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花の魔術師に誘われて  作者: 樹(いつき)
第八章 青い薔薇
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私ではない私

「――話はわかりましたが、本当によろしいのですか?」


レヴィが困惑の表情を浮かべてマグノリアに言った。

真夜中のギルド会館はとても静かで、暖炉のぱちぱちという音だけが聞こえている。

マグノリアは静かに視線を落として、抱えた鉄箱を見る。


マグノリアは決戦前にバジルと約束していたことがあった。

それはもしもバジルがいなくなっても決して後追いをしないこと。

そして、砂の魔女への対策を諦めないこと。


バジルはマグノリアの心の弱さを心配していた。

そしてその極端に頑固な性格も。


だから、たくさん話し合いをして、こういう結末になった時にどうするかも決めていた。


冒険者ギルドには今はもう使われていない地下牢がある。

その最奥に、凶悪な罪人を捕らえておくための大きな檻があった。

その鉄檻は魔力を通さない素材で作られ、壁や床は触れているだけで全身の力が入らないようになっている。


今だからこそ分かる。

これは金の冒険者の試練に使われていた洞窟と同じ素材のものだ。

あれも人の手で作られたものなのだろうか。


「この奥に入れば、二度と自分の意思では出ることができません」

「たしかに、そんな雰囲気がしますね。じゃあ、ちょっとその前に……」


マグノリアは杖を取り出して床に置く。

魔法を使えなくなる前にやっておかなくてはならないことがある。


「この世界にはまだ『マグノリア』が必要です。魔女を統制することは私にはできませんでした。もっと冷静で感情に流されない魔女でなくては……」


自分の記憶を模倣した記憶の種と魔女の心臓を、マグノリアは杖に重ね、そして魔力のほとんどを受け渡して発芽させる。

頭部は鹿の骨を模して、身体は木の幹を絡み合わせてわざと禍々しい外見にした。


「あなたはマグノリア。私ではない私……」

「言わずともいい。儂はお前だ。役割は全て理解している」

「ありがとう。この行動がどういう結果を生んでも、私はあなたを恨みません。レヴィさん、彼女のこともお願いできますか?」


レヴィは否定も肯定もしなかった。

彼女が面倒を見てくれるかどうかマグノリアには判断できないが、声をかけておくくらい悪くないだろう。


「それじゃあ、レヴィさん。鍵を開けてください」


大きく重く、錆びた錠前が大きな鍵で開かれる。


「それでは、さようなら。また会う日まで」

「私がどれだけ眠るかわからないのに……。レヴィさん、見た目も変わらないし、何者なんですか?」


マグノリアが冗談めかして聞いても彼女は微笑むだけで答えなかった。


「私はここで砂の魔女の心臓を守り続けます。願わくば、これが必要なくなる日を待ちながら……」


マグノリアは鉄箱を抱えて檻の奥まで進み、壁を背にして座り込んだ。

すぐに魔力切れ特有の眠気がやってくる。

錠前のかかる音を聞きながら、マグノリアは深い眠りの中に落ちていく。


(未練がないなんて言えないけど、でも、バジルもこれを望んだはずだし)


やけになって砂の魔女に突っ込んでいくことだけは彼も許さなかっただろう。

だから最初からこの落とし所を考えていたのだと思う。


(それにしても、最初から最後まで、私ってなんて自分勝手だったんだろう)


千年生きた。

だから今更自分の性格を変えようとも思わなかった。

初めからそうだっただろうか。

みんなに迷惑をかけながらもヒーラーを辞めなかったことからすでに、自分勝手な行いだったのかもしれない。

そんな自分を受け入れてくれた、バジルとジタ、シュネーには感謝してもしきれない。


この思いはもうひとりのマグノリアに託した。

その結果がどうなるか、もう確かめようもないが、もしもまた、誰かにこの話をできるのなら、全部知った上で成り行きを見守ってほしいと思う。


────この記憶を見ている誰かへ。

どうか、彼らの最後を見届けて。


マグノリアの思考は完全に停止する。

たった一本の細い枝が、弱々しく壁を這っていく。

どれだけかかっても『誰か』には伝えたい。


そんな淡い気持ちを込めた最後の魔法。

植物の強みは環境への適応だ。

魔力のないところでも、植物は育つ。


うつら、うつら。

マグノリアは砂の魔女の心臓をしっかりと抱き抱え、やがて、完全にその生命活動を停止した────。


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