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花の魔術師に誘われて  作者: 樹(いつき)
第八章 青い薔薇
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助けたかったんだ

「ふーん、あんたがマグノリアね」


その赤茶色の長い髪をした女性は言った。

シュネーからの紹介で会うことができた、現役の金プレートの冒険者だ。


ここは町から馬で片道三日ほどかかる山奥。

どう考えても人が住んでいるようなところではなく、簡素な山小屋に彼女はひとりで住んでいた。


朝日が昇ってすぐだったのだが、彼女はまるで徹夜明けかのような様子でマグノリアを出迎えた。

片手に持つ空の酒瓶を見て、マグノリアも察する。


「あの、お名前は……」

「ああ、あたしはバーン。ここに住んでる。たまに弱い冒険者の手に負えない魔物の退治とかも請け負ってる」

「お強いんですね」

「まあ、それなりだな。あたしはお前のことはほとんど知らん。シュネーから手紙はもらったが、あいつの説明をそのまま受け取るほど不用心でもないからな。金の試験が受けたいんだろ?」

「はい。受けさせていただけるのでしょうか」

「はいそうですかってわけにもいかないんだよ。金の試験を受けさせるってのは、あんたを受かると判断したってことになるんだ。つまり、合格に足る実力がないなら、あたしの顔に泥を塗ることになる」


バーンはそう言って、さっきまで読んでいたシュネーからの手紙を空中で燃やして灰にした。


「私はヒーラーです。攻撃できる魔法はありません」

「構わないよ。回復魔法はできるんだろ?」

「ある程度なら……」

「ある程度くらいじゃ受けさせられないな」

「あっ、その、すごくできます」

「ギルド内で一番か?」

「一番って言われると、少し違うかもしれませんが……。それに、私は自分の魔法を他の人と比べたことがなくて……」


マグノリアが口ごもると、バーンは後頭部を掻きながら仕方がないとでもいうような表情を浮かべた。


「そうか。──あたしは、お前の理由とか目的とかはどうでもいい。友達に頼まれたから請け負っただけだ。試験を受けるに足るだけの実力があるか、これから判断させてもらう。ついてきな」


バーンについて山道を歩くと、岩肌にぽっかりと洞窟が空いていた。


「ここはあたしが修行に使ってた場所だ。奥は行き止まりになっている」

「あの、何を……」


バーンが手のひらにひとつの火球を浮かべる。


「これを持って一番奥まで行け。燭台があるからそこにこれを置いたらいい。そして三日耐えろ。道具は持ち込み禁止だ。飲まず食わずで三日耐えられたら推薦の話を受けてやるよ」

「魔法は使っていいんですね?」

「もちろん。お前の実力を見るためのものだからな。ちなみに、常人は半日で死ぬような所だと思え」

「は、半日……」

「嫌なら辞めてもいいんだぜ? 別に強制はしていない」

「やります! やらせてください!」


受け取った火球は人肌ほどの温度を保ち、ゆらゆらと揺れている。

魔力は安定していて、霧散する様子もない。

これだけでかなり高度な魔法を使っていることがわかる。


マグノリアは持っていた小道具や鞄を全てバーンへ預けた。

身につけているのは衣類と魔法を使うための杖のみ。

心細いが、これが自分の全てだとも言える。


「じゃ、三日後な。あたしが死体を片付けることにならねえようにな」

「が、がんばります」


ひとり残され、マグノリアは言われた通り奥へと入る。

洞窟は浅く、中から外の様子が伺えるくらいだ。


燭台に言われた通りに火球を置く。

周囲が湯に浸かっているかのように暖かくなった。


「これで、いいんだよね?」


常人は半日しかもたないと脅されたようなことが起こる気配がない。

魔力の流れを警戒してみても、至って普段と変わらない。

火球から何か干渉してくる様子もない。


マグノリアは首を傾げる。

バーンの言ったことの意味を考える。


三日耐えること自体はわかりやすい目標だ。

飲まず食わずの苦痛に耐えられたら、それでいい。

しかし、半日しかもたないことの意味がわからない。

普通に生活していても雨宿りなどで半日こうしていることくらいあるはずだ。

ここがただの洞窟なら彼女の言ったことはただの脅しということになる。


マグノリアを不安がらせるために言ったのだろうか。


奥に座って、じっと外を見る。

森の木々が風に揺れている。

鳥の鳴き声が聞こえる。


外は平和そのものだ。

マグノリアの心は、この洞窟のようにずっと薄暗く湿ったままなのに。

世界からバジルがいなくなったことを誰も気に留めていない。


しかし、悪人がいるわけではない。

憎い仇がいるわけでもない。


実際、世界は平和なままなのだ。

ただバジルの遺体の所在で揉めているだけだ。


「……どうしてこんなことになったんでしょう」


自分自身に問う。

冷静さを欠いていたことに今更気がついた。

シュネーはマグノリアが興奮していることに気がついていたから、少し頭を冷やさせようとここに連れてきたのかもしれない。


そう考えると、自己嫌悪と恥ずかしさで気が重くなってきた。

バジルとジタのことは気にかかるとはいえ、さすがにそこまで狂えない自分がいる。


しかしどちらにしろ、今はここにいるしかない。

三日あれば火照りも取れるだろうとマグノリアはぐっと膝をかかえる。


もしかするとバーンも事情を知っているのかもしれない。

金プレートの冒険者がそう都合よく現れるはずもない。

シュネーが頼んで演技をしてもらったのだろう。


バジルの遺体はこの際諦めよう。

冒険者の仕事をしていれば遺体を回収できないことなどよくあることだ。

そのために冒険者プレートがある。

死亡の確認はそれだけで十分なのだ。


「はぁ……本当に……」


ヒーラーになったのは、人の死に耐えられなかったからだ。

マグノリアは元々貧しい村の出身だ。

怪我や病気をして苦しむ人をたくさん見てきた。

自分に治す力があればと思ってヒーラーとしての修行を積んだ。

今までたくさんの人を助けてこられた。

冒険者になればもっとたくさんの人を助けられると思った。

でも、現実はそう甘くなく、自分よりも優秀な人は大勢いて、本当に助けたい人は助けられなかった。


本来、喜ぶべきことなのだろう。

自分よりも優秀な人がいればより多くの人が苦しまずに済む。


「私、バジルさんを助けたかったんだ」


ぽつりとそう漏らすと、途端に涙が出てきた。

遺体なんて取り戻しても意味がないことを改めて自覚する。

いっそのことあげてしまおう。

それはそれとして、ジタの態度は気に食わないが。


「喧嘩だけなら、やってやる……!」


マグノリアは膝を強く抱え込む。

復讐ではなく、別れのために。

バジルのことを諦めるために。


これからはひとりで生きていかないといけない。

以前よりは仲間に迷惑をかけることもなくなった。

しかし、戦う能力は依然ほとんど持っていない。


鍛えられるだけ鍛えても恐らく勝てないだろう。

だがそれでいいのだ。

勝つことではなく、納得することが重要なのだから。


そう思って、マグノリアはまた外に視線を向ける。


「────え」


いつの間にか、外は夜になっていた。

そして、森は消えていて、景色は穏やかな波の打ち寄せる砂浜になっていた。


「そんな、なんで……」


ハッとしてバーンから受け取った火球を見ると、色が青く変わっていた。

景色が変わったのは恐らく幻覚だ。

だが、なぜなのか。

なぜ、夜の砂浜なのか。


マグノリアは立ち上がって洞窟の入り口へ向かう。

さざなみに誘われたかのように、ふらふらとした足取りだったが、それを自覚できなかった。


水平線の近くには大きくて丸い月が浮かんでいた。

美しさしか感じられないその景色にしばし見惚れて、ふと、自分が足首まで海に浸かっていることに気がつく。


(冷たい……)


それ以外何もわからない。

感覚をただ言語化しただけだ。

頭の中がぽっかりと空洞になったような感じがする。


明らかに幻覚魔法を使われている時の症状だ。

自分自身にメンタルヒールをかけたいのだが、その発想自体を霧散させられる強力な魔法がかけられている。

これでは他の人に助けてもらわらなくては脱出できない。


この空間は夢の中のような場所だ。

景色は果てしないが、認識できる範囲が限られている。

触れているところと見えるところだけは認識できるが、視界の外になるとぼやけて認識できなくなる。


人を封じるという点においてかなり高度な魔法だ。

バーンという名の魔術師を聞いたことはなかったが、この実力を見るに金の冒険者であることは間違いない。


では改めて、彼女の言った『半日で命を落とす』意味を考えてみる。

半日は現実世界での時間経過のことだろう。

であれば、この空間は恐らく体感時間を狂わせる効力があると考えられる。

たったの半日が、半年や一年に相当する可能性すらある。

思考能力を奪われた空間でどれだけの時間を狂わずにいられるだろうか。


「────違う!」


マグノリアは頭を振る。

違和感の紐の先を掴み、必死に手繰り寄せる。

なぜ受け身に考えていたのだろう。

彼女は三日と言った。

このいつまで続くかわからない世界で耐え抜けとは言っていない。


極限状態で自分自身を完璧にコントロールしてみせろという課題だと、マグノリアは受け取った。

恐らくそれは金の冒険者の試験に関係のあることだ。


半日以内に戻れないと死ぬと考えた方がいい。

しかし、魔法を使うには集中力が足りない。


(集中せずに魔法を使う?)


どうやって、と考えてもすぐに思考は泡沫のように消えていく。

強い集中力を保つためにはどうすればいいか。


「鍛える……? 今から……?」


現実を口に出して絶望する。

魔法を呼吸のように使えたら、難なく目を覚ませるだろう。

人は自分の意思で物を考え、心臓を動かしているのではない。

それくらいに、本能的に、魔法が使えるようにならなくてはならない。


幸い、ここには何もない。

ただ空間があるだけだ。


「もしかして、そのための場所なんじゃ?」


マグノリアは砂浜に胡座をかいて座る。

手は膝の上、目を閉じて、呼吸を浅くする。

己の魔力の流れを感じるため、魔力操作の訓練の基礎で行うものだが、まずは初心に帰ることにした。

時間の流れを感じるようではまだ未熟だ。

真の集中であれば時間の流れなど感じない。

そして研ぎ澄まされた感覚であれば、鋭敏に魔力の流れを感じ取れるはずだ。


(自信はないけど、やるしかない)


そうして、マグノリアの、自分自身との長い戦いが始まったのだ。

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