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花の魔術師に誘われて  作者: 樹(いつき)
第七章 三本脚の蜘蛛
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返す言葉もない

「失礼します」


ギルドの女性が首から下げた大きな鍵を扉の鍵穴に挿し込むと、音も立てず、ひとりでに扉が開いた。

中は真っ暗で奥に光は見えない。


「皆さまはこれからこの中に入っていただき、先へ進んでいただきます。その際、武器や防具を含む全ての道具は馬車の中に置いていくようお願い致します」


その言葉に全員が少なからず動揺の色を浮かべた。

ハルも顔には出さなかったが、道具の持ち込みがいけないとは事前に聞いていなかった。


「あの、それは、灯りもですか?」


ハルが問うと、女性は頷く。


「武器や道具を持ち込まないのは、皆さまの命の安全を守るためでもあります」

「この中で争いが起こるとでも言うのか」

「バトラーさま。この四人で共に挑む課題ではありますが、争いになることはありません。これはあくまで自害を防ぐための処置であるとお考えください」

「自害だと?」

「はい。過去、剣や防具、縄やランタンなど、様々な道具を用いて死を選ぼうとした方々がございました。私共と致しましても、この洞窟から死体を運び出すのは決して容易ではありません。なので、この先必要のないものはここに置いていっていただきたく思います」


自害を選ぶほどの何かが、この中にはある。

そう考えるとハルも緊張せずにはいられない。


「……私はいいですよ。杖と短刀くらいですけど」


ハルは真っ先に道具を置いて端に寄せる。

誰かが先陣を切らなければ話が進まなそうな気がしたからだ。


「少女が受け入れるのなら俺もそうしよう」


グレゴリも剣と鎧各種を脱ぎ、馬車へ乗せる。

軽装になった彼を見るのは久しぶりだ。


「お前ら、どうしてそんな簡単に……!」


バトラーが信じられないといった様子でこちらを見る。

そうは言われても持ち込みができないのなら置いて行くしかない。


「ちなみに、魔法はどうなんですか? 置いていくことができませんが……」

「中では魔法を使えません。理由は入っていただければわかると思います」


使えるような環境じゃないと思った方がよさそうだ。

暗闇の中を灯りなしに歩くことが気にかかるが、こればかりは悩んでもわからない。


バトラーが舌打ちをして剣や盾、山ほどある小道具を馬車へ乗せている。

妹のサラは弓を持っていたようで、こちらも小さな投擲武器をたくさん持っていた。


「バングルもか?」

「もちろんです。過去にバングルを口に突っ込んで窒息を試みた方がございました。指輪も同様です」

「なんでそんな迷惑なやつがいるんだ」

「身近な道具を用いて苦難を乗り越えようとするのは冒険者の皆さんならご理解いただけるかと」


バトラーとサラは納得いかない様子で全ての装飾品を外し、不満気にハルたちの方へきてまとまった。


「さて、皆さんの準備も整いましたので、金の冒険者の試験について説明をさせていただきます。皆さまはこの洞窟をただ真っ直ぐに抜けることが試験科目となります。ここから見ると暗闇ですが、少し勾配があるせいで向こう側が見えないだけなので、きちんと抜けられるようになっています。曲がり道や分かれ道はございません」


だったら、それのどこが試験なのだろうとハルが考えていると、彼女はそれを読み取ったかのように微笑み、説明を続けた。


「この洞窟は特殊な洞窟です。進めば進む程にありとあらゆる苦痛を味わいます。その苦痛に耐え抜き、向こう側へ到達できれば晴れて金の冒険者の資格を得ることができます」

「たったそれだけか?」


グレゴリが聞くと彼女は頷く。


「たったそれだけ、でございます。ですが、先程も申した通り、耐えかねて自害を試みる方が後を絶ちません。そこで皆さまにはお互いを見張っていただき、防いでいただきたいのです」

「それも試験のうちか」

「そうと言いたいところですが、皆さまもご自身のことでいっぱいでしょう。ですから強制ではございません。もちろん、何事もなければそれで構いませんし、助けても加点があるわけでもありません。あくまで金の冒険者としての在り方、自分の中での理想像との兼ね合いだとお考えください」


冒険者としての理想像が困っている人を放っておくということなら、そもそもここにはいないだろう。

ハル以外の三人もそうに違いないと思ったが、バトラーたちは厳しい眼差しをしていた。

そこから察するに、どうやら進めなくなったら見捨てられるらしい。


「他に質問はございますか? 試験はいつ始めていただいてもかまいません。私は先に馬車と共に出口の方へと向かわせていただきます」


そう言い放ち、彼女は振り返ることなく淡々と馬車に乗り込み、別れの言葉もなく行ってしまった。


「時間が惜しい。お前らもこんなところで時間をかけてもしょうがないだろう。さっさと始めよう」


バトラーがそう言って洞窟を少し覗き込み、サラへ先に行くよう促す。

ハルはグレゴリへ目配せして、彼らの後ろからついて行くことに決めた。


洞窟の中は暗く、湿っていた。

風は感じるものの、寒さは感じない。


「……妙だな」


まだ入り口からの薄明かりが入って周囲が見えるうちにグレゴリが呟く。


「何がですか?」

「生き物の気配が全くしない。虫ですら生息できない環境なのか?」

「試験の内容から考えると苦痛があるのは人間だけじゃないってことじゃないですか?」

「虫への苦痛とは……」

「私もわかりませんよ。痛みとか感じるんですかね」


どうでもいい話をしていたからか、バトラーが振り返って何か言いたそうにこちらを見る。

その目に自分たちが写っていないと気がつくのに数秒かかった。


「……灯りが差し込んでいるってこと自体思い込みでしたか」


入り口の方を見ても、もう何も見えない。

周囲の環境が見えると錯覚していたのはいったい何メートル手前からだろうか。


切り替わった瞬間も自覚できなかったところから察するに催眠術のようなものだろう。

石の魔女ガーネットから夢の世界に閉じ込められた時に似ている。


ハルはグレゴリがしっかりと見えているが、洞窟内部の構造は曖昧だ。

その前にいるバトラーたちの後ろ姿も見えるが、声は聞こえない。


「グレゴリさん、聞こえますか?」

「ああ。どうやら話をしながら進んだ方がいいらしい」

「気を失うようなことはなさそうですが、景色がすごく変です」

「俺は目よりも耳がまずいな。話し声は聞こえるが反響音は全く聞こえない」

「私はまだ洞窟の中の反響がわかります」

「進むにつれて感覚が鈍くなっていくのだろう」


ここでこれだけ影響があるなら、前を進むあのふたりはすでに濃霧の中にいるような感覚に違いない。


「魔法、使ってみましょうか」


ハルは足元に探知系の植物を出そうとすると、その魔力が洞窟内に吸われて消えるのを感じた。


「……使えないって、本当に使えないんですね」

「生物の魔力を使ってこの空間を作り出しているのだろう。魔力を使おうとするとさらに深い魔法にかかるようだ。試しにこの洞窟を破壊しようとしたのだが、感覚の喪失が早まった」

「何してるんですか!?」

「今までそういう輩がいなかった理由を知りたかったが、納得した」


彼はそう言って歩みを進める。

怖いものなしなのだろうか。


「それよりも、あのふたりはまだ無事か? 俺からは見えないが」

「後ろ姿だけはまだ見えます。でも、止まっているみたいです」

「苦痛とやらが始まったのか?」

「うーん、見た目にはわかりませんね」


屈んでいる様子もなく、ただ呆けているように見える。

苦痛というものが身体の痛みなのか精神的な苦しみなのかはわからないが、何か異変が起きていることは間違いない。


「グレゴリさん、私の勘違いかもしれませんけど、少しわくわくしてませんか?」

「そう見えるか?」

「見えます。この試験を楽しんでますよね?」

「間違ってはいない。俺は今まで苦痛というものを味わったことがないからな」

「意味不明です」

「味わってみたいものだ。死ぬことを選ぶほどの苦痛というものを……」


しみじみと噛み締めるように言っているが、彼にこういう異常な好奇心があるのは知っているため、今は放っておくことにした。


「もう追いつきますね」

「あとどれくらいだ?」

「十五メートルくらいです。見えませんか?」

「駄目だな。少女の姿は見えることを考えると今の俺に見えるのはおおよそ二、三メートルだろう」

「かなり範囲が狭いですね」

「ぶつかりそうなら教えてくれ」

「わかりました」


そんな会話をして、すぐのことだった。

右手に激痛が走り、思わず目線を移す。

見た目には何も起こっていない。

しかし、今確かに爪が剥がれるような、指先の激痛がした。


(まずは物理的な痛みからってこと?)


大きく深呼吸をして、痛みに備える。

来るとわかっている痛みはあまり怖くない。


そう思った瞬間、身体の節々が痛み始めた。

頭痛と腹痛、関節痛、生理痛。

地味で嫌な痛みばかりが襲いかかってくる。


バトラーが立ち止まっていた理由がわかった。

これは身体中に力を入れて耐えなければ、すぐに膝をつくことになる。


(でもそれじゃ、進めない)


一歩踏み出すと、その足の甲の骨が折れた感じがした。

幻覚なのはわかっていても、感じる痛みは本物だ。


足を踏み出すたびに、大きく息を吐いて、吸う。

我慢強さで他人に負けたことはない。


ここでわかったのは、痛みはあくまで体感したことのあるものが襲ってくるということだ。

打ち身、捻挫、骨折。

それくらいなら何度もある。

しかし、それだけならまだ死んだ方がマシだとは考えられない。


「グレゴリさん、大丈夫ですか」

「まだ何も起こっていないが、少女の方は来ているのか?」


苦痛を味わったことがないから、参照にできるものが自身の中にない。

そんなことは普通あり得ないことだ。

彼の身の上では、この洞窟の試験は成り立たない。


「かなり来てます。人によっては痛みで意識が飛ぶかもしれません」

「手を貸すか?」

「いえ、私に構わず先に進んでください」

「──いや、少女を置いて行くことはできない」


その優しさのこもった言葉に、ハルは違和感を覚えた。

グレゴリがそんなことを言うかどうか、鈍る思考の中で必死に考える。

ハルの知る彼は人のことを気にかけられる性格ではない。


「……私もすでに、幻覚の中ですか」


ため息をつくと、少しむせた。

思わず手を口に当てると、自分が吐血していることに気がついた。






グレゴリは、ハルの姿が見えなくなってから少し立ち止まっていた。

お互いの存在を確認するために途中まで会話をしていた。

それが突然消えたということは、いよいよ試験が始まったのだと考えていいだろう。


身体の至るところに打撲のような痛みがあるが、行動を多少制限される程度で、歩くには支障ない。


金の冒険者の試験は過酷を極めると聞いている。

この程度なはずがない。


前後もわからないほどに濃い闇が辺りを覆っている。

洞窟の中だから当然と考えるのは先入観だ。


「グレゴリ……」


耳元で囁き声がして、思わず振り返るが、誰もいない。


「グレゴリ、俺だ」


声の主には覚えがある。


「──ジークか」

「グレゴリ、ここで何をしている」

「ベオウルフ」

「グレゴリ、お前は俺たちの覚悟を嘲笑っているのか」

「シグルス」


過去の竜狩りたち。

まだ子供だったグレゴリを育て、そしてその装備に命を移し、グレゴリに譲渡した者たちだ。


彼らの魂は馬車に置いてきた。

だから、彼らはただの幻覚だ。


「お前は竜狩りがなぜ竜を狩ったのか知りたかったのではないか?」

「その通りだ」

「こんなところで遊んでいるのはなぜだ」

「必要なことだからだ。魔女狩りになり、魔女を狩るに足る正当な理由を探している」

「言い訳だ。お前は自覚していない」

「何をだ」

「お前はすでに目的を見失っている。遂行のための意志が弱まっている」


グレゴリは返答に詰まった。

冒険者になった当初はその予定だった。

魔女狩りになる手段のため、冒険者として経歴を詰むつもりだった。


しかし銀の冒険者になる時、ハルと出会った時からだ。

目的遂行の意志をハルへの興味が上回った。


「お前は俺たちの意志を継いで生き残ったのに、ただひとりの小娘に簡単に絆されてしまった」

「返す言葉もない」


しかしながら、そこまで極端な話ではない。

目的を完全に見失ったわけではないし、生物の意識とはそもそも複雑なものだ。

ひとつやふたつの動機で行動しているわけではない。


「お前は竜狩りがなぜお前──最後の竜を生き残らせたか。まだ理解していないのか」

「理解はしている。自分たちの罪の意識に耐えかねたからだ。お前たちの甘さで俺は生き残った」

「その達観が俺たちの感情を逆撫でする」


怒りに満ちた言葉が、耳に入るが、グレゴリの心は少しも揺らがなかった。


「お前たちは確かに弱かった。だが、同時に己の弱さも自覚していた。俺の知っている竜狩りたちは弱さを棚に上げて情けないようなことを言う連中ではなかったな」


グレゴリは歩みを進める。

この洞窟の主旨は理解した。

これまでに捨て置いたものや、後悔の根幹にあるもの。

そういったものが、精神に語りかけて『苦痛』を与えてくるのだろう。

しかしながら、グレゴリは今までの人生で後悔したことはひとつもない。

心身ともに与えられるような苦痛がないのだ。


しばらく進むと、外の光が見え始めた。

洞窟を最初に抜けたのは、グレゴリだった。

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