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花の魔術師に誘われて  作者: 樹(いつき)
第八章 青い薔薇
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どういう意味ですか

バジルの記憶の種子を完成させるまで、どれくらいの月日がかかったのか、マグノリア自身も覚えていない。

それに、これを完成と呼んでいいのかも分からない。

マグノリアの作ったバジルの記憶を埋め込まれたバジルは、違和感のあるものの、かなり近い人格ではあった。

誤算があったとすれば、彼がそれに恩義を感じて、魔女の盾として契約の条件を満たしてしまったことだった。


それが直接問題になったわけではない。

マグノリアは誰かと争うつもりでこの力を手に入れたわけではないし、ジタとの戦いで使った後は世の中のためになることをしようと決めていた。


だからまずはグラスネスの周囲に生命力に満ち溢れた森林を作り出した。

お世話になった街へのお礼のつもりだった。


しかし、世間は想像していた以上に未知の魔法へ懐疑的だった。

四大魔法以外の魔法は、魔法ではなく魔術だと言われた。

冒険者ギルドに迷惑をかけたくなくて、マグノリアは自分から引退を申し出た。

レヴィの寂しげな顔が印象に残った。


それからはバジルを引き連れて、世界を旅して回った。

何を目的にしたらいいのかも分からず、生きる意味も見出せない。

バジルはそんなマグノリアを優しく慰めた。


マグノリアは、いつの間にか彼のことを異性として意識し始めていた。

おかしなことだとは何度も思った。

彼は死人で、その感情も性格も命ですら作り物だ。

なのに、どうしようもなく好きになってしまった。


「落ち込んだ顔をしているな。大丈夫か?」


自己嫌悪に陥っていると、またバジルが慰める。


(私って、最悪だ)


何度もそう思った。

自分に都合の良い作り物の存在。

だが、作り物であっても命は命だ。

何十年も何百年もそう自分に言い聞かせ続けていると、そのうちにそれが真実であるように感じてくる。

自分自身を騙すことすらも超えて、やがてそれは真実となる。


マグノリアはバジルと一生を添い遂げることを誓い、やがて夫婦として生活していくこととなった。

人里離れた森の中で、切り株の中に家を作った。


魔力で生きるふたりは生活に食糧を必要としない。

ある程度のことは魔法で解決でき、好きなことをして暮らしていい。

初めのうちは平和だった。


それからしばらくして魔女を名乗る者が現れた。

よく知った顔だった。


「バーン……」

「よっ」


マグノリアの住処を訪れた彼女は、以前より髪が赤くなっていて、瞳の色も赤く染まっていた。

植物の魔法を使って紅茶を出している間も、バーンはきょろきょろと興味深そうに部屋の中を見回していた。


「魔法でこんなことができるのか」

「バーンさんはできないんですか?」

「まあ、あたしのは火の魔法だから家を作るのは難しいな」


バーンは手のひらに小さな火を揺らめかせる。

以前見た彼女の火の魔法とは違い、もっと本物の火に近い温度や風を感じる。


「どうして魔女って名乗ったんですか?」

「魔女の方がかっこいいだろ」

「え、あ、そうですね。確かに……」


名乗るにあたってそれもいいかと考えていると、バーンは顔をずいと近づけて真剣な顔で言った。


「お前の作ったこの魔女のシステムだが、今ヤバい奴が魔女になっている」

「え?」

「そいつは言うなら砂の魔女……。災厄そのものだ」


マグノリアはバーンから、ここ数百年のうちに何があったか聞いた。

マグノリアは確かに魔女のシステムを作ったが、ほとんど触れておらず、バジルと隠居していたため、その管理は全くと言っていいほどできていなかった。

そのため、本来魔女になってはならないような人間が蔓延っていることを今ここで初めて知ったのだ。


「誓約が機能してないって、どういうことですか?」

「そのままだよ。要するに契約書を理解しないままサインしたから機能してないってことらしい。あたしらからしたらふざけんなって思うけどな」


契約書はきちんと読み込まないとサインができないように作ってある。

しかし、読み手の動き認知能力や理解力によっては抜け穴ができてしまうのだろう。


「……どうしましょう」

「止めるしかねえよ。でも魔女同士の争いはできないだろ? 盾って言ってもアレに対抗できる人間なんかいねえよ」

「そんなになんですか?」

「魔力そのものを砂に変える魔法を使う。魔法の性質とか生物か非生物かも関係ない。触った魔力を見境なしに砂にするからあいつの周囲は砂漠に囲まれてる」

「でもそれくらいなら、反応できないくらい遠くから狙撃すれば……」


バーンがため息をついて首を振る。


「たとえばあたしが全力で魔法を使うとするだろ」


彼女の手のひらから凄まじい勢いで火柱が上がって天井へ届いたあと、霧散して消える。

マグノリアの植物の魔法は比較的ゆっくりな方だ。

こんな早さで魔法は出せない。


「あたしも飛んできた矢を空中で溶かすくらい余裕だけど、砂の魔法はこの三倍は速い。あいつに向けて魔法を使ったらその魔法を伝ってあたし自身が砂になっちまう」

「魔力を伝うってそういう意味ですか」

「あいつを倒そうとした人間たちがそんな感じでやられた。剣も槍も同じだ。当たったとこから砂に変わるから全く効かない」

「砂の魔女さんとお話しはしたんですか?」

「──あいつ、多分厄介払いされた捨て子だ。精神も未熟で読み書きどころか意思疎通すらも怪しい。魔女になれば食糧がなくても魔力で無理矢理生きていけるからな」


争いの種になりそうなことを取り除くために作った生存能力のはずが、本来生き残らないはずの人に手段としての機能を与えてしまっていたのか。


「創始者さんよ、魔女を殺すには三度の罰しかないんだろ?」

「まあ、そうですね。まさかこんなことになるなんて思っていなかったので……。ああ、でも止めるだけならもうひとつあります」

「心臓、か」


竜の一件から魔力の源を心臓にすることを思いついて魔女にもそのシステムを組み込んだ。

心臓を抜けば魔力の供給は途絶え、肉体は仮死状態になる。


「それをするのが魔女の盾ってわけか」

「はい。でも、バーンさんは魔女の盾は……」

「いねえよ。誰かを従えるなんてあたしは面倒だからな。今いるやつらでも盾を作ってるのはドラゴンオタクのシャドウと海の魔女マリンくらいだ。シャドウは協力しないだろうし、マリンのとこのは戦闘向きじゃない。ただの漁師だ」

「だとすると……」


マグノリアは町へ買い出しに出ているバジルを思い浮かべる。

戦闘に関する実力は太鼓判を押せる。

だが、もう二度と戦わせたくない。


「私はもう、誰とも争いたくないんです。人が死ぬとこも見たくない……」


マグノリアがそう言って俯くと、バーンは腕を組んでふーっと納得したような諦めたような、深いため息をついた。


「だろうな。あたしもシュネーの一件からあんたの周囲のことはだいたい知ってるつもりだ。あんたは戦う人間じゃない。だからヒーラーやってたんだからな」

「すみません……」

「気にすんな。そもそもあたしもダメもとで声かけたんだ。これから冒険者ギルドにも協力を頼んで大部隊を編成してもらおうと思ってる。竜狩り以来の大仕事になるだろうな」

「竜狩り以来って……」

「流石にそこまで説明するのは面倒だ。自分で調べな。じゃ、あたしはこれで帰る。お前の盾が窓の外で聞き耳立ててることだしな」

「えっ!?」


マグノリアも注意深く魔力を探ると確かにそこにバジルがいることがわかった。


「バジル、何をしているの?」

「いや、入りづらいだろ。客人と真面目な話してたみたいだから」


恥ずかしそうにバジルは窓から顔を覗かせる。

それを見たバーンは品定めをするかのように目を細めた。


「……そうか。やったな、お前」

「はい?」


マグノリアがきょとんとしていると、バーンは険しい表情を隠すように笑った。


「いや、自覚がないならそれでもいい。あたしが口出しすることじゃない。邪魔したな。そのうちまた会いに来る」


彼女の言った意味がわからず、わけのわからないまま彼女を見送る。

バジルを部屋の中に入れ、どこから聞いていたのか聞くと、彼も唸って悩んだが、やがて観念して喋った。


「砂の魔女のところから」

「ほとんど最初からじゃないですか!」

「入りにくい雰囲気だっただろ」


確かにそうだったかもしれないが、盗み聞きは少し気分が悪い。


「──で、どうするんだ?」

「何がですか」


マグノリアはムッとして答える。


「砂の魔女だよ。ヤバいんだろ?」

「だとして、勝算もないのに行けないでしょう?」

「何か考えようぜ。俺は頻繁に町に出るから知っているが、ここ数百年で技術も進歩している。対抗策も浮かぶかもしれないぞ」

「でも、私たちがやる必要なんて……」

「理由がないと人助けはしないか?」

「…………」


何も言い返せない。

理由がなくても人を助ける。

若い頃は人を助けるために魔法の練習をした。


いつからだろう。

今の生活を失うことが怖くて、変化を恐れたのは。


「────行きましょう。でも、まずは作戦会議です。バーンと連絡をとって魔女のみんなと集まれる場所を作ります」

「そんなことできるのか?」

「私は創始者ですよ? ルールの追加は慎重に行わないといけませんが、今回の件は私も全く知らなかったことですし、定期的な情報交換の場は作った方がいいと判断しました」

「本当に全員が平等に発言するとは限らないぜ?」

「いいんです。話さなくても、嘘をついても。顔を合わせることの方が重要だと思います。それに、参加を強制する気もありません。それが元で争いになっても嫌ですし」

「相変わらず気を遣うな。大丈夫か?」

「性格ですから」


マグノリアはルールブックを出現させる。

せっかくみんなの集まるところだから、何かお洒落な名前がいい。


「お茶会、とかどうでしょうか」

「いいんじゃないか? マグノリアらしい」

「……どういう意味ですか」


眉をひそめるも、バジルは微笑んだまま何も言わない。

頬を膨らませながらルールの大まかな内容を仮で書き込む。

施行するのは細かい部分を詰めてからだ。



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