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花の魔術師に誘われて  作者: 樹(いつき)
第九章 素晴らしい世界
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猛毒の魔力を飲むといい

マグノリアの全てを見たと言うのは過言だろうか。

ハルがマグノリアの記憶を見ていたのは、現実の時間にすれば五分にも満たない時間だ。謎に包まれていた彼女のことが少し分かってきた。

マグノリアのとった行動は、砂の魔女の心臓と自分の心臓を守るためには最善であったと思う。

とはいえ、彼女の行動には共感も理解もできない。

自分勝手なことばかりしているし、バジルも振り回されていただけで彼の意思は全く反映されていなかった。


しかし、その矛盾も嫌悪感も、ハルには心地よいものがあった。

どこか人外じみていて理解しづらかった彼女のことを、同じ人間だと思えた。


「……結局どういうこと?」


ハルは頭を悩ませる。

今ここにマグノリアがいないことも、突然記憶の映像を見せられたことも、何の説明もない。

内容から察するに砂の魔女との戦いに役立てろということだろうが、それくらい口頭で伝えてくれてもいいではないか。


ひとりで考えてもわからない。

ひとまずはファリスにも考えを聞いてみようと部屋の外へ出ると、そこに彼女がいた。

彼女は薄着で首にタオルをかけており、そういえば風呂上がりだったことを思い出した。



「どうしたんですか?」

「妙な感じがした。お前や花の魔女の魔力に似ていたが、違うような魔力を微かに感じた。何をした?」

「私は別に……。たぶん、マグノリアさんです。昔の」

「私にはわからないが、お前には理解できるのか」

「たぶん、ですよ。確かめようもないですし」


地下のマグノリアのことは誰にも話すべきじゃないとハルは考えた。

そこからここまで冒険者ギルドの建物の壁の中を抜けて来たのだとしても、それは確かに確かめようのないことだ。


「それよりも砂の魔女に関する重要な情報が手に入りました。カースは今、心臓を持っていません」

「ありえない、とも言い切れないか」

「もっと驚くと思ったんですけど」

「心臓を抜く前に魔力をどれだけ残すかは魔女側で決められるからな。だが、消耗するだけだ。永久には生きられない」

「外の物質から魔力を取り込み続けていれば、砂漠自体が生き物のように動けますよね?」


ファリスはその答えに目を丸くする。


「考えたこともなかったな。どうして思い当たったんだ?」

「だって、マグノリアさんがそうじゃないですか。あの人を人間だと言うのは無理があるでしょう?」


マグノリアもカースからヒントを得て植物の身体になったのだろう。

禁域の森自体がマグノリアの身体だとすれば、そこで死んだ生き物を吸収して糧にしていれば魔力はどんどん溜まっていく。

その膨大な魔力をどうするか考えれば、マグノリアが今どこにいるのか、想像もつく。


「そうか。ひとりで、砂の魔女を倒しに行ったんだ……」

「花の魔女がか。本気を出そうと思えばお前は邪魔だろうからな」

「あと、すぐに私が来ることを信じているんだと思います。じゃないと、削る意味がありませんから」

「削る? お前は倒しきれないと考えてるのか」

「向こうも同じだけの時間、魔力を蓄えていたと考えたら実力は拮抗していると思いませんか?」

「冷静だな。師の勝ちを信じられないのか」

「それはそれ、これはこれです。マグノリアさんの実力は疑っていませんけど、魔女狩りやジタさんが勝てない相手に余裕を持って勝てるとは思えません。それに、勝機を感じているなら一緒に行くはずでしょう?」

「自分に自信があるのはいいが、お前もなかなかだな……」

「……どういう意味ですか」


ハルが口を尖らせていると、ファリスが続ける。


「一度お前の手札を整理してみろ」

「えっと、植物の魔法と、バーンさんからもらった火の魔法。あと、シャドウさんの小刀くらいですかね……」

「違うだろ。お前の武器は」

「へ――」


空を裂く音と共に、鈍い光が視線の端に見えた。

反射的にのけぞると、ファリスがハルの顔に槍を向けていた。


「その身体能力の高さだ。どうなっている?」

「そんなの、私だってわかりませんよ。元々こうです」

「理屈はどうでもいい。ただ、お前がそれを武器だと認識していないのは腹が立つ」


ファリスは槍をくるくると回すと、火柱の中に消した。

こうして見ると、記憶の中でバーンがやっていたのと同じことができることがわかる。


「砂の魔女を倒すために必要なものは強力な一撃だ。お前の身体なら何か思いつくだろ」

「私に欠けているものですね。でも、そこはグレゴリさんに頼めば……」

「なんだ?」

「どこに行ったんでしょう?」

「……魔女狩りなんだからジタと一緒だろ」

「そうですね。わかりました。私はこれからグレゴリさんとの合流をして、それから砂の魔女の元へ向かおうと思います」

「そうか。頑張れよ」

「はい!」


明るい返事をして駆けていくハルの背後で、小さなため息が聞こえた。






果てしない砂の海。

景色の端から端まで、どこまでも続いている。

ここは本物の砂漠ではないため、草木の一本も生えておらず、生き物の気配は全くない。


「儂らからすればありがたいことか」


マグノリアが呟くと、ジタは呆れたように腕を組む。


「この濃厚な死の気配が、か」

「今度は誰も巻き込まずに済む」

「まあ、前回は結構な数の人間が死んだもんな。ああ、やったのはお前じゃないか」

「今更どうでもよいことだ。土地がこうなっても人間は生きていく」

「さすが人外さまは目線が違う」

「お前と言い争うためにここへ来たのではないぞ」

「そうだな。さて、そろそろやつを見つけてくれないか?」

「……もう見つけている。北に十キロほどだ。しかし妙だ。何か連れているな」


地中を伸ばした植物の根は周囲二十キロに渡って探知を行っている。

魔力の有無だけを探知しているため相手の容姿まではわからない。


「まさか盾を?」

「可能性はある。盾の契約は何らかの形で完結させなければ時間が先に進まないからな。だが、盾とはいえ、殺すことは可能だ。なぜあれの傍で生きている?」

「完全に敵意がなければ反応しないのは確認済みだろ」

「あれの所業を全て受け入れて一度も不快な感情を抱かないことなど、知能のある生き物には不可能だ」

「じゃ、盲信してるだけだろ。何にしろそいつはさっさと片付けて砂の魔女を削らないと倒せねえだろ? もう行くぞ」

「まったく、お前はそうやって下調べをしないから死にかけるんだ」

「俺は死なん!」


衝撃と共にジタが跳ぶ。


「やれやれ。あいつと組もうとしたのは間違いだったかね」


マグノリアもすぐに後を追って地中へ潜る。

ジタの異常な強さと精神性がなければ組もうと思わなかった。


――ジタと共にハルが来るまでカースを削る。

この作戦を思いついたのは、何も時間に迫られたせいではない。

マグノリアは『マグノリア』として生まれた時から、ずっとカースを倒す手段を考えていた。

そして思い当たったのが自分が何をされたら嫌かということだった。

それは魔力の補充よりも早く消費させられること。

マグノリアは魔力の根源である心臓を元の身体に残したままで行動している。

だから、魔力の補充と身体の維持に生物の栄養が必要で、それは限りなく効率の悪い貯蓄方法となっている。

カースも同じ手段をとっており、一度力尽きてしまえば、そのまま倒してしまえる確信がある。


悔しいことにジタや魔女狩りのおかげで心臓を抜かれて魔力の尽きた魔女がどうなるのか、実際に自分の目で確かめられたことも大きい。

カースを倒したら次はジタの番だ、と胸の内では密かに考えていた。

他の魔女の心臓を取り返すためではなく、彼をこの世界におけるひとつの脅威として、排除しておきたかった。

しかし結局、彼を倒す具体的な方法は浮かばないままで、とうとう砂の魔女との決戦の日が来てしまったことが今の心残りだった。


カースから少し離れたところでマグノリアは地表に出る。

カースの探知範囲の外ではあるが、視界には入っているはずだ。

そしてこちらからも視認できる。

カースの傍を歩く、全身に鋼鉄の鎧を纏った大きな人型の生物。

人間ではあり得ないサイズのそれは、マグノリアを発見してカースの前に立つ。


「面白い!」


声は空から聞こえた。

ジタはその敵の真上から高速で斬りかかる。

それはさながら鷹のように、とても常人では反応できない速さであったが、その生物は片腕を上げてジタの剣をガードした。

甲高い音がして剣は弾かれ、ジタは地面を滑りながら着地する。


「……誰だ」

「魔女狩りだ! マグノリア、こいつは俺がやる!」


楽しそうに剣を構えるジタを見て、マグノリアはため息をつく。


「やれやれ。問題児だらけかね……」


ジタへ手を伸ばそうとしたカースの腕を深緑のツタが絡め取る。

事前に命令を与えておいた物理的な植物魔法だ。

相手の動きに合わせた操作は行えないが、自分と切り離しておけば、これを伝ってマグノリアへ砂の魔女が得意とする分解の魔法が及ぶことはない。

一番の問題はペナルティーのことだが、これを解決する方法もすでに考えてある。


「ここを儂の禁域とする」


マグノリアを中心に無数の植物が発生して、あっという間に視界のほとんどを飲み込む。

日光が差し込まないほど鬱蒼とした森林は、大地を太古の姿へと戻す。


「さあ、猛毒の魔力を飲むといい」


カースの分解速度は凄まじいものがあるが、分解されにくい魔法の構造というものもある。

自分も同じ仕組みの身体だからこそ分かるようになった。

魔力を吸収するための分解は普通の魔法とは違う。


カースは本来ならば周囲に発生した魔力の塊であるマグノリアの禁域を一瞬で飲み込むはずだが、今回は全く分解できずにいる。

マグノリアは自分の分解の魔法を外側に向けて発生させている。

言ってみれば胃の内側と外側を入れ替えているようなものだ。

マグノリアの分解とカースの分解がぶつかり合い、エネルギーがゼロに近くなっている。

そして無理に飲み込もうとすれば、カースの体内で徐々に彼女の身体を蝕んでいく。


一見有利に見えるこの膠着だが、永遠には続かない。

おそらく砂の魔女の実力ならすぐにこの環境に適応してくる。

そうなると、今度は大量の栄養を得た砂の魔女の侵攻により、マグノリアは簡単に砂へと変えられてしまうだろう。


今の間に、可能な限り彼女を削っておかなくてはならない。

そして、環境への適応をされないよう集中力を乱しておく必要がある。


得体のしれない敵はジタに任せて、マグノリアは自分の役目を果たすために、樹木の中へと潜った。

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