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花の魔術師に誘われて  作者: 樹(いつき)
第八章 青い薔薇
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取り返して埋葬します

マグノリアが目を覚ました時、ぼやけた板張りの天井が目に入った。

段々と意識がはっきりしてくると気を失う前のことを思い出してきた。

魔力切れで倒れたあと、運び込まれたのだろう。

全身が怠くて腕を動かすことすらも重くて難しい。


「目が覚めた?」


隣でシュネーの声がした。

ずっと看病してくれていたのだろうか。

顔を向けようとするも、二センチも動かせない。


「魔力切れしたのよ? 今日はしばらくそのままにしておきなさい。ここはギルド会館の中だから誰かに強盗に入られる心配もないわ」


病院にしてはやけに静かだと思ったが、ギルド会館だったかと納得した。


「……バジルさんはどうなりましたか」

「…………実は、そのことなんだけど」


シュネーは言いづらそうだった。

内容がと言うより、説明するための言葉を探しているような雰囲気だった。


「私もね、ちゃんとは理解してないから、まずは流れだけ説明するわ。あなたが回復魔法でドラゴンを弱体化させて、ジタが心臓を抜き取って魔力を絶ったあと、首を切り落とした。これでドラゴンは完全に死んだわ。ジタはすぐに私たちの様子を見にきた。バジルと何か小さい声で話して、それからジタはいなくなった。私は風の魔法でバジルの体を浮かせて連れ帰ろうとした。そしたら、彼はここに置いておいてほしいって言うの。あの体でよ?」

「それって、私がいたからですか?」

「いや、私ならふたりとも運べたわ。魔法で浮かせれば無理をしなくても街まで帰ってこられた。だから、バジルには何かあそこに残りたい理由があったのよ。それをジタと内緒で話していたみたい」

「でも、あの体じゃ……」


左半身が炭化していたのだ。

あれで生きていたらそれこそ化け物だ。


「死ぬ時にしていた約束でもあったんじゃないかと思うんだけど、私にもわからないわ。あいつら幼馴染だし、秘密が多すぎるもの。あなただけを連れて帰ったのもバジルの指示。とりあえず、今わかってるのはそんなところ。質問は?」

「えっと、まずは、起き上がれないとどうにもならないってことですね……」

「あなたはそうね。一応、町の人たちも明日には戻ってくるらしいわ。ドラゴンの死体は竜狩りに引き渡すらしいけど、それもどうだか怪しいとこね」

「……シュネーさんは、気にならないんですか?」

「気になるわよ。でも本人が話さないことを聞きたがるのは私の主義に反するの。それだけ」


シュネーは諦めたようにふっと短くため息をついて、サイドテーブルに粉薬の入った小さな紙の包みを置くと、また来るとだけ伝えて部屋から出ていった。


静かな部屋で、たったひとりになって、今までどこか非現実的だった竜のことが鮮明に思い出される。

あの時は必死だったから深く考えられなかったが、全滅していてもおかしくなかった。

実際、バジルは致命傷を負った。

彼自身は納得していたかもしれないが、マグノリアは到底納得できない。


ジタとの秘密も気になる。

これだけ一緒にいたのに内緒にされていたことにも少し腹が立つ。


「絶対聞き出してやる……!」


決意を込めてそう呟くと、窓からジタが入ってきた。


「何を聞き出すって?」

「あっ、ジタさん……」

「バジルは死んだ。他に聞きたいことは?」

「バジルさんの体はどうしたんですか?」

「ドラゴンと融合できないか試している」

「……は?」


あまりにも突拍子もない言葉に、マグノリアは痛みも忘れてジタの方をまじまじと見た。


「ここにドラゴンが来たのは偶然だったんだが、俺はこの機会をずっと待っていた」

「ま、待ってください。どういうことなんですか?」

「理解できないのも無理はない。俺が竜狩りに参加しなかったのもドラゴンの私物化が目的だったからだ。見張りがいると難しいからな」

「いや、そうじゃなくて、融合って何なんですか?」


ジタはきょとんとした顔をしている。


「何って、そのままの意味だが。竜の力と人間の身体を掛け合わせられないか試しているところだ」

「そんなのできるわけ……」

「そうだ。できるわけがない。だが、誰か試したやつがいたのか?」


確かに、そんな話は聞いたことがない。

試すことの難しさもあるが、何より意図が不明だ。


「それに成功すると、バジルさんはどうなるんですか」

「どうなるのかを知りたいから試しているのだが、人間としての意識を持ったドラゴンになるのかドラゴンとしての意識を持った人間になるのか、はたまた第三の生物として生まれ直すのか。俺にもわからん」

「どうしてそんなこと……」

「知りたいからだ。こう見えても俺は戦士よりも学者寄りでな。元より好奇心を満たすために冒険者を始めた」

「バジルさんは了承されたんですか」

「死ぬ時には体を好きにしていいと約束している。だから奴の意思は関係ない」


マグノリアはあまりにも無神経なその言種に思わず飛びかかりそうになったが、体が言うことを言わず、少し体勢を変えるだけに留まった。


「私が、バジルさんの体を取り返して埋葬します」

「できるならやればいい。俺と敵対する覚悟があるならな」


彼は本気で言っている様子だった。


「竜と融合したいならご自分の体でお願いします。バジルさんは私にとっても大切な友人です。あなただけの物ではありません」

「馬鹿だな。俺がやったら結果を誰が見守るんだ。それにあれだけの強さを持つ個人はそう見つからない。次の機会がいつ来るかもわからない。俺は譲らないぞ?」

「……期間はどれくらいですか」

「そうだな……。魔力の結びつきの様子から見て早くても一年はかかるはずだ。お前が動けるようになる前に俺はアレを連れて場所を移る。追うつもりならかなり気合がいるぞ」


「絶対、思い通りにはさせませんから」

「ククク、俺も他人より自分の目的を優先させるタイプだが、お前もなかなかだな。バジルが引き寄せただけのことはある。だがさすがに俺とお前では戦力差が桁違いだ。奪い返すも何も、今のままでは追いつけたところでどうにもならないだろう。だから、まずは金の冒険者を目指せ。勝てる可能性が一パーセントくらいは上がるだろう」

「金の冒険者なんて! 遊んでる暇があるわけないじゃないですか!」

「遠回りに見えるが、一番の近道だ。俺はこれまでのお前の働きに敬意を持っているから少しでも公平になるよう教えているんだぜ? それはわかってくれよな。さて、長居しすぎた。盗み聞きしてるやつもいることだし、俺は先に行く。楽しみにしてるぜ」


ジタはそういうと風と共に消えた。

姿はなく、開いた窓だけがそこに残されていた。


マグノリアはしばらく呆然としていたが、ふと、扉の方に目をやる。


「もしかして、そこにいるんですか?」

「……動かなければ見えるはずないんだけど」


扉の横の壁から透明の幕が剥がれ落ちて、シュネーが姿を現した。


「光の屈折を利用して完全に見えなくしていたし、空気を遮断して匂いも消した。なのにあいつ、勘で私の場所を見つけてた。化け物だわ」

「今の話、どう思いますか」

「正直、私はどっちにも付く気はない。パーティは解散だろうからこれからの自分の生活のことを考えないといけないし、ふたりほどバジルの遺体に固執してないしね。でも、少しだけなら手伝ってあげる。さすがに可哀想よ」

「私が可哀想ですか」

「当たり前でしょ。虎と子猫の殴り合い見てて楽しい?」

「子猫……」


言われても仕方がないくらいに力の差があるのは分かっている。

これが現実だ。


「金の冒険者について、あなたはどれくらい知ってる?」

「噂だけです。そういうものがあるってことだけしか……」

「そう。私から説明してもおかしなことになるし、とりあえず────」


シュネーは一枚の地図を取り出した。


「これ、現役の金の冒険者の居場所。時期を見て渡すつもりだったんだけど、こんな時になるなんてね……。私の知り合いなんだけど、協力してもらえるよう私からも手紙を送ってみる」

「あ、ありがとうございます!」

「でも時間ないんだから、あなたはまずとにかく体力を回復させること。出発の準備までは私が整えておくわ。また様子を見に来るから、じゃ、今度こそ本当におやすみ」


マグノリアは立ち去るシュネーに深々と頭を下げた。

感情が昂ったせいか、全身が汗ばんでいてじめじめと気持ちが悪い。


段々冷静になってくると変なことを言ってしまったのではないかと自己嫌悪に陥る。

バジルは死んだ。

死体をどうしようと、もうバジルが生き返ることはない。

これはどうしようもなく決まっている世界のルールだ。


バジルとジタが生前に約束をしていて、死体の所有を許しているのなら、そこに割って入るのは余りにも自分勝手なのではないだろうか。

ジタだって、バジルが死んで少なからず動揺しているはずだ。

悲しいのは自分だけではない。


バジルにきちんとお墓を作ってあげたい気持ちは自分のエゴだ。

それは自覚している。


ジタもそれを汲み取ってくれたから、自分の目的とマグノリアの目的を競わせようと考えたのかもしれない。

彼が彼の言う通り、果てしない好奇心に突き動かされる人間であるなら、そこに何か予測のできない変化を期待するはずだ。

マグノリアがジタに勝つためにどういう手段を用いてくるか楽しみにしているに違いない。


バジルの死を乗り越えるために、ジタと戦う。

絶対に何か間違っているのだが、感情がそれを正当化してしまっている。

マグノリアは素直にやりたいことをやることに決めた。


ジタを敵だとは思わない。

しかし、障害ではある。

乗り越えるべき障害だ。


(私って、なんて性格が悪いんだろう)


目を閉じて、大きなため息をつく。

後悔や自責の念に苛まれているうちに、いつの間にか眠りの底へと落ちていった。


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