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花の魔術師に誘われて  作者: 樹(いつき)
第七章 三本脚の蜘蛛
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何も教えなかったようですね

シグマは魔法学校へ帰ってきたものの、屈辱を晴らすかのように鍛錬に励んでいた。

学長に魔法で治療してもらった両腕はすっかり馴染んでいる。


あの時学長に助けられて命こそ失わなかったが、魔女狩りとしての戦績には泥を塗ることになってしまった。


あの妙な小娘さえいなければ火の魔女を始末して帰ってこられていたのに。

経験も実力もこちらが勝っていたはずなのに、単純な肉体の性能差で負けた。

その事実が何より悔しい。


「怪我はもういいのか」


中庭で腕立て伏せをしていると学長ジタがいつの間にかそばに居た。


「寝ていられません」

「だろうな。槍はまだ折られていないとは言え、完膚なきまでに敗北した。どうだ? 汚名返上のチャンスが欲しいか?」


シグマは学長を尊敬している。

しかし、その提案を甘言だと思わずにはいられない。

シグマは人生の全てを魔女狩りに捧げていた。

結果的に心臓はほとんど集まったとはいえ、シグマにとって敗北など一度もあってはならないことだった。


「汚名返上するには砂の魔女を殺すしかないのでは?」

「いや、まだいるだろ。花の魔女が」

「学長が勝てなかったものをどうやって俺が……」

「やつは今冒険者ギルドの一室にいる。盾は不在で、完全に油断している」


要するに今ひとりだけしかいないし、町の中だから大規模な魔法も使えないということだ。


「ご自身では行かれないのですか?」

「俺はあの町に嫌われていて入れんのだ。出禁というやつだな」

「学長ほどの人物を出禁にできる人間がいるんですか」

「冒険者ギルドがあるだろ」


ジタは当然のように言うが、冒険者ギルドは謎の多い組織だ。

現存する組織で最も古く、誰がトップなのかも把握できていない。

それほど力のある人間がいないとは言わないが、それなら名が知られていないのもおかしな話なのだ。


「事情はわかりました。このまま老いて死ぬくらいなら……」

「そう悲観的になるな。向こうはかなり動きを制限されている。間合いまで入れたらお前でも勝てる」


ジタはシグマの肩を叩いて立ち去っていった。

学長は嘘を言わない。

勝てると言ったのなら勝てるのだ。


そして花の魔女は魔女の中でも最上位の存在。

これは千載一遇のチャンスだと、シグマは喜び勇んでいた。






ジタはシグマに声をかけたあと、魔法学校最上階にある自室へ戻るため、石造りの廊下を歩いていた。

砂の魔女攻略のための糸口は掴めているが、まだ懸念要素もある。

保険として花の魔女の心臓も欲しいが、あれもなかなか難易度が高い。

本気のマグノリア相手は砂の魔女を相手にするのとそう変わらないだろう。


「──どういう意図だ?」


廊下の影から声をかけられた。


「アルヴィンか。相変わらず気配を消すのが上手い」


彼がかつてここの学生だったころは散々騒ぎを起こしてくれたが、卒業していくらか丸くなっているようだった。

石の魔女に入れ込んでいることが原因なのだろう。


「俺のことはいい。あいつを焚きつけてどうするつもりなんだ?」

「教えないとわからないほどお前を馬鹿だとは思っていないが」


彼の眼差しが侮蔑を含んだものへと変わる。


「処分か」

「それは人聞きの悪い。戦士には死に場所が必要だ」

「……休息なら聞いたことあるけどな」

「魔女狩りの戦士たちは死ぬために今まで育ってきた。彼らから死を奪うことは誰にも許されないことだ」

「俺も知らねえわけじゃないが、お前も情とかないのかよ」


アルヴィンの発言にジタは落胆せざるを得なかった。


「お前はつまらん人間に育ったな。普遍的な人生観を正しいものだと押し付けるな」

「これでも一度死んだようなもんだからな。その傲慢さは地獄に置いてきた」

「死はまだ経験したことがないな。俺の老後の楽しみのひとつだ」

「話通じねえのかよ……」

「何を言おうとこの先お前が関わるようなことはない。石の魔女の心臓をさっさと渡せ」

「他の魔女の心臓を集め終わったらな」


彼とはそういう約束をしている。

心臓を魔力で探知できないところに隠され、自白させなければならない犯人が死んでいる状況がジタにとって最も困ることだった。


アルヴィンは死に対する忌避感が人一倍強い。

その男がジタたちから逃げるよりも自分から懐へ入る方を選んだ。

彼は自分でなければ場所を知っていても取れないところへ心臓を隠していると言う。


彼も魔女の盾なのだから渡したくはないだろう。

しかし、他の魔女全ての心臓が揃ったら渡してもいいと言うではないか。

それが何を意味するのかというと、彼はジタを含めた魔女狩りが魔女に敗北する方に賭けたということだ。


その傲慢な賭けにジタは乗った。

無理に吐かせるよりも彼の悔しがるところが見たいと思ったのだ。


「──まだ答えもらってねえぞ。なんでシグマをマグノリアのとこに行かせた?」

「だから死に場所だと言っただろう。二度同じことを言わせるな」

「勝てないのを分かってて行かせるのはマグノリアからいらねえ怒りを買うだろ」

「敵はマグノリアだけじゃない。俺は冒険者ギルドも潰すつもりなんだよ」

「冒険者ギルドを?」

「意外そうだな。まあ、見てろ。俺があいつらを動かすきっかけを作ってやる」


冒険者ギルドを引っ掻き回すためにシグマを送り込む。

ジタの狙いまではわからなかったのか、アルヴィンはただ眉をひそめていた。






その日、グラスネスはいつも通りに平和だった。

この町は外の喧騒とは無縁の町だ。

なぜだかわからないが、魔物や天災が町を襲ったことは歴史上でもないらしい。

銀の冒険者であるジャーヴィスは日課の巡回を行なっていた。

任務は何もギルド内にあるものだけではない。

たとえお金にならなくても困っている人がいれば助けるのが冒険者だ。

そうした信念を持って、ジャーヴィスは毎日町の平和を守っていた。


ある日の午後、外壁から外を見ていると、見たことのない集団を見かけた。

白いローブを着ているところを見るに魔法学校の生徒なのだろうが、数が多すぎる。

ざっと数えても三十人はいるだろう。

それほどの人数が来訪するという予定は聞いていない。


この間のブラックロスでの魔女狩りと魔女の戦いは冒険者なら知らない者はいない。

彼らが噂通りの魔女狩りなら、狙いは花の魔女マグノリアだ。


この大地を作った大魔女を、たったこれだけの人数で仕留める気なのだろうか。

勇敢な冒険者百人でも心もとないというのに。


ジャーヴィスは至って冷静だった。

過去数百年、数千年。

一度たりともこの町が危機に陥ったことはないと聞く。

魔女が自由に出入りしていても誰も気に留めないのはそのためだ。


ここは冒険者ギルド本拠地のあるグラスネス。

かつて竜がこの地を支配していた頃からこの町はここにあった。


だから、爆発音が起こった時、ジャーヴィスは驚いて固まった。

先ほどの怪しい集団の方を探すと、町の外壁を火の魔法で爆破していた。


あまりにも乱暴で荒々しい様子に、ジャーヴィスは慌てて上から声をかける。


「やめてください! どうなされたんですか!」


その集団のリーダーのような男が、杖を構えてジャーヴィスの方を見る。


「この町に花の魔女がいるだろ!」

「知らない! 町を壊すのはやめてくれ!」

「知らないはずがあるか!」


また魔法が放たれる。

さすがにこれ以上は外壁が耐えられない。


ジャーヴィスは飛び降りて彼らの前に降り立った。

腰の剣を抜き、構える。


「君たちのことはわからないが、町の平和を守るために戦わざるを得ない。この騒ぎを聞きつけてすぐに他の冒険者も集まってくるぞ」


ジャーヴィスは彼らに破壊活動をやめさせるために言った。

しかし、返事の代わりに火球が飛んできて、ジャーヴィスは剣で弾き飛ばした。

どうやら辞める気はないようだった。


彼らの狙いが花の魔女ならどうしてここまで回りくどいことをするのだろう。

と、考えて答えは出た。


「──陽動か!」


わかったところで動けない。

ジャーヴィスは冒険者ギルドのある方角を睨んだ。






シグマは町の中にすでに入り込んでいた。

魔女狩りに近い実力を持つ学生の中でも特に信頼のできるものを厳選し、町の外で注意を引くよう命令した。


冒険者ギルドの中に人がいると行動しにくいからだ。


ギルド内に流れる魔力を辿り、上の階にある部屋へ向かう。

マグノリアの魔力はハルのものと酷似しているため、すぐに分かった。

ジタは懐へ入り込めれば勝てると言い切った。

何ひとつ難しいことなどないではないか。


ドアノブに手をかけようとすると、誰かが階段を上がってくる足音が聞こえた。


「あら、困りましたね。泥棒の侵入など、いつぶりなのでしょう」


おそらくは受付の女性だ。

今までに見たことあるギルドの受付嬢と違い、両手に黒い皮の手袋をしていることが気になるが、大した魔力も感じない。


「泥棒じゃない。用が済んだらすぐに帰る」

「冒険者ギルド内へ武器の持ち込みができるのは登録された冒険者のみですよ。お引き取りください」


外套の下に槍を隠していたのだが、彼女には見破れたようだ。


「この向こうに花の魔女がいるな?」

「申し訳ございませんが、個人情報に関してお答えすることはできません」

「勝手に入るまでだ」

「二度目になりますが、お引き取りください。このままではあなたを排除しなくてはならなくなります」

「ほう」


その言葉に少し興味が湧く。

排除となると力づくだろうが、今ここには彼女しかいない。

冒険者ギルドの受付嬢はあくまで一般人だ。

特別な修行を積んでなるものではなく、事務の勉強をした者がつく職業であることくらいシグマも知っている。


「帰らなかったらどうなる? お前が俺を排除するのか?」

「はい。あまり気は進みませんが、ルールなので」


ジタを出入り禁止にすることができる存在に関心がないわけではない。

結界のような魔法なら魔女殺しの槍で打ち破れる。


空気中の魔力に変化はない。

もののついでにジタの出禁も解除してやろう、とシグマは考えた。


「ジタ学長がこの町に入れないと言っていた。どうすれば解除できる?」

「不可能です。あの方は未来永劫この町へ足を踏み入れることはありません」

「契約か」

「いえ、契約の力でもなく、次に来たら理由を問わず消滅させなければならないので」


そう言う彼女の表情に嘘の色はない。


「何をしたらそうなるんだ」

「ジタさまはこの町を破壊しようとしました。決して許されることではございません。我々も自衛のためそのような対応を取らざるを得なかったのです」

「でもあの学長に消滅させられることを理解させた何かがあるんだろ?」


具体的な説明なしに納得する相手ではない。

ここには魔法学校でも知らない何かがあるのだ。


「お前、邪魔だな」


シグマは槍を抜く。

何か仕掛けてくるならそれでもいい。

どちらにせよ、ここまで来たら血は避けられない。


────次の瞬間。

シグマは町の外にいた。

冒険者ギルドがある場所から一番近い町の出入り口の外だとすぐにわかった。

自分だけでなく受付嬢もそこにいる。


「何をした?」

「場所を変えただけです。ギルド会館を壊したくありませんから」


彼女は黒い手袋をするすると外す。

手の甲には群青色の刺青がびっしりと入っている。

おそらくは腕、肩、背中や腹にも同じように続いているだろう。

その刺青の紋様は魔術式のようにも見えるが、シグマの知らない文字で書かれており、意味を読み解くことができない。

そして彼女がその刺青を晒した瞬間に、爆発的な魔力を感じた。


学長ジタや魔女とも違う、まるで氷水のような魔力に、シグマは身震いする。

まだこんな存在がいたのか。


「魔法は本来、人を傷つけるためのものではありませんでした。ですがあなたのような人たちには抑止力として使わざるを得ません」


シグマは彼女が何か行動を起こす前に仕留めることに決めて、一気に踏み込む。

槍の先が彼女の胴を貫く。


「ただの脅しか……!」


予感が外れたことを喜ぼうとした時、彼女が槍を左手で掴む。

その手が触れた部分が液体のように溶けて地面へ流れた。


どうやら触れた物を溶かす魔法のようだ。

基本の四元素から離れた性質の、砂の魔女と似た系統なのだろう。


しかし所詮は素人。

素手に触れさえしなければ体術で圧倒できる。


残った槍の柄を振り上げて、彼女の首筋に突き立てようとする。

左手で傷を抑えている今なら溶かす魔法も使えないはずだ。


「なっ……!」


遮るようにかざされた右手ごと貫通させるつもりだったが、手のひらに触れた途端、ぴたりと槍が止まった。

力づくで止められたわけではなく、まるで見えない大岩にでも突き刺さっているかのように、動かない。

手を離しても槍はそこに浮いたままだった。


「ジタはあなたに何も教えなかったようですね」


彼女は致命傷であるはずの傷から手を離す。

傷口どころか、衣服の損傷も回復していた。


「何をしたんだ!?」

「あなたを哀れだとは思いますが、私はあくまで冒険者ギルドの人間なので、部外者の方へ説明は致しません」


早さはそれほどでもなかった。

しかし、シグマは動けなかった。

さっき攻撃を止めた右手には、物を拘束する魔法があるようだ。


能力をある程度理解はしたが、同時に自分が詰んでいることを実感した。

あの両手を潰さなければ攻撃が通らないが、潰す方法がない。

その上、胴体の真ん中を魔女殺しの槍で貫いても即座に完治している。

学長ジタ並みの不死身っぷりと、攻守完璧で不可解な魔法。


逃げるしかない。

意識が逃走へと向いた時、突然倒れた。


わけがわからず、足元に目をやると、太ももから先がなくなっていた。

溶かされたのだと気がついた時にはもう遅い。

触れないと溶かせないと思わせるためにわざと一度槍での攻撃を受けたのだ。


「最後に言い残すことはございますか?」

「……学長は、この状況から逃げられたのか?」

「はい。あの方は人間の中でも規格外ですから」


確かに、その通りだ。

しかし、それなら学長はこの女がこれだけの力を持っていることを知っていたはずだ。

ならばなぜ自分をけしかけたのだろう。


学長は花の魔女の懐まで入り込めたら勝てると言っていた。

こんな障害があるとは言っていなかった。


だから、その言葉の裏に気がついてしまった。


「ハッ、そういうことか。自分以外の魔女狩りではもう戦力にならず足手まといになる。残しておいてもいらない派閥争いを生む……」


不要になったから捨てられたのだ。

そう思った途端、全身を倦怠感が襲う。

もうどうでもいい。


「俺の負けだ。殺せ」

「頼まれなくても」


体も意識も溶けていく。


──ずっと、魔女狩りでなくなることが怖かった。

魔女を狩り終わった時、自分にはもう居場所がないのではないかと恐れていた。


他の魔女狩りも同じ不安を抱いていたことは知っている。

だから、彼らが魔女との戦いで命を落とすことができたことを、シグマは羨ましく思っていた。

生き残ってこんな死に方をするより、敵に立ち向かった英雄として死にたい。


その願いは果たされなかった。

死ぬ時に無念や後悔がないことは絶対にない聞いていたが、これほどまでに虚しいものだとは。


シグマは数秒のうちに完全に溶け、地面にシミすらも残さずこの世を去った。


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