく感謝だった。




