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花の魔術師に誘われて  作者: 樹(いつき)
第八章 青い薔薇
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間違ってないよ

マグノリアは冒険者ギルドに所属する一介の冒険者だった。

役職はヒーラーで、後方から仲間の傷を癒す役割を担っていた。


緑色の長い髪を二つ結びにして、眼鏡をかけていたマグノリアは、その鈍臭さからグラスネスのギルド内でも有名だった。


「あ、あの」

「げっ……マグノリア」

「ヒーラー、いりませんか?」

「あー、えっと、うちのパーティ、もうヒーラーいるんだよね。ごめん」


勇気を出して声をかけても、そんな様子で避けられて、入れてもらえない。

途方に暮れてギルド会館内の椅子に座って休んでいると、背後から青年に声をかけられた。

爽やかな外見とは裏腹に使い古された武器や防具から熟練の冒険者だということがわかる。


「こんにちは!」

「あ、えっと……」

「ヒーラーなんだよね? 実は今ちょうどうちのパーティでヒーラー探しててさ! 良かったらうちに来ない?」


思ってもいない提案に、マグノリアは浮かれて返事をする。


「い、いいんですか!?」

「フリーのヒーラーってあんまりいないからね。これから募集かけたら仕事始められるまで何日かかるかわからないし。それに、さっき他のパーティに断られてたの見かけちゃったから、放っておけなくて」


彼は照れ臭そうに頭を掻く。


「わ、私、マグノリアって言います」

「知ってるよ。なんか、すごいヒーラーなんでしょ?」

「すごいっていうか、落ちこぼれっていうか……」


パーティに誘われたのは嬉しいが、もしかすると迷惑をかけるかもしれないと思うと、途端に声が小さくなっていく。


「大丈夫! 俺たち、そんなに危ないとこいかないし、戦闘中に回復魔法使ってもらうってよりは終わってから怪我してたら治してほしいって感じだから、そんなに忙しくないし!」

「な、治せない怪我をするかも……」

「そしたら誰がヒーラーでも同じでしょ! あっ、自己紹介忘れててごめん! えーっと、まず俺の名前はバジル! 『野薔薇』ってパーティのリーダーをしてる。役職はタンクだから、一番お世話になるかも」

「あの、他の方はどこに?」

「俺に任すって言ってたから今は町のどっかをうろついてるんじゃないかな。あとはアタッカーのジタってデカい男と、シュネーっていう水魔法が得意な魔法使いがいる。ふたりとも明るくて悪口とか言うタイプじゃないから、安心してくれ」


顔も合わせずに一緒に働けるだろうか、と不安になるが、ともかく合わなかったら気軽に抜けてもいいとのことだったので、マグノリアはパーティ加入届を出して、『野薔薇』の一員となった。


その日の晩、他のメンバーとも会うことにした。

グラスネスにある一番有名な酒場へバジルに連れていかれて待っていると、程なくして大男が現れた。


「おっ、お前が新しいヒーラーか。俺はジタ、見ての通り大剣を使って敵を一掃するアタッカーだ。よろしくな、マグノリア」

「え、なんで私の名前……」

「そりゃ、有名だろ。戦闘中に気絶して回復できなくなったりとか、不注意で足挫いて歩けなくなったりとか」

「ジタ!」


バジルが叱ると、彼は肩をすくめた。


「まあ、ヒーラーは貴重だからな。回復魔法だけ使えればあとは俺たちがやる。プレートはシルバーだろ?」

「あの、その……」

「もしかしてブロンズか」

「銀の試験も受けられてなくて……」


そこまで言うと、ジタは大笑いをしてバジルの背中を叩いた。


「おいおいおい! お前これ逆に逸材だろ! 新人とニート以外でヒーラーのブロンズなんていねえって!」

「おい、いい加減に──」

「おーっす!」


バジルの声を遮って、今度は女性が現れた。

髪色も明るく、顔も可愛い若い女性だ。


「ヒーラー決まったって?」

「ああ、この人だ」


バジルが言うと、彼女はじろじろとマグノリアの全身を見つめ、言った。


「マジ?」

「正真正銘のヒーラーだ。ギルドで確認もとった。ただ、実務経験がほとんどない」

「だろうね。魔力が垂れ流しになってる。そんなことしてたら魔法使いたい時に魔力なくなるよ?」

「え、魔力の垂れ流しって、私、そんなこと……」

「抑えてるつもりなの? それ」

「……はい」


魔力の制御の訓練は一通り受けている。

ちゃんと魔力の感知もできるし、自分の魔力を体内に留めておくことはできていると思っていたが、どうやら彼女からするとできていないようだ。


「とりあえず今はいいや。私はシュネー。魔術師。得意魔法は水。よろしく」

「わ、私はマグノリアと申します。よろしくお願いします」

「マグノリアって、あの有名な?」

「えっと、たぶん、そうです……」

「いくつものパーティをクビにされて、挙句いない方がマシとまで言われた、あの?」


もちろん経緯はあるが、事実は事実だ。

悪い噂はすぐに広まる。

マグノリアは体をすぼめてバジルを見る。


「大丈夫だ! 人には向き不向きがある。一緒に前線で戦うことが得意な人もいれば後方で傷を癒すことが得意な人もいる。自分にできることを見つけてそれをひたすらやっていけばいい!」

「全く、お気楽なリーダー殿だ」

「同感。ただ、バジルの直感は本物だから、あんたが無能だとは思ってないよ。だから、よろしく」


果たして受け入れられているのか。

半信半疑ながらも、マグノリアは弱々しく「よろしく」と返す。

これで書類上だけでなく、正式に『野薔薇』の一員となった。


────それから数ヶ月後。

マグノリアはバジルの言った通り、忙しく走り回るようなこともなくパーティと共に歩めていた。


彼らはとても優秀だった。

個々の能力が平均して高く、必ず自分の役割を守って他者の仕事には手を出さない。

下手なカバーがさらなる負荷を生むことを知っているのだ。


巨大な蛇の魔物や山賊の一団、今まで見たこともないほど大きくて数の多い相手でも彼らが苦戦することはなかった。

ほとんどが無傷、運が悪くてかすり傷を負うくらいだったのだ。


マグノリアも最初はこのパーティにヒーラーなど不要だと思った。

だが、彼らがヒーラーを必要としている理由は自分たちのためだけではなかった。

出会った人や遭難者、悪人に捕らえられた旅人や奴隷、治癒の必要な人はたくさんいた。


──今まで彼らのことをどうしていただろう。

ヒーラーの魔力はパーティのためのものであるため、誰にでも回復の魔法を使うわけにはいかず、見て見ぬふりをして、救助の応援を頼んでいたはずだ。

自分でも驚くほど、ずっとこうしたかったのだと分かった。


マグノリアにとって『野薔薇』は居心地が良かった。

ジタやシュネーも口は悪いがいじめや陰口は言わない。

バジルは本当にマグノリアのことに気を遣ってくれていた。

自分たちのペースについてこられているか、いつも気にかけてくれていたことも知っていた。


マグノリアは魔法だけでなく、体力をつけるトレーニングも始めていた。

優しくしてもらえるのは嬉しい。

しかし、いつか捨てられるのではないかという不安とは常に戦わなければならなかった。

気を遣われているうちはまだ対等な仲間になれたとは言えないと信じていた。


「────いや、新人りの面倒を見るのはリーダーの仕事だよ」


ある日、ギルド会館で夕飯を食べていた時にバジルが言った。

ジタだけが不在で、シュネーも同じ席でパンをちぎって食べている。


「でも、それに甘えるのは違うと思うんです」

「そうかな……」


バジルが納得いかない顔をしているとシュネーが口を挟んだ。


「私らが戦闘職に偏ってるからそう思うだけでしょ。ここに補助魔術師とか学者とか居たらそこまで気になっていないはず」

「私、もっと皆さんの役に立ちたいんです」

「その気持ちは分かる。でも、自分の領分から外れたことをすると足を引っ張ることになりかねない。それは分かる?」

「皆さんを見ていればわかります。それぞれが自分の仕事をちゃんとこなせば全て円滑に進む。少しの失敗は自分で取り戻せるだけの力量もある。分かっているんです。分かっているんですけど……」

「マグノリアがやりたいことって、何?」

「やりたいこと?」


いまいちピンと来ず、首を傾げる。


「そ。なんで回復魔術師になったのか。それを考えたら何をしないといけないかって分かりやすいんじゃない?」


回復魔法を使えるようになりたかった理由は簡単なことだ。

怪我をしている人を助けたかった。

医療の道もあったが魔法を選んだのは、外でも道具がなくても、応急処置をできるようになりたかったからだ。


事故による怪我が元で死んだ両親を思い出す。

マグノリアを庇って落石に潰されたが、即死ではなかった。

回復魔法があれば、一命を取り留めることができたかもしれない。

そう思ったから、回復魔術師を目指したのだ。


「初心って大事よ。ちなみに、私が魔術師になったのは格好よかったから」

「そんな理由で!?」

「甘いなあ、マグノリア。理由に優劣はないんだよ。立派な志があっても実力がなければただの絵空事。バジルだって欲しい盾があってそれを使いたくてタンクになったんだから」

「そうなんですか?」


バジルを見ると、照れ臭そうに笑う。


「まあ、間違ってないよ。盾を使ってみたいからタンクになった。好きだから続けられるのかもな」

「私とバジルは似たような俗っぽい理由で今の仕事をしてるのよ。ジタは違うけど」

「ジタさんはなぜ?」

「なんか、あいつ変わってんのよ。人間としての限界に挑みたいとかなんとか。なんでこのパーティに残ってるのか一番謎なの。本当は金の冒険者にだってなれるはずなのに」

「あの、伝説に聞く金の冒険者ですか」


噂は色々と聞く。

すでに金になった冒険者からの推薦でしか試験を受けられない希少な存在。

その勲章さえあれば竜狩りに参加もできる。


「限界を目指すのに竜には興味なさそうなのよね」

「ドラゴンは別種だからだろ。それに素材の使い道も今の知識や技術じゃ難しい。より強くなるには今のところ魔物か人間相手がちょうどいいんじゃないか?」

「そう? あいつ、竜倒して竜神教敵に回すくらいなら余裕でやりそうだけど」

「竜神教の武力は冒険者に比べたら大したことないからな。教祖のシャドウも危ない人間だけど、あの危なさはジタの求めるものとは違うだろ」

「確かにねえ。暗殺とか闇討ちとか、全然余裕で返り討ちだろうしね」


ふたりの会話が段々荒っぽくなってきてついていけなくなったマグノリアが、黙ってカップの水を飲んでいると、それに気がついたのか、ふたりも会話を切り上げた。


「──ええと、私が言いたかったことをまとめると、ヒーラーはあくまで補助職だから、敵を倒したり戦闘中になんかしようとは思わなくていいから。自分がやりたかったことを実現する方に労力を割いてヒーラーとしての格を上げていくことに集中してほしいの。伝わった?」

「はい。私なりにもう一度考えてみようと思います」

「よろしい!」


シュネーはうんうんと頷く。


「それはそうと、体力はあった方がいいけど」

「ちょっと! せっかくまとめたのにブレさせるのやめて!」

「違う違う。戦闘に関しては俺も同意見だよ。技術の面では回復魔法を尖らせていってほしい。でもまだ長距離の遠征とか船旅に出られてないのも事実だ。俺たちは冒険者なんだ。人を助けるのはお金を稼ぐため。もっと未開の地を求めて冒険をすべきなんだよ」

「アンタ、いっつもそれだけど実現にはあと十人くらい専門職の人がいるわよ」

「だからその人たちを俺たちが守れないといけないんだろ」


バジルの最終目的が冒険なのは意外だった。

人助けが一番大切だと言いそうだったのに、マグノリアはまだ彼のことをちゃんと知っていないのだと分からせられた。


「俺は準備にあと十年を予定している。その頃には全員が一流になっていて、仲間ももっと増えているはずだ」


子供のような夢を彼は真剣な眼差しで語る。

マグノリアには想像もできなかった夢だ。


──その夢はいつしかマグノリアの夢にもなり始めた。

傷の治癒は万人に必要なことで、それを使ってバジルの言う守らなければならない人たちを助けられるのなら、やる意義は十分にあった。


マグノリアはバジルのその真っ直ぐな姿勢に、やがて憧れと尊敬の念を抱き始めていた。

気がつくと、冒険者でも指折りのヒーラーとなっていた。

以前に腫れ物扱いしてパーティを追い出した連中にも、マグノリアは分け隔てなく接した。

それが正しいことだと信じていたからだ。


しかし、マグノリアは知ることになる。

人はもっと弱いものであり、正しいことだけを信じて行動できるのはひと握りの才能のある者だけだと。


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