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花の魔術師に誘われて  作者: 樹(いつき)
第九章 素晴らしい世界
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任せろ

「やるじゃない」


シャドウは誰に聞かせるでもない感嘆の声をあげて、自分の影に手の平を押し当てる。

まるで地下の岩肌のようで冷たく湿っている。

それがたまらなく心地良い。


「おいで、私の至高の――友よ」


影が卵のように膨らみ、割れて、つぎはぎだらけの成竜が姿を現す。

その身体はシャドウが集めた竜の鱗の欠片を影の魔法で繋いで固めただけのもの。

これにまだ魂は入っていない。


「ああ、なんて美しいの……。凜々しい顔にこの艶やかな表面、逞しい無数の傷跡……。どこをとっても自然の作り出した素晴らしい芸術作品――」


また、光の筋が遠方から放たれ、シャドウの左腕を打ち抜く。

その傷跡を見ながら、シャドウは小さく呟いた。


「無粋極まりないわね。彼がここにいるというのに」


眉をひそめてみても、その表情を彼女に見せることはできない。

シャドウは気持ちを切り替えて、竜の腹部をそっと抱きしめる。

あんなものにかまっていては、竜に失礼だ。


シャドウの身体がどろどろに溶け、竜のヒビに沿って進んでいく。

全身をあっという間に染み渡り、やがて竜の瞳に火が灯る。


(これが竜と一体になることなの? どんどん私が消えていく……)


人格が否定され、魔力の所有権が塗り替えられていく。


(いいわ。私を使って、竜の力の限りを奮って……)


次に撃たれた光の魔法は竜の翼膜に当たると、簡単に弾かれた。

竜は生まれてすぐに自分の敵を認識する。

その口を目一杯に開き、けたたましい咆哮を森林に響かせた。




「少女!」


グレゴリは声をかけながら近寄った。

彼女が、ハルが特殊な集中状態にあることはその身の回りの魔力の流れが示している。


ハルは片膝を立て、その上に腕を乗せ、さらに杖を一定の方向に向けたままじっとしていて視線ひとつ動かない。

しばらく待っていると、彼女はため息をついて杖を下ろした。


「……ああなると、バーンさんの魔法でも駄目なんですね」


その直後、グレゴリの探知にも強力な魔力の反応が確かめられる。


「シャドウが何をした!?」

「竜の骸と合体しました。心臓を持っていたのでそれと合わせて自分の魔力を竜に注ぎ込んだのでしょう」

「だが本物の竜と言うには――」

「はい、弱すぎます。しかし、私たちにとっては、難敵です」


ドラゴンに対する認識はどうやらハルと同等らしい。

本物の竜との違いは明確で、その魔力の絶対量はごまかしようがない。

さらに、感じるシャドウの魔力では防護膜も十分に張れていないだろう。


「あれを貫くには至近距離まで行かなければなりません」

「向こうの能力は恐らく影の魔女の影響を受けているはずだ。竜の攻撃方法とは動作が異なるだろう」

「それでも、あれを倒さないなんて選択肢、あります?」


ハルが不敵な笑みを浮かべる。


「そんな表情もできたのか?」

「まあ、今はもう楽しくなってしまっているので」

「こちらも奥の手を出すか」

「あるんですか? あれに対抗できる奥の手が?」

「……期待しているところ悪いが、竜狩りの能力は使わない。これを使って竜を狩ることは俺の信条に反する。だから、あくまでやつと戦うのは俺の能力だ」


グレゴリは甲冑を脱ぐ。

傷だらけで逞しい肉体の節々に、小さな鱗が見える。


「こちらの修行も行っていた。使えればと思ってな」


グレゴリは魔力を上半身に集める。

目を閉じてイメージする。

強く、黒くて大きな自分の姿。

どんどん自分の身体が膨らんでいく。

肩から異物が生え、大きく左右に伸びる。


「お、おお、すごいです!」


ハルの声を聞いて目を開く。


「変身ですね!」


グレゴリは黒い竜に変化し、ハルを見下ろす。竜への変化は書物で学校に残されていた。

これを知っていても実行できるのは竜の生き残りである自分だけだ。

ヘルメスやアルヴィンの協力もあり、コツを掴んでからは自在にできるようになっていた。

「この姿は五分しか持たない。早く乗れ。やつを倒すぞ」


ハルが楽しそうに背中に飛び乗る。


「すごい、思っていたよりゴツゴツ……ざらざら? してますね!」

「もう行くが、どうやって倒すか考えているか?」

「バーンさんからもらった火の魔法がよく効くようなので、これでなんとかします!」

「この身体じゃ連携もとれないだろう。俺も好きに動く。任せたぞ」


グレゴリは大きく羽ばたいた。

周囲の森が吹き飛びそうな勢いでしなって波打つ。


これだけ大きな魔力の反応を見せれば、シャドウも気が付いているはずだが、先手をとってこないのはこちらの様子を伺っているからだ。

向こうも竜を見たいのだ。


「まずは見せてやろう。本物の竜の息吹を」

「ほ、本物っぽい!」


少女の感嘆の声を無視して、グレゴリは肺に魔力をため込む。

敵のだいたいの方角は分かっている。

一撃で吹き飛ばしてやる。


魔力の充填と共に甲高い音が鳴り響く。

――静寂、のち、放たれたその『雷豪砲』は紫色の超圧縮された雷撃が通った一直線に存在したもの全てを破壊し、森林地帯に大穴を開けて、向こうの砂浜を大きく巻きあげた。


「これが竜の力……」

「少女、まだ安心するな。やつは威力の高さを察して直撃を避けた。息を潜めて隠れている」

「わかります。シャドウさんは左の森の中に隠れています。次は私が」


ハルは杖を向けて集中していた。

大きな溜めもなく、その光の筋は一瞬で放たれ、着弾したところからは小さなうめき声が聞こえた。


「当たった!」

「……それ、どうなっているんだ?」

「認識できないと見えないらしいですよ。私には銃に見えてますけど、私以外には杖にしか見えていないはずです。……え、もしかしてグレゴリさんも他の人には人間の姿のまま見えている、とか、ありませんよね?」

「俺は物理的に変化している。それはない」


羽ばたきながら会話をしていると、黒い竜が空へ羽ばたき上がってきた。


「マコトノ……ドラゴン……」

「俺と同じで黒い鱗だが、随分と痛々しい姿だな」

「オマエノ、カラダヲ、ヨコセ」

「本物の竜ならそんな軟弱なことは言わない。喰らいたければ喰らえ。できるものならな」


竜の口からまるで黒い炎のような影の魔法が放たれる。

グレゴリは空中を旋回して難なく回避、背中に意識を向けると、いつの間にかハルの姿が消えていた。


すでに、先ほどのやりとりのうちに、誰にも気が付かれずに、向こうの背に乗り移っていた。

竜の首元へゆっくりと忍び込み、一気に黒壇の杖をねじ込む。


「グワアッ!」

「動くと痛いですよ」

「どうしてこんなに痛いことをするの……?」

「シャドウさん」


竜の後頭部にシャドウの顔が浮かび上がる。

しかし、彼女の容姿はすでにほとんど竜の影響を受け、以前の彼女とは比べものにならないほど傷だらけになっていて、崩壊寸前のようにも見える。


「痛いわ。そんなことやめて」

「ダメですよ。もうシャドウさんの演技には騙されません」

「騙すなんて、そんな……」

「そんな命乞いをする人じゃありませんよね? 何を企んでいるんですか?」

「ひどい。私が何か企んでいるなんて」

「そうですか。では、私の足に絡みついているものと、背後に迫っている竜の尻尾はどう説明してもらえるんですか?」

「抜け目ないのね」

「お互いさまでしょう」


背後から、空を裂く音が聞こえる。

ハルは素早く身を翻してそれを避け、突き刺した杖から精製された火の魔法を放った。


竜の首から白い光が噴き出し、首がねじ切れ、頭が地面へと落ちる。

しかし、竜はまだ死んでいなかった。

顔のあった部分にシャドウの上半身が生え、その機能を維持し続けている。


「少女! もう一度いけるか!」

「はい!」


「調子に乗らないでもらえるかしら?」


周囲の空間が歪んだ。


ほとんど同時にハルはグレゴリに飛び乗り、大きくシャドウから離れた。


シャドウの下半身に繋がった竜の身体に紫色の魔力が集まり、周囲の全てが引き寄せられてぐしゃぐしゃに潰れる。


「重力の魔法か!」

「あれも竜の力ですか?」

「いや、シャドウの影の魔法だ。影の魔法はその拡大解釈可能な領域の広さが強みの魔法だ。想像力で負けるなよ」

「……しばらく会わない間にグレゴリさんって博識になりましたね」

「元々読書は趣味だ。でなければ竜が人間の社会に溶け込めると思うか?」

「それは、たしかに。じゃあ、グレゴリさんに指示を任せます。何でも命令してください」

「少女――俺に命を預ける覚悟はあるのか?」

「いつも預けているつもりでしたが。不足でしたか?」


グレゴリは大笑いをした。

たしかに彼女は、何をするにも、どこに行くにも、死ぬかどうかなど聞いてきたことはなかった。


「足りなかったのは俺の方か。任せろ。俺たちでやつを倒す。最後の魔物退治だ」


シャドウを眼下ににらみつけ、グレゴリはゆっくりと旋回を始めた。


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