時間がないな
ハルはグレゴリと共に馬車に揺られていた。
金のプレートを持つ冒険者になったものの、彼と試験の内容について話すことはしなかった。
彼も同じようなことを体験したに違いないと思うと、とても聞く気にはならなかったからだ。
試験中に気を失ったバトラーとサラのふたりは帰る道中で目を覚ますこともなく、冒険者ギルドの方へ引き取られていった。
ハルが心配していると、あの洞窟の中で気を失うと魔力を吸われてしまい、目が覚めるまで数日かかると説明を受けた。
死ぬわけではないと聞いてハルもひとまずは安心してグラスネスへと帰ってきた。
町に着くとグレゴリとは一旦別れて休息をとることになった。
彼も夜通しあの場所にいて疲れたことだろう。
「ただいま戻りました」
ギルド会館内に借りている個室へ戻ると、花瓶にささったままのマグノリアが顔を上げる。
水が少し減っているが萎れている様子もない。
ハルが荷物を下ろして汚れた服に魔力を流して綺麗にしていると、マグノリアの方から口を開いた。
「その様子だと何事もなかったようだね」
「そんなことありませんよ。もうくたくたです」
マグノリアはハルが合格したことを知っているような口ぶりだった。
何らかの方法で把握しているのだろう。
「それで連絡手段は手に入ったのかい?」
「はい。ツミキとも連絡がとれて、三十日後に帰ることになりました」
「帰ることになった?」
「はい」
マグノリアは少し考える素振りをしてから言う。
「……お前の友人は魔女か何かかい?」
「いえ、私の世界には魔力なんてないので魔女ではありませんね」
「ああ、そういう意味で聞いたのではない。お前の世界で言う魔女ではないのかと聞いた」
「私の世界で言う魔女?」
魔女と言われても中世のヨーロッパで火炙りにされた人しか思い浮かばない。
「思い当たることがないようだな」
「私はあまりその辺りは詳しくなくて……。だいたいツミキからは何か頼まれてその通りにするだけなので理由とか仕組みとかはわからないんです」
「ほう。似たようなことは行なっているわけだな?」
「あっ、今のなしです! 聞かなかったことにしてください!」
「話してはいけないことかい?」
「そうなんです。ええと、珍しいことができる人ではあります。それ以上のことは言えません」
「ふうん。まあ、いい。そのお前が信用している友人が必ず三十日で帰させると約束したのだろう? ならば時間がないな」
ハルは荷物を整理していた手を止める。
「私、帰させるって言ってませんけど……」
「儂にも思い当たることがないわけではない。ともかく、そこは解決したものだとしておいてこれからの話をしよう」
「待ってください。私からも聞きたいことがあります。帰ってくる時、町の入り口が変でした。魔女狩りが来たんじゃないんですか?」
戦いの跡や血の匂いがあったわけではない。
しかし、妙に足跡が多く、そのほとんどが町の中へとは続いていなかった。
そのうえ、方向が一定で、帰って行ったようにも見えなかった。
「確かに、魔女狩りが来た。しかしこの町に入ることはできない。冒険者ギルドから監視対象として見られているからな」
「すぐ暴れるからですか?」
「目的のためなら他への被害を顧みないからだな。冒険者ギルドに人の住んでいる町を壊されることを極端に嫌うやつがいるのさ」
「……魔女のルールにある町の中で大きな魔法を使えないっていうのも、もしかして──」
冒険者ギルドは魔女よりも先にあった。
魔女のルールにギルドが絡んでいる。
ハルの中で点と点がつながり始めている。
「待ちな。おいおい説明してやるつもりだったが、お前の方で期限が決まってしまったからもう先延ばしにすることもできなくなってしまった。──ひとまず、身体を洗ってきな。酷い臭いだ」
「え、あ、はい。わかりました」
公衆浴場へ向かいながら、そんなに臭かったかな、と自分の服を嗅いでみるもよくわからない。
グラスネスにある公衆浴場には大変お世話になっている。
日本人としても風呂のない生活は大変なストレスになる。
湯船に浸かると体中の疲労が湯に溶けて流れていくような感覚がする。
ハルはそれがたまらなく好きだ。
湯の中でごちゃついている頭を整理する。
レインの件を精算したことで自分の手を汚す覚悟はできた。
しかし、できることなら誰も殺したくないのが本音だ。
避けられない障害がある。
魔女狩りジタと砂の魔女。
今までの印象から、このふたりだけはどちらかが息絶えるまで決着がつかない確信がある。
他に誰も犠牲者を出さないためには自分がやらねばならない。
期限は三十日しかない。
新しく修行をして今よりも強くなる時間もない。
作戦を練って大人数で行動するのも、人員と物資の調達を考えると難しい。
「グレゴリさん……」
作戦無しに頼れるのは彼だけだ。
あとはファリスだが、彼女が協力してくれるのかわからない。
特に火の魔女としての力を継いだ以上、狙われないように身を隠しておく方が賢い。
「──私に何か用事か」
不意に隣からファリスの声がして飛び上がる。
「わっ!? いつここに!?」
「お前が似合わない顔をして唸っているところからだ」
大人しく湯に浸かっているところを見るに、本当に偶然なのだろうが、心臓が口から飛び出そうになる程驚いた。
彼女の体はとてもしなやかな筋肉質で、無数の傷がある。
しかしまるで、彫像のような美しさすらあった。
「……私、ファリスさんの名前は口に出していませんよ?」
「私も魔女になってから少し物の見方が変わってきている。なんとなく、お前が私を話題にしていた気がした」
心が読めるようになったのか、魔力の些細な変化を読み取れるようになったのか、ファリスは具体的なことは説明しなかったが、感覚で理解しているのだろう。
「私、あと三十日で帰ることになりました」
「帰る? どこへだ?」
「元の世界です。だから、それまでにこのいざこざを終わらせたいんですけど、上手いやり方が思いつかなくて……」
「待て。異世界の間を行き来できるようになったのか?」
「私はできませんけど、友人なら可能にしてくれるはずです」
「……私にはわからないが、そうか」
ファリスは天を仰ぐ。
火の魔女の力は異世界の文明を見られるものもあるが、その中に思い当たるものがなかったのだろう。
「……問題を解決する簡単な方法はある。お前が全員ぶっ殺せばいい。ひとりだから早いだろう」
「全然簡単な方法じゃないですよ……」
「私から見ればお前は人を殺せないやつじゃない。殺さないことを選んでるやつだ。だから、それを選ばなければいい」
「話し合いで解決できませんか?」
「自分がいなくなったあとも約束を守ってもらえる保険をかけておけるならやればいい。私は無理だと思うが」
彼女は淡々と言う。
「それは、魔女になって分かったことですか?」
「まあな。今はあの魔女狩りの異常性も理解できる。あれは目的を持っていない」
「目的って、最強とかじゃないんですか?」
「強さに天井があると思っているのか? お前の世界に行ったら私らなんかすぐ殺せる。文明を覗き見したが、世界を何度滅ぼしても余りがあるくらいの兵器があるだろ」
「まあ、それは、確かに……」
ミサイルひとつで十分すぎるほどの威力がある。
恐らく、人を殺すことに関してはハルの世界に並ぶものはないだろう。
「ちなみに、この世界に持ち込むことってできるんですか?」
「お前がどれくらい具体的に知っているかによる。ただ戦車や戦闘機をくれと言っても私にそれを取り出すことはできない。スマホと言えば出せるが通信機器だと曖昧すぎるだろ?」
「ああ、なるほど。私が細かく分かっていないとダメなんですね」
「ただ仕組みや技術的なことを言語化しなければならないわけじゃない。何をしたらどうなるか感覚的に分かっていれば取り出せる」
「へえ……」
諦め気味に生返事をする。
(戦車部隊を作る気じゃなかったけど)
車やバイクでも同じことに違いない。
形は分かるがどうすれば進むか理解していない。
免許も持っていないハルでは火の魔女の力を借りてもここに出現させることはできない。
「ファリスさんはこれからどうするんですか?」
「当然奴を殺す────と言いたいところだが、私の使命は火の魔女の心臓を守ることに変わった。今は自分で戦うよりもこの町にいるのが安全だ」
「そうなんですか?」
ハルが聞くとファリスは眉をひそめる。
「知らないのか? ここは人類史上最も古い町だ。少なくとも数千年は滅びることがなかった。魔の時代、竜の時代、そしてこの魔女の時代を経ても傷ひとつついていない。文明や文化のレベルは他と変わらないにも関わらず安全性が保たれているのは異常だ。私はそこに賭けた」
「私には歴史のことはよくわかりませんが、ファリスさんがそこまで言うならそうなんですね。でも意外でした。絶対リベンジしたいって言うと思ったので」
ハルが言うと、ファリスは髪をくしゃと掻く。
「……私の中には今、ふたつの心がある。以前の私と今の私だ。バーンさまの持っていた知識や経験が情報として流れ込んだ結果、盾の私が分離した。落ち着いているとこうして思考と言動を擦り合わせられるが……」
「槍を持つと人格が変わっちゃうパターンですか」
「そうだな。その通りだ。しかし持たないでいるのも落ち着かないから、数時間の訓練は行うようにしている。今日も終わって汗をかいたからここに来たんだ」
「いいですね。共生というか、折り合いがついているというか」
「人を二重人格のように言うな。どちらも私だ」
ファリスは不満気に言う。
ハルは誤魔化すように笑った。
まだ湯に浸かっておくと言う彼女と別れ、ハルはマグノリアの元へと帰った。
さっぱりとして服も軽いものへと着替えた。
久しぶりに制服を脱ぐと薄手の服の軽さに驚く。
「戻りましたー……あれ?」
気の抜けた挨拶をかけると、マグノリアの姿が部屋になかった。
その代わり、ひとつの種子が机の上に転がっていた。
「なんだろ、これ」
オレンジ色のトウモロコシの粒のような種を指先で拾い上げる。
魔力の雰囲気からマグノリアのものだということはわかるが、それ以上のことはわからない。
「意味がないわけありませんよね……。発芽、させてみましょうか」
ハルは水を入れたグラスに種を落とす。
両手を当てて魔力を流すと、種は瞬く間に葉と根を出し、グラスを砕いて一気に部屋の半分を覆うほどの大木へと成長した。
「怒られる……」
最初に思ったのはそれだったが、やがてその木の幹に光り輝く部分があることに気がついた。
目に見える光ではなく、魔力的な感覚の光だ。
何かあるのかと手を触れると、魔力が流れ込んできた。
それは間違いなくマグノリアのものであった。
────およそ千年前。
マグノリアがまだ人間であった頃の話だ。




