こんな状況で
「今日は大盛況だったな!」
夜のギルド会館で、ジタが機嫌良く笑う。
「──アンタ、殺しすぎ」
シュネーが呆れたように言うが、ジタは聞く耳を持っていない様子だった。
「あの数のはぐれ浪人を俺以外に制することができるやつがいたか? 銀の冒険者と相違ない強さの相手だった! 間違いなく人間の中でも上位だっただろう!」
「それでも生きてる人は助けようとしたマグノリアの気持ちも汲んであげなさいよ」
「なぜだ? 戦いでの生死とその後の生死は分けて考えるべきだ。違うか?」
「そりゃ、戦闘中に相手の命を気にしてたらこっちが死ぬかもしれないけどさ……」
シュネーはマグノリアをチラッと見る。
マグノリアは疲れから、夕飯を前にしてうとうとしていた。
ジタの剣はほとんどの生物を死に至らしめる威力を持っているが、運が良ければ一命を取り留められる。
今日は五人を瀕死の重傷から助けてグラスネスの自警団へ引き渡した。
「おーい、今日の報酬貰ってきたぞー」
バジルがギルドの受付から金貨の入った袋を持って帰ってきた。
「……何この空気?」
「ジタがやりすぎだって話をしてたのよ」
シュネーがうんざりした様子で言う。
「バジルもそっち側か?」
「あー、いや、俺は……」
困ったように頭を掻く。
彼なりに言葉を選んでいるのだ。
「ジタの圧倒的な力は戦う意志を削ぐ意味でも必要だ。しかし敵を殺す必要があるかないかってのはまた別の話だ。だいたい、必要だから殺すっていうのはあまりにも相手に対して敬意がない。殺せるか殺さないか選べるのが自分だけだと思っているからそんな言葉が出る」
「アンタ、ジタと似てるわ」
「これだけ一緒にいれば思考も少しは似るだろう。俺も殺さなくて済む相手ならそうしたい。というか、そうしているはずだ」
「まあ、ね。でもマグノリアを見てみなよ。この子はヒーラーなんだよ。殺すこととは正反対の存在だ。だからひとりだけ消耗する。今はまだ疲れるだけで済むけど、そのうち絶対に壊れる」
シュネーは断言した。
彼女も元は容赦のない方だったが、マグノリアが入ってからは変わった。
マグノリアのことを本当に心配しているのだろう。
「パーティを大きくするなら仲間のことも考えられないといけないんじゃないの?」
「……確かに、一理ある」
「だったらさ──」
シュネーは言葉を止めて窓の方に視線を向ける。
バジルとジタも同じ行動をとった。
マグノリアが眠気に打ち勝ってハッと気がついたときには、辺りには緊張した空気が漂っていた。
「な、何ですか!?」
「マグノリア、机の下に隠れろ。無駄かもしれないが……」
わけもわからずバジルの指示通り机の下に隠れる。
次の瞬間、外から凄まじい咆哮が聞こえ、窓ガラスが一斉に弾け飛び、破片がマグノリアの周囲に散らばる。
「え……これ……」
「ドラゴンが街に入り込んだみたいだ。だけどこの辺りにドラゴンの住処はない。竜狩りに追われたんだ」
ドラゴンと聞いてマグノリアは身を縮こませる。
沢山の魔物を見てきたが、まだドラゴンを直接目にしたことはない。
しかし、その爪痕は至る所にあった。
ひとつの集落が丸ごと炭と化していたり、山肌を大きく削る爪のあとがあったり、とにかく規格外の化け物だということだけはわかる。
「バジル」
ジタが言う。
「俺は行くぞ。お前はどうする」
「行くに決まっている。この街を守るためだ」
ふたりは武器を手に取って立ち上がる。
「私は無理。ドラゴンって魔法効かないんでしょ?」
「ああ。ここでマグノリアと一緒に待っていてくれ」
「ブレスで建物ごと吹き飛ばされないようにしっかり守ってよ?」
「そうなったらお前が建物を守るんだよ」
バジルはそう言ってジタと共に外へ飛び出した。
「大丈夫でしょうか?」
彼らの実力を知っているマグノリアでもさすがに心配になった。
「あいつらも勝算なしには立ち向かわないわ。助けに来た人が怪我をして足を引っ張るなんて、冒険者として一番やってはいけないことだもの」
「すぐに竜狩りも来ますよね?」
「遅かれ早かれ、でしょうね。竜が街に着いてしまった時点で彼らの任務は失敗でしょうし」
竜が生活圏に出現することはすなわち、竜狩りが取り逃したことを意味する。
マグノリアは何度も考え直し、決心した。
「……やっぱり私も、手伝いに行きたいです」
「そう言うと思ったけど、ここに残ったのはあなたを殺されないためでもあるのよ?」
「でもやっぱり、前線にヒーラーがいないなんて有り得ないと思うんです。街中で戦ったら巻き込まれる人もいるでしょうし、ふたりも全く怪我をしないなんてこと、ないでしょう?」
シュネーはため息をつく。
どう説得しようか悩んでいるのだろう。
「マグノリア、あなたが怪我をして動けなくなると助かるはずだった人も助からなくなる。それは理解してる?」
「はい。私は死にに行くのではありません。ヒーラーとして戦いにいくのです」
「……あなた、実はすごく頑固よね」
「はい」
マグノリアは意に介さず肯定する。
「自分で決めたことはやり遂げたいのです。それを頑固と言うならそれでも構いません」
「何を言っても無駄なようね。わかったわ。その代わり、私の指示には必ず従うこと。たとえ目の前で人が死にかけていても、引く時は引く。いい?」
「断ったら、どうしますか?」
「あなたに麻痺の魔法をかけて地下室にぶち込むわ」
選択肢などないではないか。
「……わかりました。シュネーさんの指示に従います。でも、できる限りは助けていきますから」
「まずは街の状況を見てからよ」
シュネーの後ろに隠れながら、会館を出る。
最初に目に入ったのは見たことのない空の色。
燃えるような赤色の雲が全てを覆っていた。
もう夜のはずなのに、空全体が嫌に明るい。
「ドラゴンはどこに……」
もしかするとバジルたちが街の外へ引き離してくれたのかもしれない。
その淡い期待を打ち砕くように、直後、咆哮が響いた。
マグノリアは思わず耳を塞ぐ。
「西の方ね。あの様子なら街の外に追い払えたみたい。怪我人がいなさそうなのはもう避難したからかしら。注意しながら歩きましょう」
冷静なシュネーの言う通り、街道に人影はなく、悲鳴なども聞こえてこない。
「……きっと冒険者の方々が避難誘導を行ってくれたのでしょう。マニュアルにもありましたし」
「かもしれないわ。だとするとここから離れたところにはまだ人が残っているかも」
不思議と、街に被害はなさそうだった。
吹き飛ばされた家屋がそこら中に散らばっているところをマグノリアは想像していたのだが、先程の咆哮による被害以外は全く無事であった。
「シュネーさん、私も魔力探知の範囲を広げて人を探します。シュネーさんほどの範囲はありませんけど……」
「いえ、気持ちはありがたいけど、あなたは魔力を温存しておいて。探知範囲が被っても無駄に消費するだけだから」
シュネーの魔力探知能力は半径百メートルとも言われている。
魔術師で彼女に並ぶほどの人は見たことがない。
魔力探知は生物の存在を知覚することができる。
災害時に瓦礫の下敷きになっている人を探す時に使える技術だ。
「少しずつ歩くわよ。すでにこの会館の中を除けば人の気配は本当に全くないわ。どうなっているのかしら」
歩みを進めていると徐々に地響きや空気の震えを感じるようになってきた。
「……あなたが魔力探知を展開していなくて正解だったわ」
シュネーの顔を見ると、青ざめていて冷や汗を大量にかいている。
「だ、大丈夫ですか?」
「竜の魔力がここまで届いているわ。目には見えない牙や爪がそこら中を飛び回ってる。生身の人間には触れられないけれど、魔法で防御しようとすれば確実に身体が吹き飛ぶわね」
「ちょっと待ってください。メンタルヒールをかけます」
マグノリアは杖を振ってシュネーにヒールのシャワーをかける。
しかし、見てわかるほどの変化はなかった。
「ありがとう。少し楽になった──」
「シュネーさん!?」
シュネーは喋りながら気を失っていた。
一度は回復したものの、竜の魔力にあてられて、精神がもたなかったのだろう。
「どうしよう……」
周囲に助けてくれそうな人はいない。
マグノリアの小柄な体型ではシュネーを背負って会館に戻ることもできない。
「────お困りですか」
突如、背後から声をかけられてマグノリアはビクッと飛び上がる。
「あ、あなたはギルド受付の……」
「レヴィです。覚える必要はありませんよ」
いつも見かけるが、特別仲がいいというわけではない。
それに袖の長い白いブラウスと黒い革の手袋の組み合わせがあまり受付嬢っぽくなくて少し怖い印象があった。
「街の人たちは私が『停止』させました。この街は聖域なんです。たとえ知能のない魔物であろうと犯すことは許されません」
竜のことを知能のない魔物と評する人を初めて目にした。
「あ、あの────」
「竜はすでに街の外へ押し出しました。その方はここに置いていても問題ありません」
「竜を倒すのを手伝ってはくれないんですか?」
レヴィは頭を振る。
「私にできるのは街を守ることだけです。人の命を助けることも竜を殺すことも仕事ではありません」
「仕事って……! 人が死んでいるんですよ!?」
「だから?」
「だから……!?」
「人はこの世界のどこかで毎日、毎時間、あるいは毎分、誰かが死んでいます。今日はたまたまここの周辺なだけです。私にとっては日常と何ら変わらない風景なんですよ」
「そんな! 冷たすぎます!」
「私と口論することで本来の目的を忘れていませんか? あなたは何をしにここに出てきたのですか?」
言われてバジルとジタの姿が脳裏に浮かぶ。
腹の立つ言い方をされたが、彼女の言うことにも一部正しい部分があると思うと、これ以上反論する気にはならなかった。
「……シュネーさん、ごめんなさい。『ウォータークラフト』」
マグノリアはシュネーを乗せた水球のベッドを作った。
薬草を混ぜた薬液であるため、これなら魔力切れでの気絶からでもすぐに目を覚ませる。
彼女はこのまま連れて行くことに決めた。
気を失った彼女をこのまま道端に寝かせておくわけにもいかない。
レヴィのことは後でも聞ける。
まずは本来の目的を果たそうと水球を引いて歩き始めた。
竜が近づいてくると、シュネーのうめき声が聞こえて、マグノリアは足を止めた。
「……ん、あれ? 私……」
「大丈夫でしたか? 数分ですけど気を失ってました」
「ウソ!? こんな状況で!?」
「一度に精神的な負担を受けすぎたせいだと思います。立てそうですか?」
シュネーはゆっくりと起き上がって水球から出る。
少しふらついたが、歩くことはできそうだ。
「ええ、ありがとう。それより、竜は?」
「まだ見えません。結構遠くまで移動したみたいです」
レヴィがやったとは言わなかった。
そんなことよりも、それだけ離れていても魔力に触れると精神攻撃を受けてしまうことの方が重要だ。
「私が気絶したってことは、あいつら、魔力感知もなしに竜と戦ってるってことよね?」
マグノリアの前を歩き始めたシュネーが言う。
身に受けてどれだけの脅威か理解している彼女が言うのだから、あれを受け切るのは人間には不可能なのだろう。
「はい。なので必然的に、魔力による先読みや魔法での拘束や遠距離攻撃は封じられているということになりますね……」
「純粋な殴り合いだけで敵う相手なのかしら」
「未だに戦闘が続いているみたいですから、たぶん、あのふたりならなんとかしているのでしょう」
森の奥の方で土煙が上がっているのが見える。
音はまだ遠いが、警戒しておくに越したことはない。
「ここからは慎重に行くわよ。巻き添えが一番怖いもの」
「ブレスでの広範囲攻撃、ですね」
魔力を使った防御をすれば、さっきのシュネーのように一瞬で精神汚染をされて気を失うだろう。
かといって生身で回避できるほどの身体能力はない。
木の影から影へ、身を隠しつつ激しい音の鳴る方へ向かう。
地響きや空気の揺れを感じ始めたころ、マグノリアの目に飛び込んできたのは倒れたジタの姿だった。




