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花の魔術師に誘われて  作者: 樹(いつき)
第九章 素晴らしい世界
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期待外れね

大木の硬さはさしたるものではなかった。

グレゴリの剣は、斧よりも鋭く森を刈り取っていく。


「――なるほど。中は空洞になっているのか」


これほどの量の樹木を生成し続けるのは並大抵の魔力では不可能だ。

花の魔女マグノリアと言えども、何らかの仕掛けがあると思っていたが、しかしこんな形だとは予想できなかった。


(と言うことは、地下茎に繋がっているのか)


経緯はわからないが、無数の樹木を伝って魔力が流れている。

通常の樹木なら根から葉へ水分が上がっていくが、これは仕組みこそ似ているものの流れは逆になっているようだ。


ハルと話し合った通り、グレゴリは周囲を警戒しながら可能な限り派手に森を削り取っていく。

これだけ魔力に囲まれていると、砂の魔女がどこにどう潜んでいるか探知できない。


木を倒す音が響き、砂埃が舞う。

いつどこから攻撃が来てもいいように備えていた。

しかし、それはあまりにも予想外だった。


――それを目の端に捉えられたのは、偶然だった。

自分の影が一瞬ぶれたように感じたのだ。

野生の勘とも言うべき判断力で、グレゴリは宙へ跳び上がる。

違和感は背中へ回っていた。


背中へ魔力を集中させ、鎧を分厚く変化させる。


「あら、つれないわね」

「シャドウ――」


彼女はナイフを手に、グレゴリの背に張りついていた。

まるで重さを感じなかったのは、彼女が影の魔女だからだろう。


シャドウはその姿を認識された瞬間に、ナイフを捨ててグレゴリの首に影でできた針を突き立てようとした。


グレゴリはその攻撃を手のひらで防御し、彼女の腕を掴んで地面へ向かって投げ飛ばす。

彼女は衝突することなく、吸い込まれるようにして消えた。


シャドウの身体が流体と固体を行き来できることは知っている。

しかし、ここまで気配なく近づいてくるとは思っていなかった。


「暗殺か?」

「そうね。失敗してしまったけれど」


黒い液体が人の形に戻りつつ、そう言葉を返す。


「理由を聞いたら答えるか?」

「あなたの心臓が目当てって言ったらくれるかしら?」

「前に俺が死んだらやると言っただろう」

「だから殺そうとしているんじゃない?」

「話の通じないやつだな」

「魔女に道理が通じると?」

「自覚があるのが癪だな」

「どうでもいいことでしょ、そんなの」


シャドウが影をグレゴリの足下まで伸ばそうとしてきたのを見て、グレゴリは眉をひそめて地面を軽く叩く。


「無駄だ。間合いに入ったら切り飛ばす。……ジタを殺したのはお前か?」

「なぜ私を疑うの?」

「ジタはカースを警戒していたが、お前のことは警戒していなかっただろう」


ジタが一度警戒した相手に遅れをとるとは考えにくい。

あれほど闇討ちと縁の遠い人間もいなかっただろう。


「鋭いわね。その通り。私は警戒されていなかったから、簡単だったわ」

「狙いは竜の心臓か」

「そう。だから、もうこの世界に心臓はふたつもいらないの」


シャドウの目論見は概ね見当がつく。

しかし、合点のいかないことがいくつもある。

なぜここで待ち伏せしていたのか、竜の心臓を手に入れてどうするつもりなのか。

素直に聞いても真実を話すとは限らない。

グレゴリにしてみれば、こちらの命を狙う敵に変わりない。


「最後にひとつ。お前の盾はどうした?」

「カルマ? 死んだわ」

「わかった」


グレゴリは剣を構える。

この状況で背後から襲われたら勝ち目はない。

今は二対一でないと信じるしかない。



「今日は変化させないの?」

「させない術を学んだだけだ」

「人間に迎合して……。つまらないわよ、そんなの」

「悪いが俺は人間だ」

「いいえ。あなたは竜です。気高く気品のある最上の生物。あなたが人間を名乗ることは、私が許しません」

「俺の生き方にお前の許しは必要ない」

「もうひとつ、面白い話をしましょうか?」

「いや、いい。お前の言葉に耳を貸す時間ももったいない。ここで俺の初手柄でもあげさせてもらおう」


剣に魔力を込めて地面に突き刺す。

魔力を地面に伝わせ、シャドウの立っているところに地割れを起こした。


「あら」


シャドウは呆気にとられた声を発して、暗闇の中に落ちていく。

こんな単純な手で殺せるとは思えないが、相手の出方も見たい。


「――魔女狩りを作ったのは私って言ったら、どうする?」


グレゴリの背後に、彼女は立っていた。

移動するところを見逃したはずはない。

彼女は影から影へ移動できるのだろうか。


「どういう意味だ?」

「ジタを唆したのは私。竜狩りの時と同じように、違う目的と同じ道筋を示したのよ。お互いに利益があるように見せて、彼らにとって不可能と思われる特殊な問題を私が解決する。たったそれだけで、彼らは手を組むことに疑問を持たなくなる」

「魔女を殺す利益は、魔女の特権の独り占めか」

「そうね。そんなことを言ったかしら」

「竜狩りはどうした?」

「竜が邪魔だった彼らと竜の素材が欲しかった私が手を組むのは自然な流れではなくて?」

「何を持ちかけて交渉した?」

「私は少しばかり手ほどきをしただけよ。幸いにも手広くやっていたし、商会にも顔が利いたわ」

「まさか、この竜狩りの武具を?」

「それは違う。魔女狩りの武器は私の入れ知恵だけど、竜狩りの武具は間違いなくヘルメスの作よ。ごめんなさいね」

「だったら、何を……」

「彼らが困っていたのはもっと手前。人を最大限に強化する方法。私が施したのは感情や記憶を代償に人間を超えた肉体を得る黒い魔術。人を竜に勝てるまで強化するのは大変だったのよ? 使えるものは全て使ったけど、成果は得られたわ」

「――そうか。お前が、そうしたのか」


グレゴリは自分の中に感情の火が燻るのを感じた。


「何か思い当たることがあったのかしら?」

「ないことはない。しかし、ならば、お前を許すことはできない」

「許す? 何もあなたに許してもらう必要はないわ」


グレゴリは激昂を顔に出しはしなかった。

ただ身体の内側で熱を持った『それ』を感じながら、改めて剣を構える。


「殺し合うか」

「いやよ。一方的に死ぬのはあなたよ」


グレゴリは素早く踏み込む。

グレゴリの見立てでは、シャドウは戦う人間ではない。

距離を保ちながら魔法を打つようなタイプでもない。

戦場には出てこず、裏で椅子に座って大局を眺める軍師のようなタイプだ。

頭脳戦こそが主で、身体を動かすことは最後の手段としかとらないはずだ。


(そんなやつが出てくる。異常事態か、勝ちを確信しているのか)


グレゴリの剣を、シャドウは回避しなかった。

相手はほとんど水分――手応えは全くと言っていいほどない。

通常ならばそうだっただろう。

グレゴリは魔力を断つ訓練と共に、断たない訓練もしていた。

つまり、グレゴリの剣はシャドウを捕らえられる。


シャドウの左腕が宙を舞う。

その腕の断面からは血の一滴も流れてこなかった。


「あら、痛いわ」

「痛みはあるんだな」

「私を他の狂った魔女と同じだと思っているでしょう? 今の状況も、私にとっては通過点なのよ?」

「お前の目的が竜の再興ならそうだろうな。本当の目的があるだろう。しかしお前、どうやってそんなに長い時間生き続けていたんだ? 魔女になる以前、長寿の方法はほとんどジタが管理していたはずだ」

「言ったこともなかったかしらね。私が生きていたのは魔の時代よ。あの時代にしかなかった黒い魔術はいくつかある。私はその中で他人の身体を乗り移りながら生きながらえる方法を選んだわ。そのための肉体集めとして、竜守教を作ったの。その肉体を快く提供してくれる信者がいくらでもいれば私も助かるわけじゃない?」

「……ならば、お前にはやっぱりちゃんとした肉体が存在するということだな? マグノリアやカースとは違って」

「彼女たちとは形態が異なるわね。でも、それがどうかしたの?」

「いや、少なくとも不老不死ではないことが分かってよかった」


会話をしている間、グレゴリはゆっくりと剣に魔力を集めていた。

訓練のおかげで、武器の容姿は自分の意識で変えられるようになった。

グレゴリの剣が灰色の鋼鉄の塊になり、やがてふたつに別れ、双剣へと変化した。


「二本になれば強くなったとでも?」

「手数が二倍だからな」

「馬鹿みたいね」


シャドウは口元に手を当てて嘲笑する。

グレゴリはその隙を見逃さずに、一気に詰めて剣を振るう。


――影を切るのはそう簡単な話ではない。

策もなく、闇雲に切りつけても効果は薄いだろう。


「剣では私を殺せないわ」

「痛みは感じるだろ」

「だから?」


シャドウは身体を削られているにも関わらず、全く意に介していない。

切られた部位は黒く変色し、地面に落ちた肉片は塵となって消える。


「治さないのか?」

「治す必要があれば治すわ」


飛び散った影の一部が針状へ変わり、グレゴリの肩に突き刺さる。


「くっ……」

「私からすれば無理に人間の姿を維持する理由がないのよ」


今や彼女の肉体はその全身が変幻自在の凶器である。

グレゴリのように意思を以て変化するわけではなく、呼吸と同じように、素早く鮮やかに形を変えてみせる。

そして、彼女の武器である影が身体に突き刺さると、まるで毒物のように猛烈に傷口が痛んだ。


「私の身体は魔力だから、あなたの身体に留まることもできるの。あなたは私に有効な武器もないし、勝ち目はないわ。諦めて降伏しなさい。死ぬまで可愛がってあげるから」

「余計なお世話だ。俺は死ぬなら戦って死ぬ」

「そう。じゃあ、死んだら?」


シャドウの周囲の魔力が大きく波打った。

用心深い彼女はこちらの戦力を見極めるまで大技は撃ってこないと信じていた。

ナイフや針のような小さな攻撃から始めて、毒のようなものまで使ってこちらに対応する手段がないと分かれば、小競り合いは辞めて本気で殺しにくるだろうと信じていた。

グレゴリは彼女が大きな一撃を放つ、この瞬間を待っていたのだ。


バチッと閃光が走った。

眩い光が周囲を照らし、一瞬だけシャドウの影を消し飛ばした。


グレゴリも雷撃を自由に放てるようになったわけではないが、目くらましだけなら可能だ。


(予想通りだ。影は光に弱い!)


瞬きをする時間も与えない。

グレゴリの剣はシャドウの胴体を真っ二つに切り裂き、その断面を雷で発光させる。

影としての能力を失い、普通の生き物のように、その形を保ったまま地面へ崩れ落ちていく。

彼女は驚いた表情をしたまま、何も言わずにグレゴリを睨んでいた。


「必殺とまではいかないか……」


魔力の消費が激しく、グレゴリは武器を落とさないように力を込めているのがやっとだ。


「勿体ないわね。人間の姿でそこまで竜の力を引き出せるのに」


地面に横たわったまま、シャドウは淡々と言う。


「本当ならお前を消し炭にできているはずなんだがな」

「ガーネットにやったみたいにできないの?」

「自分の意思じゃ無理だ」

「そう。期待外れね」


シャドウの上半身が丸く膨らみ、卵が割れるようにして、中から新しい身体が復活した。


「再生能力を持つ敵を倒すには一撃の大きさが重要なのよ? 明るさくらいで克服できるわけないじゃない」


そんなことは分かっている。

そこまで単純な能力の魔女が長く生き残れるはずもない。


「知っている。ただ、使えるかどうか知りたかった」

「使えなかったことがわかってよかったわね」

「いや、そうでもない」


グレゴリは両手の双剣に雷を纏わせる。

これには触れても痺れたりはしない。

音や熱などの力を、全て見た目のみに割り振った状態だ。


「器用な魔法……。私と知り合った時よりもだいぶ腕を上げたのね」

「これでも毎日修練を欠かしていない!」


グレゴリの剣を、シャドウが初めて身を屈めて回避し、五メートルほど離れたところへ移動する。


「どうした? 期待外れの雷撃ではなかったのか?」

「図に乗らないでもらえるかしら。まだ同じステージには上がっていないわよ」


シャドウの足下の影が地面を覆っていく。

グレゴリの周囲を避けて、辺り一帯を完全に暗闇に落としてしまうと、巨大なトカゲが姿を現した。

表面のぬらぬらした分厚そうな皮が特徴的で、今まで狩った魔物よりも強靱な魔力を感じる。


「これは……」

「見覚えがあるでしょう? これは正式名称を『なり損ない』と言うの。竜の失敗作よ」


シャドウは『なり損ない』の顎を優しく撫で、グレゴリを指さす。


「あれが今夜のご飯よ。おわかり?」


『なり損ない』は嬉しそうに吠える。

どうやら、グレゴリを襲う気になったらしい。

しかしこれくらいなら、まだ戦える。

問題は二対一になってしまうということだ。


「さて、この圧倒的な絶望を感じても、あなたはまだ諦めないの?」

「……そうだな。さすがに俺も意地で言っているわけじゃないんだ。ただ、勝ち目が残っているうちには諦められない」

「勝ち目? 勝ち目がどこにあるの?」


その瞬間、全てのものが静止した気がした。

空を舞う葉、風、大木に遮られてちらちらと差し込む弱々しい日の光。

誰も、どの景色にも注目していなかった。

だから彼女は、誰にも知覚されることなく、それを行えたのだ。


「え……」


声を漏らしたのはシャドウだ。

胸元を貫いていたのは、かつてハルに渡した『宵闇』という短刀。

肉体を傷つけず、精神を削る魔法の武器。

今のシャドウにはよく効く違いない。


「すみません。状況は把握しました」

「ハル……。私の背後に、どうやって」

「えっと、その、隙だらけだったので。グレゴリさん! そっちはお願いします! シャドウさんは私が!」


何があったのかわからないが、ハルの顔を見て、グレゴリは目の前の『なり損ない』に集中する。

彼女がああ言っているのなら、他の全てに疑う余地はない。


グレゴリは少し笑みを浮かべ、武器を大剣へと変え、さらに雷を纏わせた。


「ここも修練の場とさせてもらう。さあ、いくぞ!」


グレゴリが『なり損ない』の頭部に剣を振り下ろすと、辺りに激しく炸裂音と光の筋が走った。


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