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花の魔術師に誘われて  作者: 樹(いつき)
第八章 青い薔薇
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私が管理します

一年という期間は長いようで短い。

花が芽吹き、葉が生い茂り、地が枯れ葉で覆われて、やがて一面を銀の雪が覆い、そしてまた草木が芽吹く。


マグノリアはグラスネスから北に遠く離れた高原で待っていた。

周囲に人の住んでいるところはない。

背の低い雑草の生い茂る高原は、マグノリアにとって有利な状況だ。


ジタへ寄越したのは一通の文──場所と時間の指定だけだ。

彼は時間ちょうどに、ひとりで現れた。


「随分変わったな」


ジタの目にどう写ったのかわからないが、彼は苦笑した。


「おかげさまです。ですが、私も時間のおかげで頭が冷えました。話し合いで解決しませんか?」

「おいおい、元はお前がふっかけてきたんだろ? それに、人外の力を得たお前に少しだけ興味がある」


やっぱり説得はできないか、とマグノリアは諦めて話題を変える。


「……バジルさんはどうなりましたか?」

「あー、知りたいか。そう言うと思って連れてこようと思ったんだが、言葉が通じなくてな。匂いを置いてきたからそのうち来るだろ。その前に一戦始めようぜ」


ジタが大剣の柄に手をかける。

その瞬間に闘争心を含んだ魔力が膨れ上がった。

今まで感じることすらできなかった魔力の変化が視えることになったおかげで、彼の強さが異常であることがわかってしまう。

しかし、こちらもただ遊んでいたわけではない。


マグノリアは黒壇の杖を構え、魔力を練る。


「────たったの一年でそこまで来たか! 金のプレートの試験で何を得たのか見せてもらおう!」


気持ちの準備をする間もなく、ジタは地を蹴り、マグノリアへ一気に突っ込んできた。

マグノリアは素早く彼との間に垣根を生やして壁を作る。

ジタは何の躊躇いもなく横薙ぎにして吹き飛ばす。


「植物を操る魔法か!」


彼は少し嬉しそうに言う。

マグノリアはすでに少し離れたところに移動して、次の魔法を放っていた。

ふたりの周囲をぐるりと無数の白い花が囲う。


幻惑作用のある花粉を飛ばす花だが、ジタは瞬時にそれを見抜いたのか、花粉が到達する前に息を大きく吸い込み、剣の風圧で花ごと吹き飛ばした。

それでも全ての花粉は吹き飛ばせない。

しかし、恐ろしいことに、ジタは無呼吸で三分は剣を振るえる。

マグノリアは彼が水中で魔物を相手に一切息継ぎをせずに戦うのを見たことがある。


この戦法ではまだ無力化できない。

そんなことは、知っている。


ジタが剣を振った直後、マグノリアは溜めた魔力を放出して、木の幹を杭状に尖らせたものを彼に向けて放っていた。

百キロ近い丸太が燕のような速度で放たれては、さすがのジタも受けられないだろう。

そこまではマグノリアの予感も当たっていた。


彼は杭に気がつくと、大剣の剣先を杭の先端に当てて、斜めに力を逃して後方へ向きをずらして見事に防御した。

衝突した木の杭は、凄まじい衝撃で地面を捲り上げる。


「危ないな! 当たったらどうするんだ!」

「当てるつもりだったんですけど!」


マグノリアはジタの強さをよく知っている。

いくら強い力を手に入れたと言っても、殺すつもりでかかってまだ対等かどうかといったところだろう。


今の一撃でかすり傷も入らなかったのは予想外だったが、まだ隠している魔法はいくらでもある。


「今のお前、かなり強いが、俺の求めてるものとは少し違うな」

「なんであなたの目的に付き合わないといけないんですか!」


硬質化した無数の葉を浮かべ、マグノリアは一斉に放つ。

ジタは回避も防御もせず、全身にそれを受け、血まみれになりながらも何かを考える素振りを変えなかった。


「やっぱり、外からの力じゃ違和感が残る。研鑽とは原石の加工だ。この世に存在する物からの、無数の組み合わせが可能性を生む。俺が探しているものはその先にしかない。お前のおかげでよくわかった」


彼は全身の傷をまるで気にせずに笑みを浮かべていた。

マグノリアは長年の経験から、その出血量では手当しなければ失血死することが分かっている。

それをしないということは、何かある。


「マグノリア、俺はお前を殺す気はない。思っていたのとも違ったしな。選手交代の時間だ」

「はあ? 何を勝手な────」


ジタの後ろからヨタヨタと歩いてくる人影があった。

俯いているが、その姿は何度も見た。

忘れるはずもない。


「バジル────」

「バジルとしての意識はないが、竜の特殊な鱗を心臓代わりに移植したら肉体の損傷が回復した。だが人間でなくなるのなら、俺の思っていた成功ではない。だから、これは失敗だ。倒せたら持って帰ってもいいぞ」

「そんな、人を物みたいに!」

「死体は物だろ。だから誰が所有するかで揉めたんだろ? 忘れたのか?」


何も言い返せない。

それよりも、目の前にバジルがいることで動揺して魔力の練りが緩んだ。

その瞬間、バジルが突進してくる気配がした。

しかしそれを、今度はジタが足を引っかけて転ばせて止めた。


「まだ話の途中だ。さっきも言ったが、こいつには意識がない。だから、気絶させて拘束はできない。わかるか? お前に殺せるか?」

「舐めないでください。それくらい私だって……」

「意地を張るな。ヒーラーだったお前にそう簡単に殺しができるとは思っていない。だから、共闘といこう」

「は、は? いや、なんでそんな話に?」

「実は俺もこいつを持て余していてな。そうじゃなかったらとっくに殺して遺体に戻している」


倒れたバジルがゆっくりと立ち上がる。

間髪入れずに、ジタは彼の顔面を蹴り飛ばした。


「ちょ、やりすぎじゃ!」

「これくらいで怪我をするなら困らん」


もう一度立ち上がったバジルの眼を見て、マグノリアは悍ましいものを感じた。

怒りも恨みもない。

見ているようで見ていない虚な眼差し。


ジタの蹴りは、常人なら首の骨をへし折れるくらいの威力があるはずだ。

しかし、バジルには何のダメージもない。

血も流していない。

いや、死んでいるから流れる血もないのか。


「何も考えずお前にできる全力を出せ。俺が合わせる」

「言い方が気に入りませんけど、わかりました」


大量の樹木の根を這わせ、バジルの出方を伺う。


(──と、見せかけて!)


地面の中を進ませていた細い根を素早く動かして、バジルの足首に絡ませ、一気に持ち上げて宙吊りにする。

それと同時に、力を溜めいていた樹木の根を触手のように扱い、彼の全身を貫かせようとした。

殺すつもりで放った攻撃だったが、それらは全てバジルの表皮を貫くことはなく、止まってしまった。


「え、なんで!?」

「ドラゴンの表皮に傷をつけられなかったこと、忘れたのか?」


ジタが素早く踏み込んで、大剣で袈裟斬りにする。

その衝撃は伝わったものの、やはりバジルが負傷した様子はない。

ジタが舌打ちをして、未だ無抵抗のバジルをとても重い剣を振り回しているとは思えない速度で切り刻む。


「──クソ! やっぱ無理か!」


ドラゴンの硬さは既に知っている。

ならば、あの方法はどうだろうか。


「また私が治癒魔法を使って剥がせませんか?」

「人間は脱皮しねえよ。他の方法は?」


バジルがドラゴンに毒を使ったことを思い出す。

あれなら外側が硬くても効果がある。


「私が猛毒の実を作ります。飲み込ませることはできますか?」

「人に物を食わせるのは、かなり難しいぞ」

「それでもなんとかしてください」


マグノリアは新たに樹木を生やす。

紫色の小さな木の実をひとつつけるうちに、どんどん樹木はやせ細っていき、やがて数秒もしないうちにブルーベリーほどの大きさの実が完熟して、樹木は朽ちた。


「目の当たりにしても信じ難い魔法だ」

「今はそんなことどうでもいいです。これを早く。握り潰さないでくださいね」


手渡した青い実をジタは優しく持ち、片手で剣を構える。


「来るぞ」


その声と共に、マグノリアの魔法が弾け、バジルが凄まじいスピードでふたりに突っ込んできた。

ドラゴンの力を人間に移すとこれほどまでに強いのかと、驚きながらもマグノリアは反射的に自身を硬い殻で覆う。


バジルは軽く魔力を放っただけなのだろうが、衝撃でマグノリアは自分が吹き飛んだことに、すぐには気がつかなかった。

ジタは、と顔を上げると彼はまだその場で踏み止まってバジルと殴り合っていた。

大剣だけが後方に突き刺さっているのは、彼が手放したからだろう。


しかし、あれと殴り合って無事なはずがない。

いかに肉体強化を施しているとはいえ、ジタも人間だ。

徐々にダメージは蓄積していっている。


──その時だ。

バジルの放った大振りのパンチを避けたあと、素早く彼の口に毒の実を放り込んで顎を掌底で打ち上げた。


ジタも体力の限界だったのか、その場に座り込む。

仰向けに倒れたバジルはゆっくりと起き上がったが、すぐに体中の力が抜けたかのようにへたり込んだ。


「……怖いくらいの即効性だな」

「魔法の実ですから、口に入った時点である程度の効力を発揮します。立てますか?」


ジタは首を振る。

傷ではなく、疲れて立てないということだろう。


「で、どうするんですか」

「どうするかな。お前の新しい力でなんとかできないのか?」


方法はある。

バジルも内側からの魔法なら効く。

ならば、体内から手術を行い、魔法の種を使って仮想の記憶を植え付けて、人間にしてしまえばいい。


しかし、それはあまりにもグロテスクな方法だ。

殺すよりも酷いことだと思う。


「竜の心臓は取り外せないんですか?」

「無理だ。抜き取っても体内でまた再生するように組み込んだ」

「本当に、ふざけたことしましたね」

「怒ってるか?」

「当たり前でしょう?」


マグノリアにとってもバジルはもうバジルではなくなっている。

今なら以前よりももっと冷静に向き合えると思う。


「……私が管理します。異論は認めません」

「ああ、そうしてくれ。俺の手には負えなかった」

「あと! 私の力のことは調べないでください」

「それはできない。何年かかっても調べるさ。人間の可能性だからな」

「本当に嫌な人ですね」

「俺は冒険者だからな。反省はしても後悔はしない」

「世の中の良識ある冒険者に謝ってください」


マグノリアは動けなくなったバジルを大きな葉に乗せて、それをさらに大きな花弁で包む。


「そうやって移動するのか」

「どうだっていいでしょう? さようなら。もう二度と会いません」

「そうはいかないだろうよ。またな」


別れはあっさりとしたものだった。

それからというもの、バジルを引き取ったマグノリアに、ジタのことを考える時間はなかった。

記憶を植えるのは難しく、その人物の人生を細かく作っていかなくてはならない。

できる限りのバジルに関する資料を集め、おおよその彼の人格を形成したところで、実験を行い始めた。

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