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花の魔術師に誘われて  作者: 樹(いつき)
第二章 Jungle Lady
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ドレスでは

――――日の光も届かない暗い森の中に、屋敷があった。

ほとんど朽ちた屋根や壁をしているが、その大きさから、元がどれほど立派だったか思わず想像してしまう。

壊れかけた鉄の門を開き、ひとりの男が手紙を手にして帰ってきた。


屋敷へ入り、玄関で跪く。


「シャドウさま。石の魔女より、お便りが届いております」


彼がそう言うと、床の埃が微かに舞い、部屋の角の影から黒いドレスを着た女性が現れた。


「おかえりなさい、カルマ。石の魔女が私に何用かしら。どうせ、ろくでもないことなのでしょうけれど」


彼女は便箋を手に取り、封に触れることなく開く。

便箋が床に落ちると、その周囲が石化した。


本来なら危険物の混入を防ぐ役目のある、魔女の盾カルマがこの便箋を開かなかったのは、石化の呪いがかけられていたからだ。

魔女の所有物には安易に触れてはいけない。


「……雨の魔女が死んだらしいわ」

「死んだ? あの、雨の魔女が? いや、いったい誰が、どうやって……」

「花の魔女に手を出したみたいね。ほら、やっぱりろくでもない」


――花の魔女マグノリア。

今も残っている最古の魔女のひとり。

彼女は他の魔女とは別格だ。

間違っても敵には回したくない。


「いくらあの性格の悪い雨の魔女とはいえ、花の魔女に手を出したなんて、俺は信じられません」

「何かそういう成り行きがあったのでしょう? マグノリアの持ち物が羨ましくなったとか。あの子はそういう動機があれば、相手がマグノリアでも向かっていくでしょうし」

「それは、そうかもしれませんが……」


カルマはしばし言葉に詰まる。

雨の魔女は、確かにとてつもなく強い意志と執着を持つ魔女だ。

しかしそれでも、花の魔女に噛みつくほど愚かだっただろうか。


「この件を契機に、遅かれ早かれ、マグノリアも動くでしょう。私たちのところにも寄ってくれますかね。いえ、それはないでしょうね。こんなところに来ても、楽しいことなんてないのですから……」

「そ、そんなこと言わないでください。シャドウさまは、マグノリアさまとは敵対の意思はないのですよね?」

「敵対なんてしても、意味ありませんもの。もっと言うと、魔女同士の争いにも意味なんてない。本当にくだらない。そんなことで誇示できる力に価値を感じません。でも、そういう方もいらっしゃるでしょうね。ああ、嫌になってきました……」

「――そうだ。食事にしましょう。さっき森でキノコをたくさんとったんです」

「ああ……。どうせ、毒……」

「何年やってると思ってるんですか。間違えませんよ」


カルマはいつものネガティブ思考に陥ったシャドウを放っておき、台所へ向かった。

一時間後には、キノコスープを口にして笑顔を見せるシャドウの姿を、簡単に想像できていたからだ。






雨の魔女レインとの対決から、二週間が経った。

ハルは落とし物を探せなかったことを謝罪し、依頼人に慰められた。

探し物ひとつ完遂できない無力感に打ちひしがれながらも、諦めずに次の依頼を受けた。

マグノリアからのアドバイスで、自分の能力を活かせるものを選ぶよう言われていた。


自分の能力と言えば、燦然と輝く筋力のAと持久力のBだ。

だから、次に受けたのは、畑仕事の手伝い。

その次は荷卸し。

その次は子供の送迎。


本当に誰にでもできる仕事だが、ハルはとにかくこつこつと経験を重ねていくことに決めた。

そしてある程度の自信と信用を得たところで、受付の女性から、銅プレートから銀プレートへの昇格試験を受けないかという話を持ち掛けられた。

銀プレートからは、冒険者としての強さが求められるようになる。

つまり、ここからはハルのやりたかった鍛錬の時間が始められるのだ。


「実は私、剣や弓の心得がほとんどないんです。魔法も、その、適性が……」


ハルは正直に受付の女性に打ち明けた。

彼女は馬鹿にしたりせず、ただ優しく微笑んだ。


「大丈夫ですよ。ギルド会館には専属の教官がいますから、不安なら教室に申し込んでみますか?」

「できるんですか?」

「もちろん、こちらとしても冒険者さまたちの質の向上は必要なことですから。ちなみに、有料になりますが、手持ちの方は……」


ハルは毎日マグノリアの家まで帰っているため、お金は全く使っていない。

だから、これまでの依頼の報酬はそのまま会館の銀行に預けてある。

ある程度の額はあったのだが、講習代はだいたい全財産と同じほどだった。


気の毒そうな顔をしながらも、彼女はそれを受け取り、教室へ申し込みの手続きを済ませてくれた。


「はい、これで完了です。ちなみに、教室は毎日開かれていて、ハルさまの行ける時間に参加するものとなっています」

「そっか。普通は働きながらになるから……」

「皆がいつでも同じ時間に来られるわけではありませんからね。しかし、できるだけ多く参加することをおすすめします。一週間に七日来ても、一日だけでも、代金は変わりませんから」

「わかりました。それは毎日出ないと勿体ないですね」

「生活との両立はなかなか難しいと聞きます。しかしハルさまなら可能かと」

「どうして?」

「とても体力がおありのようでしたから」


彼女はふふっと笑う。

そういえば、彼女にはハルのステータスがバレているのだ。

それを見ればだいたい予測もつくのだろう。


頭の中でざっくりと計算する。

午前中は依頼をこなして、午後は訓練、そして夕方には帰る。

これでよし、とハルは頷いた。

それを見て、女性はくすくすと笑った。


「えっ、どうしたんですか?」

「いえ、私、あなたのファンなんです。どうか、銀のプレートを目指して、がんばってください」


彼女は一礼すると満足気に去っていった。


「あっ、名前……」


もう何度も顔を合わせているのに彼女の名前も知らない。

せっかく応援してくれているようなのだから、名前くらいは聞いておきたかった。

次に会った時に聞こうとハルは決めて、今はとりあえず、手早く具体的な計画立てを行わなければならなかった。


――それから一か月が過ぎた。

銅プレート冒険者としての仕事もこなしつつ、剣と弓の鍛錬をして、家に帰って泥のように眠る。

マグノリアが食事の準備と洗濯をしてくれるのは、ハルにとってこれ以上ないくらいに有難かった。

この世界に来てからずっと、ハルは制服を着たままだった。

少しほつれても、泥で汚れても、次の日には新品同然に修繕されている。

この世界に来て魔法の素晴らしさを最も感じたのはそこだと言わざるを得ない。


ある日の夕食の時、ハルは思い切ってマグノリアに聞いた。


「あの、どうしてずっと私はこの格好なんですか?」

「嫌かね?」

「いえ、この世界の服とか、もっと町に溶け込むような格好の方が目立たずにいいかと思ったので」

「今はまだ目立つことが目的のひとつだからいいんだよ。黒いドレスを身に纏い、猿のように身軽で剣や弓を使う人間など、そうはいないだろう?」

「ドレス……」

「違うのかい?」

「いえ、これは制服なので、ドレスでは……」

「お前がどう言おうとドレスに見えるならそれでいいのさ。動きにくそうな格好で、他の身軽な者たちよりも素早く動くというのは、それだけで十分魅力のひとつになり得る」

「マグノリアさんは、私をどうしたいのですか?」

「儂の盾として恥ずかしくない存在になるには、それくらいのことが必要だということさね。さあ、分かったらさっさと食事を済ませて眠るんだね。もうじき昇格試験があるのだろう?」

「はい。あと五日です。内容は――」

「内容はどうでもいい。結果だけ報告してくれ」

「わかりました」


確かに、受けるのは自分なのだから、マグノリアには関係のない話だと心にとどめた。


「試験の当日にはこれを身につけていきな」


彼女は赤い色の細長い花を一輪取り出した。


「なんですかこれ。ススキ?」

「……ペルシカリアだよ。花言葉は『お前次第』」

「ああ、応援してくださっているのですね! がんばります!」


ハルは受け取った花を部屋に持って帰って花瓶にさした。

魔法の花は役目を終えるまで枯れることはないらしいが、花にはやっぱり花瓶が似合う。


しかしやはり、一輪だけでは寂しい。

花の魔法を覚えれば好きな花を飾れるようになるはずだ。

だからその勉強もして、たくさんの花をここに飾ろう。

いいや、ここだけじゃない。

家の周りを花畑にすることだってできる。


ハルは魔法の練習もより一層がんばることに決めて、まずは直近の試験へ向けて気合を入れ直した。



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