お前は俺と同じだな
――湖に囲まれた大きな島の中にある町、ガーディナ。
星の魔女からの大打撃を受けたガーディナ魔法学校は、少しずつ再興されていた。
先の戦いの結果から候補生含む魔女狩りたちは戦力外通告を受けて解体され、学生たちと共に魔女の被害を受けた人々を助ける仕事に従事していた。
そんな慌ただしい学校の一室で、グレゴリは窓から外の様子を見下ろしていた。
ジタから戦力外と告げられたのはグレゴリも例外ではなかった。
魔女狩りとしての資格を剥奪され、上層部へ異を唱えていたところ、この部屋での待機を命じられたのである。
「――起きているか?」
ノックと共に現れたのは、ジタの側近だった青年、デルバードだ。
彼が置いて行かれることが決定した時の取り乱しようは言葉では言い表せない。
グレゴリも自分だけが外されたのなら強行手段に出るつもりだったが、命を捨ててでも魔女を狩りたいほどに憎んでいる者たちが大勢いることを知ると、勝手な行動をとることができなかった。
「ああ、起きている。被害は落ち着いたか?」
「そうだな。魔女が減ったのは大きい。料理番から朝食をもらってきた。食うか?」
「いや、いらない」
「そうか。なら、俺だけもらおう」
彼は手にしていたバスケットを机に置き、中から青いリンゴをひとつ取り出した。
「ところで、ジタさまが今朝砂の魔女討伐へ出立された」
「……なるほど。やっぱり俺は外されたか」
「足手まといだからな。俺も、お前も」
「俺はともかく、お前は何が何でもついていくかと思ったが」
「そこまで子供じゃない。それに、救助任務も立派な仕事だ」
「納得はしているのか」
「しているはずないだろう。だが、納得していなくても命令は絶対だ」
彼の声には覇気がなかった。
グレゴリにしてみればよく耐えているといった様子だ。
実際のところ、ジタは出かける前にグレゴリに声をかけていた。
元々身内ではないグレゴリの暴走を危惧したのかもしれないが、その程度のことは予測できていた。
砂の魔女は数が多ければ勝てるという相手ではない。
何が弱点となるかわからないところに、他人を連れて行きたくはないのはグレゴリも同じだ。
グレゴリはひとつのオーブをジタから渡されていた。
これはジタと繋がっており、死んだら合図を送ると聞いている。
他言しないのなら好きにしていいと言われた。
もちろん、ジタが死んだとしても誰にも言うつもりはないし、実際に彼らを見ていて言えるはずもない。
ジタはグレゴリにこうした人間の性質を学んでもらおうとここに招いたのかもしれない。
そしてそれがジタの思惑通りであったなら、人間の倫理観では物事を見ていないはずのグレゴリの行動を、完全に縛ることに成功していた。
「今日の訓練はいいのか?」
「グレゴリ、君の心遣いには感謝する。俺は大丈夫だ。今は鍛錬よりも別のことをしていた方が気が紛れる。俺はこれから蟲の魔女が残した禁域の浄化と残った魔物の討伐に向かう。恐らくもうあそこに生きている人間はいないだろうが、もしもいたなら助けなくてはな」
「大仕事だな」
「ああ。これは俺の持論だが、生きている人間は生きている人間のために働くべきだ。憎悪や恩讐に身を任せても、あとに残るのは虚しさだけだ」
「嘘だな。本当は身を任せたいのだろう?」
「当然だ。ジタさまの命令じゃなければとっくに魔女の元へ向かっている。俺の命は魔女狩りになる時にジタさまへ預けた。そのジタさまが死ぬなと言うのなら、俺は死ねない」
ジタへの忠誠心が復讐心に勝ることもあるのか、とグレゴリは感心していた。
対して、自分はどうだろうか。
人と関わることに決めて山を降りたものの、一時の感情に身を任せ、後先を考えずに行動してきた。
その結果、冒険者、魔女狩りと所属する組織を転々とし、未だ何も為しえていない。
その結果を見て、衝動に流されてはいけないということを学んだ。
大昔、グレゴリが最後の生き残りの竜であったころ。
竜狩りたちは今の魔女狩りとは違い、憎悪よりも使命感で竜を狩っていた。
人間に対して最大の脅威であった竜は、その目立ちやすさもあり、瞬く間に数を減らしていった。
グレゴリの両親は激しい戦いの末に敗れ、まだひな鳥同然だったグレゴリの前に、彼らは現れた。
今でもはっきり覚えているのは、傷だらけの武具と疲れ果てた彼らが、刃ではなく言葉を投げかけてきたことだ。
グレゴリは頭のいい竜だった。
初めは彼らの言葉を理解できなかったが、半年もすると簡単な会話ならできるようになっていた。
彼らの話によると、ドラゴンはグレゴリを残して全て死んだらしい。
それを聞いても、グレゴリは何も感じなかった。
竜は竜同士の縄張り争いで殺し合うことがままある。
例え同種が滅んだとしても、悲しがることのできる種族ではない。
グレゴリは人間として生きていけるよう、魔法で人間の容姿をもらった。
一度だけ使える変化の杖というものらしい。
竜狩りに備えて用意したが結局使わなかったとのことだった。
彼らはグレゴリに剣を教えてくれた。
戦う力はどんな時代になっても必要だと語っていた。
そしてとうとう彼らは人間のところへは帰らず、グレゴリの傍で老いていった。
竜狩りたちは贖罪だと言ったが、グレゴリには理解不能だった。
自分たちに対する脅威を排除して、何が罪になるのだろうか。
人間は生物としての寿命が短い。
あっという間に彼らは死んでいく。
竜狩りはグレゴリに人間として生きていくための知恵と知識、そして竜狩りの剣と鎧を残してくれた。
しかし、それだけでは全く人間のことを理解しきれていない。
人間の真似事をしているだけだ。
彼らのことをもっと知るために、グレゴリは人間たちを観察しながら旅をして、冒険者ギルドに行き着いたのだ。
「……人はなぜ人を助けるのだろうな」
グレゴリがふと口にしたことに、デルバードが首を傾げる。
「考えたこともなかったな。人を助けるのに理由がいるのか?」
「戦うのには理由がいるのだろう? 助けるのには理由はいらないのか?」
「人と人とが助け合わなければ社会は成立しない。理由があるとすればそういうことじゃないか?」
「社会か……」
「人間は群れで生活する生き物だからな。ジタ学長のように特出した個人がいることもあるが、基本的には助け合いで回っている。その最たるものがお前も所属していた冒険者ギルドじゃないのか?」
デルバードはリンゴの最後のひとくちを口に放り込む。
「何を悩んでいるのか知らないが、迷うなら戻ってみるのもいいんじゃないか?」
「戻る?」
「冒険者にだよ。ここで救助活動を手伝ってもいいが、自分がやりたいことを優先しろ」
彼は口惜しそうに言う。
本音で言えば、グレゴリにも手伝ってもらいたいはずだろうが、その気持ちを押し殺しているのが見て取れる。
「俺は学長の意思を尊重して行動するが、それは俺がそうしたいと思っているからだ。だがお前はそうじゃない。そうだろ?」
「まあ、そうだな……」
グレゴリが引っかかったのは、所属する組織を戻ると表現したことだ。
自分が自分であることは変わっていないはずだ。
(所属する組織が己の存在意義を決めるのか)
話を終えたデルバードがドアノブに手をかける。
「それじゃあ、俺はそろそろ行く。朝から長居したな」
「ああ。――がんばれよ」
それを聞いてデルバードは目を見開く。
「あまり長い間お前といたわけじゃないが、初めて聞いたな」
「言ってみるのも悪くないと思っただけだ」
デルバードは笑みを浮かべて部屋から出て行った。
それを見越したかのようにオーブにヒビが入る。
「逝ったか……」
グレゴリの独り言を聞いてか、窓がわずかに揺れる。
「いるのは分かっている。知らないならまだしも知っている魔力だからな」
窓が外から開かれ、見覚えのある黒装束が入ってくる。
「……一応、表立って堂々と入るのは遠慮したんですよ?」
「少女、お前は俺と同じだな」
「何がですか?」
ハルは首を傾げる。
その様子を見てグレゴリはフッと笑った。
彼女もまた、組織には属さない人間だ。
同じ型の人間がいることに安心している自分がいる。
その心境の変化にも、グレゴリは感動していた。
ハルが魔法学校へ着いた時、その慌ただしさと人の出入りの多さから違和感を持ち、馬車の荷台を調べていたところ、魔女狩りが解体されたこととジタが姿を消したことを知った。
しかしジタがいくら強くても、砂の魔女のところへひとりで乗り込んでいるはずはない。
過去の記憶を見たハルだからこそわかる。
個人の能力の高さでは砂の魔女には通用しない。
だからこそ、思い至ってしまう。
もしかするとグレゴリも同行したのかもしれないという可能性に。
この学校に知り合いはふたりしかいない。
石の魔女ガーネットの盾であるアルヴィンと魔法の道具を作る鍛冶師のヘルメスだ。
学校の隠し部屋を訪ねると、ふたりともそこにいた。
「お前また来たのか」
アルヴィンがうんざりした表情を隠さずに言う。
「グレゴリさんは学校に来てますか?」
「ああ、あいつが目的か。――数日前なら確か居たと思うが、今は知らん」
「どの部屋です?」
「上の方だ。学長が魔女狩りの部屋をひとつ与えていたはずだ」
「ありがとうございます。あ、あのヘルメスさん」
奥で興味がなさそうに分厚い本を読んでいた老人に声をかける。
「ブーツ、ありがとうございます。とても助かってます」
「……それはな、失敗作だ。扱えているのなら良いが、あまりあてにするものじゃないぞ」
「失敗作なんですか?」
どこがどう失敗しているのかわからず、ハルは自分の履いているブーツを眺める。
「今ジタの使っているものが完成品だ。空中の魔力を蹴って加速することのできるものだ。馬で数日かかる距離でも半日で行くことができる」
「すごいですね!」
「お前にもくれてやろうかと思うがあいにくアレを作るのは二百年ほどかかる。寿命が先に尽きるな」
「それは残念です」
興味はあったが、実際のところ長距離の移動にはもう困っていない。
植物に乗って移動する方法を見て学んだからだ。
根さえ張っていれば瞬時に移動できるよう、少し練習をした。
「では、私はグレゴリさんを探しに行きます。ありがとうございました」
「……カースを殺しに行くのか?」
「そうなるかもしれないとは思っていますけど、殺さずに止められたら一番ですね」
「偽善者のお前がそこまで言うか。っていうか、まるで会ったことがあるかのような口ぶりだな」
「茶会で会ったじゃないですか」
「俺いねえよ」
そういえばそうだった、とハルは苦笑いをする。
「……カースも助けられるといいな」
「鬼畜のアルヴィンさんがそんなこと言うなんて」
偽善者と言われたことに対する言い返しに、アルヴィンはわずかに眉をひそめるだけで無視した。
「カースが死なずに済んだら、他の全てが上手くいくような気がするだろ?」
「確かに、それぐらいの奇跡でしょうね」
説得もできない、服従もさせられない。
心臓はすでに抜き取ってあるが、仮死状態にもならない。
魔女にとっての禁止行為である魔女への攻撃も全く効き目のない、ほとんど不死身の存在だ。
「まあ、やれるだけのことはやりますよ。健闘を祈ってください」
「ああ、お前らが頑張ってくれると俺たちもここから解放されるからな」
魔女の一件が済めば石の魔女ガーネットとアルヴィンはここから解放される。
そういう契約で彼はここにいる。
ハルには魔女の一件というのがどこからどこまでなのかわからないが、魔女狩りの本来の目的は全ての魔女の心臓を手に入れることだろう。
そう考えると誰の味方もできないハルは曖昧に笑ってその場を後にした。




