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花の魔術師に誘われて  作者: 樹(いつき)
第九章 素晴らしい世界
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仕上げをしましょう

日付の感覚がなくなりそうなほどに砂漠を歩き続けた。

ハルとグレゴリのふたりは、全身を日光を避けるための外套で覆い、背中には水と食料を詰め込んだ背嚢を背負っていた。


マグノリアの魔力の痕跡はもう少し先まで感知できる。

この砂漠の地中を走ってカースの元へと向かったのだ。


「あ、あれ、見間違いじゃ、ないですよね?」


遠くに、砂漠の中にあるはずのない巨大な樹木林が見える。


「――マグノリアの魔法だろうな」

「少し動いているように見えませんか?」


森林の葉が風の影響ではないような、生き物じみた動きをしている。


「恐らく、砂の魔女の分解能力と戦っているんだ。分解されるよりも早く植物を生成しなければ全て砂に変えられているだろうからな」

「じゃあやっぱりあの中にマグノリアさんとカースさんが……」

「ジタとふたりで追い詰める作戦だった。どういう経緯かわからないが、ジタが死んだことでマグノリアは時間を稼ぐ方へ梶を切ったのだろう」


時間を稼いでハルたちの到着を待つ。

本当にそうなのだろうか。

ハルたちなら倒せる根拠が、ハルには分からない。


グレゴリとは無策で突っ込むことは無謀すぎるという点で意見が一致していたが、解決策を思いついたわけではない。

ただ、対面してみれば新しい発見があるかもしれないという淡い期待に賭けただけだ。


誰が見ても気楽に事を構えすぎているだろう。

しかしハルの直感が告げている。

どうにかなる。

今までその直感が外れたことはない。


「さて、アレを見て最初はどうする?」

「グレゴリさんは正面から障害物を壊しながらひたすら前へ進めますか?」

「囮か?」

「そうです。その騒ぎに乗じて私は身を隠しつつふたりの痕跡を探します。カースさんから妨害があるかもしれません。もしそうなったらグレゴリさんは戦わずにとにかく守りに入ってください。情報を集め終わって、勝てそうなイメージができたら、私がやることを伝えます」

「ひどい作戦だ」

「まあ、私たちにしては上出来だと思いますよ。……本当はマグノリアさんとも合流したいんですけど、どうも意識がないようなんです」


ハルがいつも呼びかける時に使う魔力の線に返事はない。


「だろうな。存在そのものを賭けているような魔力出量だ。思考にさける余裕なんてないだろう」

「グレゴリさんの乱入でひと息つけたらいいんですけど」

「そう上手くはいかないだろうな。邪魔になるつもりはないが、そうなる可能性もある。――そろそろやるぞ」


グレゴリが身体を巡る魔力を練り、膨らませていく。

彼の着ていた鎧が黒く変質、鎧や篭手が肌に吸い付くようにしてぴったりと継ぎ目なくくっついていく。

竜狩りの防具の本当の姿だ。

今までと全く違い、吹き込まれた魔力の濃度から防御力の高さがハルにも分かる。


「使いこなしてますね」

「実戦は初だ。行くぞ」


グレゴリは樹木林へ向かって歩いて行く。

その縁までたどり着いたところで、剣を構えて、一喝と共に衝撃波で無理矢理入り口をこしらえた。


グレゴリはハルにちらっと目線を送り、先に入れというような仕草を送る。

ハルも静かに肺に空気を入れて、身体から流れ出る魔力を消す。

野生生物ですら探知できないであろう精度の隠形遁。

元の世界で使っていたものの応用だ。


ハルが森へ踏み込んだのとほとんど同時に、グレゴリが派手な音を立てながら森へと侵入した。




日の光もほとんど差し込まない薄暗い森の中はハルにとって走り回りやすい状況だった。

複雑に絡み合った幹や枝は足を乗せても全く不安定にはならない。

加えてヘルメスからもらった魔力の上を歩けるブーツもある。

今のハルに行けないところはない。


しかし、森の中は魔力の流れが複雑で、どこからどこへ向かって流れているのか読みにくい。


(下流を探さないと)


マグノリアからカースへ魔力が吸収されているはずだから、流れに沿って進めばカースのいるところにたどり着く。

騒がしくて気配もわかりにくいが、砂の魔女が植物を分解しているのなら地面に近いところを目視で探せば見つけられるだろう。


――カースに会ってどうしようというのか。

出発前、グレゴリに聞かれて、ハルは記憶の中で見たことをそのままグレゴリに伝えた。

信じてもらえるかどうか不安と心配もあったが、彼はその夢のような話も否定せずに聞いてくれた。

そして砂の魔女が全盛期よりも弱っていることを知って、共闘してくれることになったのだ。


しかし、魔法を伝って術者を攻撃できるほど強力な分解魔法を持つ彼女を確実に倒す方法を考えるには、まだ情報が足りなかった。

グレゴリとの話し合いで、戦いの方針としてはできるだけ時間を稼ぐことといざとなった時に逃げられるよう常に退路を確保しておくことに決まった。

それも、ハルが勝機を見つけられたらいつでも攻撃に反転できるよう気を払いながら。


自分でも無茶を言っていることはわかるが、グレゴリはそれも承諾してくれた。

ツミキがいたら良い仲間を見つけたと褒めてくれるだろう。


「――見つけた」


太い樹木のうろを下る、濃い魔力の流れ。

この樹木は恐らくパイプの役割を果たしている。

空気中を漂う風のような魔力とは質が違うように感じた。


一瞬、思案する。

うろの中を通れば目的地へまっすぐ向かえるのではないか。

しかし、その確証はなく、勘のようなものだ。

もしもこの中で死んだらグレゴリへ合図を送ることも困難になる。

そうすれば、彼はどうやってこの戦況を把握するのだろう。


ハルは樹木に太い花の冠を作って、目印代わりに巻いた。

絶対にこの状況にそぐわないものを置いておくことで、気が付いてもらおうと考えたのだ。


「これでいいかな……。さて、行きましょうか」


ハルは気持ちを落ち着かせるために数回の深呼吸をした後、真っ暗なうろへと足を踏み入れた。


内側は鞣したようにつるつるとしており、手で掴めるような部分はない。

ハルは暗闇を照らすための灯りの花を肩に咲かせて先を照らしながら進む。


ある程度歩くと、魔力が濃くなっているのが分かってきた。

着実に前には進んでいるものの、いつになれば最奥へ到着するのか分からない。

そもそも最奥などあるのだろうか。


――ふと、頬に風を感じた。

わずかな変化だが、不安を拭うには十分だ。

たったこれだけのことでも、自分が間違っていないと思える。


数分ほど進み、内部の傾斜がきつくなってきたころ。

外の音が完全に聞こえなくなり、この空洞が地下へ入ったことを感じた。


それにしても、この世界に来て、洞窟に対して良い印象がない。

今回も何か不穏なことが起こるのではないかと慎重に進んでいると、すぐに広い空間へとたどり着いた。


装飾もない単なるドーム状の空間だが、床が妙に波打っていて、いくつもの溝が刻まれている。

空間に漂う魔力が床の中央へと吸い込まれていく。

まるで深い海底へ海流を吸い込む渦潮に巻き込まれたかのように、ハルは身体が引っ張られるような感覚を味わった。


(――しかも)


床がゆっくりと動いている。

魔力と同じように、中央へ向かって物理的に渦巻いている。


「ハル」

「っはい!?」


背後から声をかけられて、ハルは小さく飛び上がる。

慌てて振り返ると、暗がりにマグノリアが立っていた。


「よくここが分かったな」

「魔力を追ってなんとなく……。というか、なんで黙っていなくなったんですか!」

「巻き込むつもりはなかった。と言っても信じまいな」


マグノリアは俯きながら言う。


「そういうことはちゃんと言ってください。私はてっきりついてこいって意味かと……」

「すまない。しかし、来てくれて助かった。手が足りなかったところだ」

「どういう意味ですか? それに、今どうなっているんですか? カースさんは?」

「今、儂はカースとお互いに喰らいあっている。お前と話しているのは見た目だけの抜け殻だ。儂とカースは心臓を持たない魔力で出来た身体だからな。喰い、喰われていることでしばらく時間を稼ぐことは可能だ」

「でもそれって、どうやって脱出するんですか?」

「できるわけなかろう。喰われているのだぞ」


マグノリアは自嘲気味に笑う。

絶望的な状況でありながら、彼女は気が楽そうに見えた。


「お前は儂が偽物でがっかりしたか?」

「何を言っているんですか。私にとってマグノリアさんはマグノリアさんですよ」

「……そうか」


僅かながらに安堵の色を見せると、マグノリアは床の中央を指さす。


「儂とカースはあの地点を中心に自分の領域を広げている。今は均衡を保っているが、儂は奴のように空気中から魔力を吸収することはできん。時間の経過と共に劣勢となるだろう。お前にはこの流れを止めてほしい」

「流れを止める……」

「普通の武器ではカースに溶かされてしまう。どこかにジタの剣が落ちていなかったか?」

「いえ、私は見ていません……」


それらしきものや、戦闘の痕跡もまだ見つけられていない。


「あの不壊(こわれず)の剣を中心に突き刺せばカースも儂もそれ以上先には進めない。強制的に活動を止めることができる。マグノリアのやろうとした砂の魔女の封印をこうした形でなら行うことができるのだ」

「……それが望みなんですか?」

「記憶を見たお前なら理解できるだろう。命をかけても倒すことは叶わない相手をこうして封じることができるのは悲願だった」


本当にマグノリアが納得しているかどうか、ハルにはわからない。

だが、マグノリアが自分の分身を生み出してでも目的を達成したいと願うことは、間違いではないと思う。


「マグノリアさんは立派です。自分の生み出したものと正面から向き合って、責任を果たすのは、普通はなかなかできることではありません」

「しかし儂は、何度も逃げた」

「知らないんですか? 何度逃げたとしても、最後に立っている人が一番偉いんですよ」


だから何があっても諦めるな、とハルはツミキに何度も言われた。

その言葉に救われたことも多い。


「最後の仕上げをしましょう。改めて、指示をください」


ハルはマグノリアの記憶を見てから、彼女と共犯になるつもりでここまで来た。

今、緊張も怖さもない。


「――ハル。ジタの剣を持ち、この一連の騒動に幕引きをしろ」


ハルは一度だけ小さく頷くと、風のような速さでその場を後にする。

役目を全うするために、命をかけることに決めた。

それが、命をかけて時間を作ったマグノリアへの敬意だと思ったからだ。


森へと抜け出たハルはグレゴリの姿を探す。

そこで見たのは、事前の予想とは全く違った状況だった。

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